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陶器の大きなカップに適温のホットはちみつレモンを入れ、銀髪男性の元へ持っていく。
「何日も食べてない状態で、いきなり固形物を食べると胃がびっくりしてしまうと思いますから、じょじょに慣らしていった方がいいでしょう」
「……」
「これを飲んで下さい」
キョトンとしている犬耳の青年に両手でカップをさし出す。
「これは?」
「点滴もないですし、スポーツドリンク代わりにと……」
「点滴? スポーツドリンク?」
「あ、いえ……。その、経口補水液というか」
「けいこうほすいえき?」
「脱水症状の治療に使われる飲み物です」
怪訝そうな表情をする銀髪犬耳の青年に説明すれば納得してもらえたようで、ほんのり甘酸っぱい香りをただよわせながら白い湯気を立てる陶器のカップを受け取ってもらえた。
「治療に……」
「といっても、お湯にハチミツと、少量の塩とレモンを加えただけの簡単な物です」
「お湯にハチミツと塩とレモン……」
「ええ。変なモノは入ってませんから安心して下さい」
見ず知らずの人間によく分からない飲み物を渡されれば、誰だって警戒するだろうし、飲むのをちゅうちょする気持ちも理解できる。出来るだけ不安を取り除きたくて笑顔で伝えれば、銀髪の青年は犬耳をピンと立てた後、気まずそうに首を横に振った。
「ああ、いや……。決して、うたがった訳ではないんだ」
「さぁ、どうぞ。そんなに熱くはないと思いますが、少しずつ、ゆっくり飲んで下さい」
私がうながせば、銀髪犬耳の青年は戸惑いながらも、ゆっくりと陶器のカップに口をつけた。いろいろ言った後に、最初から『ホットはちみつレモン』だと説明すれば良かったと軽く後悔する。必死になっていたので気がせいて、前世の単語が出てしまった。
さいわい、彼は気にすることなく『ホットはちみつレモン』を少しずつ飲んでくれているが、よく見ると片手で胃の部分をおさえている。やはり、空っぽだった胃袋へ急激に飲み物を入れることで負担がかかっているように見える。
回復魔法が使えることをあまり人に知られたくないと思っているが、さすがについ先ほどまで衰弱して死にかけていた人が、胃に痛みを抱えているという状態というのは見過ごせない。
「あ……。何日も食べてないということは、胃の中も荒れていると思いますから、回復魔法をかけましょう」
後で『気休め程度の回復魔法しか使えないから、他言はしないで欲しい』と言えば良いだろうと判断して回復魔法をかけることを申し出れば、銀髪犬耳の青年は目を丸くした。
「君は回復魔法が使えるのか?」
「ええ、多少は心得があります。……失礼しますね」