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あまりの旨さに思わず本音がこぼれた。俺の言葉を聞いたセリナ嬢は瞳を輝かせる。
「本当ですか!?」
「ああ。さきほど食べた砂糖を使ったケーキも旨かったが、このハチミツを使ったケーキは、それ以上に旨いと思うぞ?」
「ありがとうございます。でも、商品として売るには何か、物足りない気がするんですよねぇ……」
セリナ嬢の長いまつ毛が、大きな瞳に影を落とした。
「ふむ。そうだな。何か足すとすれば。アーモンドの粉末を入れるというのはどうだろうか? 香ばしさが増すと思うのだが……」
「はっ! そうですね! アーモンドパウダーを加えれば、確かに……。他に何か、加えたら良さそうな物ってありますか?」
「そうだな……。今の季節なら、リンゴかな」
「そうですね。角切りに刻んだリンゴを入れても合いそうですね……。あ、でも」
「何か不都合でも?」
「実は賞味期限の長いケーキを作りたいので、痛むのが早いフルーツを入れるのは……」
「賞味期限?」
聞きなれない言葉に首をかしげれば、セリナ嬢は苦笑した。
「作った食べ物が美味しく食べられる期限です。ウチの店では生のクリームやフルーツを使ったケーキは、当日中に召し上がって頂くようにしていて、売れ残ったケーキを翌日に売ることはしていないんです」
「ほう」
「でも、賞味期限の長いケーキも欲しいので今回、試作したパウンドケーキのような焼き菓子なら、賞味期限に余裕がある商品として取り扱えると考えていたので……」
「そうか……。フルーツを避けたいなら、木の実とかはどうだろうか?」
「木の実?」
「クルミなどを入れても、合うのではないかと思うのだが」
「確かにそうですね。クルミなら……」
「あと、ナマのフルーツがダメでも干しブドウのような、ドライフルーツはどうだろうか? 酒につけ込んだドライフルーツなら早々、痛むことは無いし日持ちすると思うのだが」
「お酒につけ込む……!」
今日、携帯食料として市場で購入した干しブドウのことを思い出し、さらに酒を使ったケーキということで、酒につけ込んだ物は長期保存が出来ると思って言ってみたところ、何やらインスピレーションを受けたようでセリナ嬢は自身の唇に指を当てながら、頭の中で新作パウンドケーキの構想を練り始めた。その間、俺は黙々とハチミツ入りパウンドケーキを堪能した。
率直に言えば、今まで食べた中で一番、旨いケーキだと思ったし、この店は天国に一番近い場所で彼女は天使だと思った。