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「おいおい、一体どれだけの種類を使えるんだ」
しかも風魔法、火魔法はずっと同時に使っている。一人で複数の魔法を。しかも属性の違う魔法を、あんな少女が、まるで息を吐くかのように自然に使いこなすなんて、信じられない光景だった。
普通は魔法を料理に使うとしても、かまどの火を薪につける時、最初の一瞬だけとか。何かを少量、凍らせたりという、ごくごく補助的な使い方が一般的のはず。
だが、彼女が今使っている、かまどには薪などの燃料は一切、入っていなかった。つまり、常に彼女が火魔法を使いながらケーキを焼いているということだ。
常に複数の魔法を使いながら料理を作るなんて、ありえない。上位冒険者として、それなりに魔法が使える者を見てきたが、彼女は規格外だ。
「なんで。こんな人材が、こんなところでケーキ作りに魔法を使っているんだ?」
本来なら宮廷魔術師として召し抱えられて、王の護衛などの任務につくか、冒険者でもしていれば名の知られた存在になっていただろう。何しろ回復魔法を使える上、属性魔法を同時に複数種使えるのだから。
その時、ふいに思い出した。最後の望みだと思いなが会いに行ったプラチナブロンドの神官が言っていた言葉。聖女ならば呪いを解けるかも知れないという言葉。
「もしかして……」
手馴れた様子で魔法を駆使しながらケーキを作る、セリナという少女は『聖女』ではないのか? それなら、高名な医者やヒーラー、魔術師、神官。すべての者がサジを投げた、俺の呪いをあっさりと解いたことも納得できる。
そう思いいたったころ、彼女はちょうどケーキを焼き終えたらしく焼きあがった黄金色のケーキを風魔法で冷ます。そして、ケーキ作りが一段落したらしいセリナは、ガラスのカップとスプーンを手に持って、俺のいるダイニングルームに向かって来た。
俺は慌ててドアから離れ、椅子に座り調理場から視線を外した。今まで何も見て無かったという雰囲気を出しながら、ずっと両手でゆっくり経口補水液を飲んでいたように装う。
「具合はどうですか?」
「ああ、痛むところは無い。大丈夫だ」
「そうですか。良かった……。じゃあ、今度はこちらを食べて下さい」
目の前に出されたのは銀色のスプーンと、透明なガラス容器に入った淡黄色の物体だった。
「これは?」
「プリンです。新商品として出そうと考えているんですけど、まだ試作段階で……」
「プリン?」
「まぁ、卵のお菓子ですね。材料は卵と砂糖と牛乳ですから、胃にも優しいと思います。どうぞ」
すすめられるまま、淡黄色のプリンとやらを銀色のスプーンですくって一口食べれば、新鮮な卵の風味と優しい甘さが口の中に広がった。
「旨い……!」
「よかった」
やわらかなプリンを食べる俺を見ながら、安堵した様子で笑みを浮かべたセリナに思わず尋ねる。
「君は……。もしかして『聖女』なのか?」
「えっ!? そんな、ありえないですよっ!」
「……そうか」