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さらに試食が済むとセリナ嬢は「明日も食べられますので、良かったらどうぞ」と余っていたパウンドケーキを包んで持たせてくれた。やはり天使! 何という慈悲深さ!
彼女は甘味飢餓に苦しむ俺を見かねた神が、天上から遣わせてくれた救いの天使に違いないと確信し、パウンドケーキを受け取る手が感動で震え、目からは感激の涙がこぼれそうになった。
「今日は試食と感想、アドバイスもありがとうございました! おかげで良い新商品ができそうです!」
「いや、こちらこそ……。こんなにも貰ってしまって本当に良かったのか?」
「実は調子に乗って一人では食べきれない位、作ってしまったんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。それに、明日もお店が休みで、いつも試食してくれる子たちが居ないので……。ベルントさんに試作品を貰って頂けるなら、すごく助かるんです」
「そういうことなら、遠慮無く頂くが……」
彼女の言葉にウソは無さそうだし、そういう事情ならば、こちらとしても気兼ねなくケーキをもらうことが出来る。俺が包まれたケーキを受け取るとセリナ嬢は満面の笑みを浮かべた。
「よかったら、またこちらにいらして下さい。売り物として完成したパウンドケーキを食べて頂きたいですし……」
「そうだな……。完成品が気になるから、また近くに来た時には寄らせてもらうとしよう」
「また別の試作品を作ったら、試食していただけますか?」
「それは、構わないが」
「やった! 約束ですよ」
「ああ」
久しぶりに極上の甘味にありつけた俺は上機嫌だった。あれで、まだ試作段階だというのだから驚くばかりだ。もっとも表面的には、おくびにも出さず、いつもの鉄面皮ではあったが。
ひそかに浮かれながら日も暮れた頃、夕食のため大衆居酒屋に入って、いつものように飲みたくもないビールを注文していると、俺に気付いた周囲の冒険者たちが声をひそめながら噂話をはじめる。
「おい、黒熊のベルントだぜ。いつ見ても、いかついなぁ」
「そういえば今日、あいつが意外な店に入っていくのを見たぜ」
「なんだ? エロい店か?」
「いや、それが……。なんと『パティスリー・セリナ』だよ!」
「え!? 『パティスリー・セリナ』って、確か……」
「ああ。スイーツ専門店……。今、女子供に大人気の店だよ!」
「マジかよ!?」
なんてこった! さっそく、あの店に入っていたのを見られていたとは! 人目を忍んで、買いに行こうと心に決めていたのに、早くも出鼻をくじかれた!