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豪奢な絹のドレスを着た、金髪の公爵令嬢が風魔法で小さな『つむじ風』を起こしたり、長い銀髪の侯爵令嬢が自分の周囲に雪を降らせたりする中、私の見知った赤髪の伯爵令嬢が現れたのには驚いた。
「あれは。フローラ!?」
「ローザ。あの赤髪の令嬢、知り合いなの?」
私の横にいた茶髪の侍女見習いジョアンナに小声で尋ねられ、私は戸惑いながら頷いた。
「ええ、ジョアンナ。伯爵令嬢フローラは学園時代、私のクラスメイトだったの……。でも、おかしいわ」
「おかしいって、何が?」
「王立学園の卒業式に『オブシディア侯爵家の子息、クラレンス様と婚約する』ってフローラ本人が言ってたのよ……。それなのに王太子妃候補として、この場に現れるなんて……」
困惑していると、そんな私を黒髪の女官ミランダ様が無表情のまま一瞥した。
「オブシディア侯爵家のクラレンス様と、フルオライト伯爵家のフローラ様は婚約破棄されたそうです」
「えっ」
「伯爵令嬢フローラ様は侯爵夫人となるより王太子妃候補となって、王太子妃の座を勝ち取るのを選んだそうですよ」
「そ、そうだったんですか……」
「私だったら絶対、侯爵夫人の方が良いと思うけど。伯爵令嬢フローラ様って、よっぽど自信があるのかしら?」
ジョアンナが半ば呆れながら呟いた時だった。演習場にある丸太で作られた練習用人型に向かって伯爵令嬢フローラが両手をかざし魔法を繰り出した瞬間、大きな音と共に演習場に巨大な火柱が上がった。
私たちを含め、それまで近くの人と話をしながら見守っていた王侯貴族や重臣、衛兵たちがその魔力のすさまじさに言葉を失う。やがて火柱の炎が消えた跡には、さっきまで練習用人型だった丸太の消し炭が無残な状態で転がっていた。
「これは……」
「素晴らしい!」
「聖女の如き、魔力の高さとは聞いておりましたが、これほどとは!」
「聞きしに勝るとは、この事だ!」
重鎮たちや周囲の方達が口々に伯爵令嬢フローラの圧倒的な魔力を褒めたたえる中、フローラは勝ち誇った笑みを浮かべながら長い赤髪をかきあげた。
「ああ、なるほどね……。これだけの魔力があるから侯爵家子息との婚約を蹴ってでも、王太子妃候補に名乗りを上げたのね」
「魔力だけなら、他の王太子妃候補を圧倒しているわね……」
侍女見習いジョアンナと女官ミランダ様が感嘆する横で、私もフローラの魔力がこれほど高かったことを知らなかったので言葉を失う。
思えば、学園時代に受けた魔法の授業ではフローラが高い魔力を披露しようとすると、即座に教師から注意されていたせいで、彼女は実力を出す機会が無かったのだろう。