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「でもなぁ。自分が正体を知った時に噴いた物を、自分の店舗の商品に入れて、何も知らないお客さんに食べさせるっていうのはなぁ」
私の店にケーキを買いに来てくれるお客さんたちは、私の作った物を信用してお金を出して、食べてくれてるわけで、簡単に美味しそうな赤色のジャムが作れるからといって、その信用を密かに裏切るようなマネはできないなぁとため息をつく。
赤色の着色料なんて無味無臭なんだから、黙っていれば分からないことではあるのだが、やはりどうにも良心がとがめて着色料の使用には、ちゅうちょしてしまう。
そうこう思案ている間に市場に到着した。声を出して客の呼び込みをする露店の販売人や、できたての串焼肉を販売する店、野菜を販売する店の前を通り過ぎて、果物屋にたどりつく。
「おっ! いらっしゃい! 今日は何にするんだい!」
「そうねぇ」
果物屋の店主に顔を覚えられたらしいと思いながら、今日も色とりどりの果物に、どれを買うべきかと熟考する。定番の赤いリンゴに黄色や緑色のナシ、紫色のブドウ、緑色に光る小さなナツメ。黄色い柑橘類。そして、購入するか迷っていたイチジクの値札を見て目を見張る。
「…………よく見ると高い」
「おお、イチジクかい? 今年は不作なんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。収穫量が少なくてね。どうしても値段が高くなっちまうんだ」
「収穫量が……」
「まぁ、実の所、今年のイチジクは味も微妙でね。ジャムにするなら問題ないけど」
「そうですか」
値段が高く、味も微妙。そこまで聞いたら、とてもイチジクを購入する気にはなれない。私はイチジクで赤いケーキを作るのを断念することにして、ガックリと肩を落とす。その瞬間、ふと床に視線を落とすと、そこには編みカゴに入った真っ赤な粒が見えた。
「えっ、これは!?」
「ああ。さっき入荷したばっかりのクランベリーだよ」
「クランベリー」
「一つ、食べてみるかい?」
「良いんですか!? ぜひ、味見させて下さい!」
「どうぞ」
口元に笑みを浮かべる果物屋の店主にすすめられるまま、クランベリーを一粒かじれば口の中に強い酸味が広がる。そして、そのあと舌にエグみのような味が残り、私は顔をしかめた。
「うっ!」
「ははは。ナマのままだとキツイだろう?」
「ええ、とても……」
「でも砂糖で煮詰めてジャムにすると甘酸っぱいクランベリージャムになるんだよ」
「……このクランベリーください!」
クランベリーを利用すれば、念願だった真っ赤な色を持つケーキが作れるはずだ。私は迷わず、大量のクランベリーを購入した。