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市場に行けば、露天に新鮮な野菜、ソーセージ、ハムなどの肉にチーズ、香辛料やハーブ、ワインなどの酒を売る店が立ちならんでいる。
色とりどりの果物を売る露店では、みずみずしい紫色のブドウや緑色の梨。熟れたイチジク、レモンなどの柑橘類に真っ赤なリンゴが網カゴに盛られていた。
見れば干しブドウなど、ドライフルーツも販売している。いかにも旨そうな果物の中でも、旬のリンゴの赤さが特に目をひく。
「リンゴを一つくれ。干しブドウも……」
「あいよ! 毎度!」
恰幅の良い果物屋のオヤジに金を払い、フルーツを受け取る。早速だが歩きながら食べようと、袋からリンゴを取り出す。
当初は菓子専門店で評判の菓子を購入したい気持ちだったが、ここらが妥協のしどころだろう。そう思いながらリンゴにかじりつこうとした瞬間、横を通りすがった長い髪の少女から、えも言えぬ甘い香りが漂い、俺は足を止めた。
鼻をくすぐる、この香りはハチミツだ! 間違いない! しかも極上の高級ハチミツであろう。だが、なぜこんなにも少女にハチミツの香りが染みついているんだ!?
少女が持つ手カゴの中にハチミツが入っているにしても、香りは少女の長い髪や全身から漂っている。常人には分からないだろうが、熊並みの嗅覚をもつ俺には、それがハッキリとわかる。
思わず、ハチミツの香りがする少女の姿を目で追っていると、彼女の前方から、いかにもガラの悪そうな三人組の男たちが現れ、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、ワザとその少女にぶつかった。
「っ!」
「うおっ! いてぇ~!」
少女にぶつかった男は大げさに腕をおさえながら、声をあげる。その男の仲間であろう男二人が、これまた大げさに目を見開き、芝居がかった表情で眉間にシワを寄せて腕をさする男をのぞき込む。
「おい、大丈夫かよ!」
「こりゃあ……。腕の骨が折れてやがるぜ!」
「えっ!?」
その言葉に驚いた少女は目を丸くしている。それはそうだろう。自分からぶつかって来たくせに大の男が、あの程度で腕の骨を折る訳がない。しかし、三人組の男たちは言いがかりをつけて少女を取り囲む。
「オイオイ、お嬢ちゃん。人にぶつかって大ケガさせたんだ……。覚悟はできてるよな!?」
「誠意を見せて、それなりの慰謝料を払ってもらおうか?」
「そんな……。そっちが、ぶつかって来たんじゃないですか!?」
「なんだと! 優しく話してりゃあ、つけあがりやがって!」
「痛い目を見なきゃあ、分からねぇようだな!」