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店員が運んできた苦いビールを胃に流し込みながら、ますます眉間のシワを深くしていると近くのテーブルに居る女冒険者たちの噂話が聞こえてくる。
「ねぇ、知ってる?」
「なにを?」
「ほら、最近新しくできた店があるじゃん」
「あー。お菓子の専門店だっけ?」
菓子の専門店だと!? 俺は内心の動揺を押し隠しながら聞き耳を立てる。
「そうそう! 『パティスリー・セリナ』っていう店よ!」
「なんか評判らしいね~」
「あんた、まだ食べてないの?」
「うん。……え、食べたことあるの?」
「食べたよ! 超おいしかった!」
「マジで!?」
「マジだよ! 見たことないようなキレイなお菓子が並んでて、味も信じられないくらい美味しいの!」
「うわ~。超食べたくなってきた~」
「絶対、行くべきだよ! 猫耳の店員が言ってたけど、お菓子専門の職人が作ってるんだって! 超おススメ!」
なんだそれは!? 俺だって食べたいっ! 内心、そう叫びながら、店員が運んできた骨付きの鶏肉にかじりつき、肉料理をもくもくと平らげる。
大衆居酒屋の肉料理で、胃の中身は満たされたはずなのに、新しくできたという菓子を売る店の噂を聞いた俺は、ますます甘い物への飢餓感が増すばかりだった。
翌日、街を歩きながら見つけた『パティスリー・セリナ』の店舗をじっと見つめて、俺は眉間のシワを深くした。店は残念ながら定休日だった。
人目が少なければ買いに行けるかも……。一縷の望みを持ってここまで来たというのに、そのわずかな可能性すら粉々に砕かれ、俺は木枯らしの吹く寒空の下、路上で立ちつくす。
「おい、黒熊のベルント、今日は機嫌が悪いみたいだぜ」
「おっかねぇな……。見ろよ、あの目。下手に近づくと殺されちまうぜ」
通りすがりのゴロツキどもが、恐れおののきながらヒソヒソと話しているのが聞こえる。ちなみに俺は、熊並みの腕力があるだけでなく、人間より聴覚も良いから多少、声をひそめていても聞こえてしまう。
影で勝手なことを話しているゴロツキどもの相手をする気になれず、俺はトボトボと歩きながら市場へ向かう。本業である冒険に向かう際に所持する、携帯食料などを購入しておかねばならないからだ。
専門店で職人が作った菓子というのを食べてみたかったが、甘味飢餓が酷すぎて精神的におかしくなりそうだったから、市場で携帯食料を買うついでに、なにか甘い物も買えれば……。そんな淡い思いを抱きながら足早に歩いた。