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神官クレストは自身が使える解呪魔法を試してくれたが、俺の症状は全く変わらない。次に複数の聖水、聖香油、呪いに効果がありそうな物を片っ端から用いて試したが、いずれも何の効果も無い。万策尽きた神官は大きく肩を落とし、頭を下げた。
「申し訳ありません……。私の力では……」
「いや。ここに来る前、すでに複数の高名な医者や白魔導士、魔術師などにも当たったんだが、誰もがお手上げだった。解呪魔法の使い手として名高い、あんたが無理だと言うならやはり、この呪いを解くことは不可能なのだろう」
「ヴォルフさん……」
「解呪に手を尽くしてくれた礼だ。受け取ってくれ」
立ち去る前に、心ばかりの礼として金貨の入った小袋を祭壇に置けば、プラチナブロンドの神官は血相を変えた。
「これは受け取れません! 私は呪いを解くことが出来なかったのですから!」
「そうは言っても、俺のために高価な聖水や聖香油を使っていただろう」
「ですが……」
「それに、死にゆくものが金を握りしめていても仕方ない」
金の受け取りを渋る神官に対して、僅かに口角を上げ、そう告げればプラチナブロンドの神官は一瞬、言葉を失った。
「ヴォルフさん……」
「少ないが、あんたが有効活用してくれれば良いさ」
「…………もしかしたら、聖女なら」
「え?」
「ヴォルフさんにかけられた呪い、聖女ならば解けるかも知れません」
「聖女?」
「はい。書物によれば『聖女』はあらゆる呪いを解いたと記されていました」
この世界に歴史上、何度か存在が確認された聖女。奇跡の力を持ち、聖女をめぐって国同士の争いにまで発展したことがあるという存在。確かに奇跡の力を持つ聖女なら、呪いを解く事も可能かも知れないが……。
「しかし、肝心の聖女は居ないだろう?」
「それは……」
プラチナブロンドの神官は言いよどむ。俺に最後まで希望を持って欲しくて出た言葉なのかも知れないが、現在この大陸のどこにも聖女の存在が確認されたという話は出ていない。
聖職者である彼にしてみれば、祈りを捧げることで精神的に救済されると思ったのかも知れないが、現実的に考えて『聖女』に祈って、この呪いがどうにかなるとは思えなかった。俺は失笑して教会を後にする。
「悪いが存在しない物に祈って縋れるほど、信心深くないタチでね」
「ヴォルフさん。どちらへ……?」
「死に場所くらい、自分で決めるさ」
解呪魔法の使い手として高名な神官すら力及ばず、万策つきた俺は、何日もロクに飲まず食わずでフラフラと歩きながら、噴水広場が見える店の前で力尽き、壁に寄りかかりながら座り込んだ。