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その翌日も、やはり食事の匂い、味がまったく感じられなかった。甘い物、辛い物、何を食べても無味無臭。再び医者にみてもらったが、やはり原因不明で「精神的なことが原因の味覚障害かも知れないですね」などと言われる始末だった。
「精神的なことが原因? そんなバカな……」
そう呟きながら古い材木に腰かけて、前髪をかき上げようとして気付いた。自分の右手から血が流れているということに。
「な、いつの間に……!?」
腰かけた材木をよく見れば、死角にささくれが出来ていて、それに手のひらを引っかけて出血したのだということに気付いた。しかし、問題は出血したことではない。ささくれに引っかかっていたのに全く気付かなかったことだ。ポタポタと血が滴るほどの負傷だというのに、目で見るまで気付かないなんてありえない。
「いったい、何なんだ? ニオイも味も感じられなくなって、今度は痛みを感じない!?」
「おやおや、オマエさん。もしかして王墓を見つけたのかい?」
声をかけられた方を見れば、この町にやって来た初日に出会った、腰の曲がった老婆がいた。
「アンタは占い師の……」
「ヒヒッ。言ったはずだよ。王墓を見つけた者には恐ろしい『王の呪い』が降りかかるかも知れないと」
「王の呪い……」
老婆から『王の呪い』について聞いた時、財宝を独り占めしたい奴が流したデマに決まっていると一笑に付したが、こうして自分の身に降りかかっている以上、もはや笑える話ではない。思わず絶句していると、占い師の老婆は手元の水晶玉をなでながら口角を上げた。
「実は、お主と同じように『王の呪い』にかかった盗掘者を昔、見たことがある……」
「え」
「その者は最初、嗅覚と味覚を失った。その次は、痛覚を失った……」
「俺と同じだ!」
完全に一致する症状に愕然とする。そんな俺を老婆は憐れむような眼差しで見つめる。
「痛覚の次は聴覚を失い、最後は視覚をうばわれ。盗掘者は失意の中、死んでいった」
「そんな……」
「全ての感覚を失って、じわじわと死にいたるのは『王の呪い』の恐ろしさを、生者に知らしめる為じゃろう……」
「『王の呪い』を解く方法はないのか?」
「無い」
砂漠の町で老婆に『王の呪い』について聞いた後、高名な医者や白魔導士、魔術師、僧侶、聖職者。呪いを解呪できそうな人材を片っぱしから訪ねたが『王の呪い』を解くことができる者は誰もいなかった。
俺が発見した王墓の副葬品がなぜ、大量に残っていたのか今なら分かる。俺の前にあれを発見した盗掘者も、今の俺と同じように王の呪いにかかり、財宝を売りさばく所では無くなったのだろう。
嗅覚、味覚に続き、痛覚を失い、やがて聴覚、視覚も失われつつある中で、とある街にまだ若いが、高名な神官がいて呪いについても詳しい。その神官自身も解呪魔法の使い手という噂を聞いた。すでに視界が霞むようになっていた俺は、最後の望みをかけて、その神官の元を訪ねることにした。