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いつも通り、眠い目をこすって起きた私は、すくすくと育ち続けている『魔力の実』の苗に魔力入りの水をあたえた後、早朝から調理場で複数のケーキを作った。ようやく作業を一段落終えた頃、外の空気を吸うために店の外に出る。
冷たい朝の空気を吸って眠気を冷まし、もう一頑張りしようと思ったその時、頭から白い布をかぶった人物が店の外壁に寄りかかるように座り込んでいるのを発見した。
最初は大酒を飲んで前後不覚になった酔っ払いかと思ったが、どうも様子がおかしい。血の気が完全に失せた、ほおの色は真っ白を通り越して、青ざめているように見える。さらに、くちびるは乾ききってヒビ割れている。
かすかに手が動いたのが見えて、ちゃんと生きているのは分かったが、このまま寒空の下で放置しておけば命に関わるだろう。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけるが全く反応がない。力無くうなだれたような状態で意識が無いように見える。これは一刻も早く、起こして意識を取り戻させるべきだと思った私は、意を決して白い布をかぶった人物の肩をゆすった。
「起きて下さいっ!」
私がゆさぶったことで頭から、かぶっていた白い布がパサリと肩に落ちて、顔があらわになる。銀髪と同じ色の長いまつげが、血の気を失った白皙の顔に暗い影を落としている。
高く通った鼻筋や整った顔立ちを見るに、まぶたを閉じてはいるが間違いなくイケメンだろう。いや、そんなことより、その銀髪の頭についている物に視線がクギづけになる。
「ケモノの耳。犬耳かしら? 獣人なのね」
その時、銀の犬耳らしき物がついたイケメンがゆっくりとまぶたを開けた。瞳は白みがかった碧眼だった。
「あ、気がつきましたか?」
「悪いが、話しかけられても、もう聞こえないんだ……」
「え?」
意味が分からず聞き返すと、犬耳の青年は自嘲気味に嗤う。
「タチの悪い呪いにかかってな……」
「呪い?」
「耳はぜんぜん聞こえないし、目もほとんど見えなくなってしまった」
「ええっ!?」
どうも様子がおかしいとは思ったが、まさかそんな状況だったとは夢にも思わず愕然としていると銀髪犬耳の青年は弱々しく息をはいた。
「もう歩く力もない……。俺は、もう間もなく死ぬだろう」
「そんな……」
「死んだら、遺体はどこへなりとも、うち捨ててくれ……」
言いきると犬耳の青年は再び、まぶたを閉じる。知らなかったならともかく、知ってしまった以上このまま、みすみす死なせることは出来ない。
「まだ、あきらめるのは早いです!」