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そうこう言っている間にも開店の時間になり店舗を開ける。さっそく主婦らしき、ふくよかな女性が入店してきたので双子と共に笑顔で「いらっしゃいませ~」とお客様に声をかけると、主婦らしき客は満面の笑みを浮かべた。
「昨日、ここで食べたケーキとっても美味しかったわ!」
「本当ですか!? お口に合って良かったです!」
「ええ、今日は昨日買わなかった種類のケーキをいただくわ! 食べ比べてみたいもの」
「ありがとうございます!」
どうやら、オープン初日にケーキを購入した人が気に入って、リピーターになってくれたようだ。早起きして、がんばって作ったケーキを「美味しい」と言ってもらえて、こうしてまた購入してくれる光景を目の当たりにすると、胸に熱い物がこみあげ、目がうるんでしまう。
購入したケーキを嬉しそうに抱えて「また来るわね」と笑顔で帰って行ったお客様の後ろ姿を見ながら開店早々、涙腺がどうにかなりそうで困る。双子の前でいきなり、うれし泣きする訳にもいかず客足が途切れたのを良いことに私は店舗から一時的に撤退することにする。
「じゃあ、今日も市場で果物を買ってくるから」
「了解しました!」
「店番はおまかせください!」
こうしてパティスリーのことは双子にまかせて、市場に出かける。道すがら「今日は朝、一番で来てくれたお客さんの笑顔と言葉で一日がんばれそう」としあわせな気持ちになりながらホクホク顔で歩いて行く。それにしても、双子にも話したが赤いケーキについて何とかならないだろうかと考える。
「現状、入手できないイチゴ以外の果物で、赤い物といえば『イチジク』かしら。でも皮をむいてケーキに使うとなると生のままだと、あっという間に乾燥して見た目も悪くなるわよね」
かと言ってタルトに埋め込む形で焼くとなると、これも出来ないことはないが、私が理想とする『宝石のように美しい真っ赤な色』という意味では、きびしい。
「いっそ、イチジクのジャムを作って、それをケーキに利用するか。でも、イチジクって果肉部分の白色が多いから、ジャムにすると赤色が弱くなるような」
そしてジャムにするとなると、場合によっては茶色っぽい微妙な色合いになる場合もある。真っ赤な色が欲しかったのに、かんじんの赤色にならないとなれば本末転倒だ。
「いや、簡単に赤色にする方法はあるか。赤色着色料のコチニールを使えば」
魅惑の赤色着色料コチニール。食紅や着色料として長年、人々から愛用されているアレを使えば簡単に美味しそうな赤色の食べ物を作ることができる。