163
俺がここに来た目的は、未発見の王墓を見つけ出すことであり、物見遊山で来ている訳では無いのだ。露店でガイドの少年の分と自分の昼食を調達していると昨晩、泊まったボロ小屋が見えたので思わず視線を向ける。今日も宿が満室なら、またあそこに泊まるかと考えていると少年が苦笑する。
「あの小屋が珍しいのかい? まぁ、あんなボロい日干しレンガの小屋、なかなか無いだろうけどさぁ……」
「俺は昨晩、あそこに泊まったんだが」
「……兄ちゃん、あんなボロ小屋に泊まってんのかよ」
「ああ。生憎、昨日は宿屋が満室でな……。まぁ、雨風がしのげるだけ野宿よりはマシさ」
「野宿よりはマシって言っても。この小屋、何百年前に作られたか……」
呆れ果てた様子の少年が、何気なく言った言葉に驚く。
「何百年? ボロいとは思ってたが、そんなに古いのか?」
「ああ、俺が物心ついたときには、もうこのボロ小屋はあったし、位置的に真下の王墓を調べるのに使った小屋だと思うから」
「そうなのか?」
「この真下ってかなり大規模な王墓があるからさ。それの発掘だか、盗掘だかで作られた小屋のはずだよ。でも放置されてるってことは、固い岩盤に当たって掘れなかったんじゃないかな?」
「その発見済みの王墓が見つかったのは何年前だ?」
「ん~。二百年? 三百年前だったかな?」
「ふむ。なるほど……」
「石造りならともかく、日干しレンガで築、数百年は無いよなぁ……。こんな、いつ崩れるか分からない小屋、誰も好んで使おうとは思わないから、気兼ねなく泊まれるだろうけどさぁ……」
「他にも発掘小屋があるのか?」
「ん? ああ、ちょっと離れたところにあるよ」
「案内してくれないか?」
「別にいいけど……」
ガイドの少年レトは困惑しながらも、少し離れた場所にある崩れかけた発掘小屋に案内してくれた。
「ここも、日干しレンガ造りの小屋か」
「兄ちゃん。王墓じゃ無くて、発掘小屋に興味があるのか?」
「ああ、まぁな」
「ふ~ん。変わってるなぁ……。観光客が興味があるのは、古代王墓の見学と土産物って相場が決まってんだけど」
「そうか?」
少年の問いかけに答えながら、発掘小屋の中に入り確認する。
「あ! もしかして、兄ちゃん考古学者って奴か!?」
「なんで、そう思う?」
「発掘現場に興味がある奴なんて、考古学者くらいだろ?」
「残念だが、学者じゃない。冒険者だ」
「冒険者? なんで冒険者がこんな小屋なんかに?」
「ちょっと確かめたいことがあっただけだ」
「確かめたいことって?」
少年は小首をかしげたが、その質問に答える必要は無いと判断した俺は、懐の小袋から銀貨を数枚取り出して少年に手渡す。
「案内はここまででいい。ガイドの報酬はこれでいいか?」
「え? こんなに弾んでくれるの!? やった!」
「おまえのおかげで、スムーズに調べることが出来たからな」
「よく分かんないけど役に立てて良かったよ! 明日もガイドが必要なら声かけてくれよっ!」
金を受け取った少年は強い太陽の日差しの下、元気よく走り去っていった。そして、俺も崩れかけた砂漠の発掘小屋を後にする。
「めぼしい場所は墓荒らしや、遺跡の発掘調査をしている者が掘り尽くしているというのは分かっていた。もし、まだ未盗掘の王墓があるとすれば盲点になっているような場所だと考えてはいたが……」
俺は初日に泊まった古びた発掘小屋に再び戻った。小屋の中は相変わらず僅かに、冷たい隙間風を感じる。先ほどレト少年に案内された、崩れかけの発掘小屋では壁に隙間が空いていても、冷たい風を感じなかった。今は昼間だから熱い砂漠の空気のせいとも思ったが違う。ここは砂塵混じりの乾いた風と明らかに匂いが違うのだ。
そもそも、この小屋は空気が全く異質だった。初めて、この町に来て、あの小屋に泊まったとき、長年、人が使用していなかったから埃をかぶっているせいかと思ったが、そうじゃない。感じた冷たい風、独特な匂い……。床に片膝をつき地面に手を当てながら探していると小屋の隅から冷たい隙間風が僅かにもれているのを発見した。
「昨晩、眠りにつく前に、頬を撫でた冷たい風。小屋の壁に空いた隙間風が流れているのかと思ったが。違う。乾燥した砂漠の風に乗ってくる空気に、妙な異臭を感じたんじゃない。この風は、下から吹いている!」
地面の砂をかきわけ、床部分の日干しレンガを崩すと底から古びた木製の扉が現れ、さらに砂をよけて扉を開けばそこには地下へと続く砂岩を削った階段があった。