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一変して不敵な笑みを浮かべる黒髪の店主コルニクスさんに、私は戸惑う。窓の外では小降りだった雨粒が徐々に、大きくなりながら窓ガラスを打ち付け始めた。
「てめぇ……。この魔力の実の苗を育てて、どうするつもりだ?」
「え、その……。魔力の実が収穫できたら、お守りにしようかと……」
「あ゛!?」
「ヒッ!」
悪鬼のごとき形相で睨まれた瞬間、外で雷光が閃いた。眼前にいる魔道具屋の剣幕と、遠くで低い音を立てながらとどろく雷鳴に恐れおののいていると、コルニクスさんは長い前髪をかき上げた後、大きく息を吐く。
「てめーも、魔力の実を育ててるなら分かるだろう? そんな実だけ使っても効果があるのはごく短時間だ」
「そ、それは知ってますけど……」
「おまえ、俺と取引しろ」
「取引?」
思いがけない単語が飛び出し困惑していると、コルニクスさんはうなずく。
「そうだ。おまえの育てた魔力の実が収穫できたら、俺に寄越せ」
「そ、そんな……」
「もちろん、タダとは言わん」
「え」
「魔力の実の収穫量に応じて、俺が作った魔力増強剤をくれてやる」
「別にいらな」
「 あ゛ あ゛っ!?」
「ヒイイッ!」
比較的、近い距離で大きな音を立てながら雷が落ちた瞬間、地獄の魔王もかくやという形相でコルニクスさんからすごまれ、壁際に身を寄せておびえていると、黒髪の店主は小さく舌打ちした。
「だいたい、魔力の実は設備の整った場所で研究者が精魂込めて世話して、ようやく育つかどうかだってのに……。そんな植木鉢なんぞに植えて、ガーデニング感覚で育てやがって……」
「えぇ……。でも、育っちゃったんで」
「どうやって育てたんだ?」
「学園に通ってたときに授業で出された魔力の実を持って帰って、普通に育てたんです」
「まさか、一粒の実から育てたのか?」
「そうですけど?」
正直に包み隠さず答えれば、コルニクスさんは呆れかえった後、けげんな表情をした。
「てめー。こんな所でケーキなんざ作ってないで、研究所に就職した方がいいんじゃねーか?」
「そ、それはイヤですっ! 私はケーキを作るんです! もうすぐ店舗がオープンするのに、このタイミングで転職なんてしないですよ!」
「ふぅん……」
「うっ」
ジト目でにらみつけられて内心ビクビクしていると、コルニクスさんは「フン」と息を吐いた。
「まぁ、俺としては、てめぇがケーキ屋だろうが研究員だろうが、正体が何だろうがどうでもいい。ただ、魔力の実さえ融通してくれれば良い」
「ううっ……」
こうして、私は半ば脅されるような形でコルニクスさんに『魔力の実』が収穫できたら渡すという約束をしたのだった。