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半信半疑で問いかければ、銀髪犬耳の青年は私の顔を見ながら、ゆっくりとうなずく。
「ああ、目もちゃんと見えるようになった……!」
「まぁ! 良かったですね」
私が歓喜の声を上げると、銀髪の男性は信じられないといった表情で私を見つめた。
「君が何かしたんじゃないのか?」
「私は何も……。ただ水を、あなたに飲ませただけです」
正確には氷魔法で作った氷塊を火魔法で溶かして、風魔法と氷魔法で温度を下げた白湯を飲ませたのだが、説明が面倒なので『水』ということで良いだろう。
それにしても、彼は『タチの悪い呪い』にかかったと言っていたが、何故その呪いが解けたのか、私にもサッパリ分からない。少なくとも呪いが解けるようなことをした覚えは無いのだ。私も困惑しながら首をかしげていると青年はキツネにつままれたような表情を浮かべた。
「信じられない」
そう呟き、白皙の青年はしばし呆然としていたのだが、店内にただよう甘いスポンジケーキの香りに刺激されたのか、彼の胃は空腹をうったえて大きな音を立てた。
「あら」
「すまない……。ここ数日、何も食っていなかったものだから」
そう告げた彼は顔をしかめて胃のある部位を手でおさえた。何日も食べていなかったということは、彼の胃は空っぽだろうし、かといって急激に食べ物を食べると胃に大きな負担がかかってしまうだろう。
「ちょっと待っていてください」
床にうずくまっている銀髪犬耳の男性にそう言って、私は調理場に入った。
「少し白湯を飲ませたけど。あれは脱水症状を起こしていた状態に近かったはずよね……。こんな時、点滴があれば……。いや、飲む点滴……。そうだ! 経口補水液を飲ませればいいんだわ!」
私は調理場を見渡しながら、経口補水液の作り方を思い出す。
「経口補水液の作り方は……。確か、材料は水に砂糖、塩」
こめかみを押さえながら目を閉じて、必死に前世の記憶をたどる。
「いや、水に砂糖、塩よりも……。砂糖のかわりにハチミツを入れた方が栄養もあるし、体内への吸収が良かったはず……!」
視線の先にある黄金色のハチミツが入った透明なガラスのビンを手に取り、フタを開けスプーンですくう。
「確かハチミツだと、冷たい水には溶けにくいのよね……。あ、さっき温めた白湯を使えばいいんだわ!」
銅製のナベに入っていた白湯を弱火で熱しながら、ハチミツと少量の塩を投入し、手早くかき混ぜれば、ハチミツの甘い香りがほんのりと調理場にただよう。ついでに、まな板の上に乗っていたレモンを包丁で切り、しぼってレモン汁を入れる。
「これで、ホットはちみつレモンが出来た……!」