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小屋を出た俺は、発見した王墓の保存に協力してくれそうな地元の権力者について宿屋の女将に話が聞くと同時に、食事をとるため宿屋の食堂で席に着いた。しかし、妙な違和感を感じる。
なんだろうかと不信に思っていると、近くの席にすわっているヒゲの男が食事の皿やスープの匂いをクンクンとかぐ。
「ああ~。良いニオイだ! 俺、オニオンスープとカリカリに焼いたベーコンの目玉焼き、大好きなんだよなぁ~」
そう言いながら嬉しそうに、玉ねぎがアメ色になるまで焦がして煮込んだスープを飲んでベーコンの目玉焼きにパクついている。
俺は眼前の出された食事に顔を近づけ香りをかぐ。大麦で作られた焦げ茶色の固いパンからは本来、独特な癖のある匂いがするはずだが、鼻を近づけても匂いが感じられない。白い湯気を立てるオニオンスープも、大きな肉団子に野菜と挽肉のトマトソースをかけた料理も、どれを食べても全く味が感じられなかった。
「野宿に限りなく近い状態で一晩、過ごしたせいで体調でも崩したのか……」
昨日より、もっと寒い状態で野宿したこともあったが、このような状態になった事は無い。怪訝に思うが体調を崩しているなら、なおさらしっかりと食事を取って体力をつけなければならない。
匂いも味も感じられないので食欲はわかないが、出された食事はビールで無理やり胃袋に流し込むようにして平らげた。白磁の皿が完全にカラになったタイミングで宿屋の女将は、カルカデという鮮やかな紅色の花茶を出してくれた。
砂漠地方で伝統的に砂糖やハチミツをたっぷりと入れて飲む花茶だ。一口飲んだが、やはり甘みは感じられなかった。ため息を一つ落とし、ふくよかな女将に視線をむけた。
「女将、この町で一番の有力者は誰になる?」
「町の有力者? 町長かしら」
「その町長は王墓の管理についても、大きな権限を持ってるのか?」
「権限って言えるほどの物はどうかしらね。最近は王墓の管理や発掘された物については町長より、上の知事が統括してるそうだし」
「知事……」
町長レベルなら気軽に話をすることも出来るだろうが、知事となると個人が話をするのは難しいかも知れないと腕を組んで考えてると宿屋の女将は僅かに眉根を寄せた。
「あんた、知事に用事でもあるのかい?」
「ああ。出来れば話をしたいんだが……」
「悪いことは言わない。やめときな」
「何故だ?」
断言するような女将の口調に少し驚いて尋ねれば、女将は口を歪め苦々しい表情をする。
「今の知事はスコルピオって奴なんだけどね。悪い噂しか聞かないような男なんだよ」
「悪い噂とは?」
「賄賂が大好きで金にがめつい。王墓の管理を任されたのを良いことに、盗掘者の目を逃れて僅かに残っていた副葬品もスコルピオが売り払って私腹を肥やしてる。自分に都合の悪い人間は殺して口を封じてるって、もっぱらの噂なんだよ」
「そうなのか……」
そのような知事に王墓を発見したと伝えれば黄金のひつぎや、色とりどりの宝石で装飾された純金製の副葬品など、すべて自分の懐に入れてしまう可能性がある。それどころか、発見者である俺も口封じのため殺さねかねない。すっかり冷めた味のしない紅茶を飲み干した後、どうした物かと腕を組んだ。
王墓管理の権限を持っている知事があてにならない以上、王墓発見について第三者に吹聴するわけにはいかない。それと、個人的には翌日になっても鼻の調子が治らず、食事も味が感じらえないのが辛かった。
カゼか鼻炎で、鼻の調子がおかしくなったと思ったので念の為、医者に行った。医者は「カゼや鼻炎の症状とは違うようですが……」と首をひねりながらも薬を出してくれた。しかし、処方された薬を飲んでも一向に鼻の異変、味覚症状は回復しなかった。