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「賞味期限が比較的長い、パウンドケーキを売るのは悪くないと思うけど……。もっとこのケーキ自体に、他のと違う特色が欲しいわよね……。でも生のフルーツやクリームは使えないし、どうした物かしら」
そう呟いた時、ふと調理場の調味料が置いてある場所にある、透明なガラスのビンに入った金色の液体が視界に入った。
「ハチミツ……。そうだわ。砂糖の代わりにハチミツを使った『ハチミツのパウンドケーキ』にすれば良いんじゃ……」
思いついた途端、作ってみたくなり再びパウンドケーキ作りに取りかかる。今度は砂糖を一切、使用せずにハチミツを使用して作っていく。窯に入れて焼き上げていくと砂糖の時よりも、心なしかハチミツの甘い香りが強く感じられる。
出来上がったパウンドケーキを窯から取り出せば、濃いキツネ色の焼き目がついたパウンドケーキがふっくらと焼きあがった。一口食べてみると、優しい甘さが口の中で、しっとりと感じられる。
「砂糖で焼いた時は、どちらかというとパサパサした食感だけど、ハチミツだと全然パサパサしないのね」
想像以上の違いに驚く。そして、これなら新たに『ハチミツのパウンドケーキ』をラインナップに加えて良いだろうと確信する。
「あ、でもハチミツって確か『ボツリヌス菌』っていう菌が含まれているのよね……」
乳児がハチミツを食べた場合、ハチミツに含まれる『ボツリヌス菌』によって『乳児ボツリヌス症』という症状が出る危険がある。だから、ハチミツが含まれる食品には『一歳未満の乳児には与えないでください』という注意書きがされていたはず。前世の記憶を思い出しながら考える。
「この世界で『乳児ボツリヌス症』が存在するかは分からないけど……。念のため、乳児の口に入らないように配慮した方が良いわよね。でも、子供の口に入らないようにするには、どうしたら……」
調理場の中をぼんやりと眺めながら考えていると、ケーキ用の果実酒などが置いてあるタナが目についた。
「そうだ! パウンドケーキにお酒を使って『大人向けのケーキ』にすれば良いんだわ!」
手早く酒を使ってシロップを作り、出来上がった酒シロップを料理用のハケで、ハチミツのパウンドケーキにぬれば酒の香りがただよう『大人向け、ハチミツのパウンドケーキ』が出来上がった。
「うん。味がなじむまで、少し置いておこうかしら。……それにしてもハチミツ、残り少なくなっちゃったわね」
今日はハチミツだけを買う予定なので手押し車は不要だろう。手さげの編みカゴを持ち、散歩がてら買い物に出かけることにした。