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プロヴァト仕立屋からの帰り道、ようやく新店舗が見えてきた時、近くで何やら怒鳴り声が聞こえた。見れば魔道具店のコルニクスさんが、渋い顔で誰かと口論している。
「どういうことだ! 入荷すると言ってただろうが!?」
「コルニクス……。そうは言っても、アレの栽培がむずかしいのは知ってるだろう? ウチの研究所で不作だったんだから、こちらに回す余裕が無いんだ。仕方ないじゃないか」
「こっちは材料が入り次第、薬を調合して渡す約束をしている客がいるんだぞ!?」
「何と言われても、用意できない物は用意できない。悪いが、他のルートを当たってくれ」
「クソッ!」
すげなく断った男性が去って行く後ろ姿を見ながら、コルニクスさんは忌々しそうに魔道具店の柱を叩いて八つ当たりした。どうやら、何かの植物が不作で店に入荷予定の物が入らなかったようだ。
そういえば不動産屋のグレイさんが、コルニクスさんは薬品の調合もできると言っていたような……。絶望的なまでに愛想が無くて、接客態度も最悪と思われる部類でも、腕さえあれば商売として成り立つんだなぁ……。と妙な感心をしながら私は帰宅した。
二階のテーブルで書き物に取りかかっていると、気付けば夕方になっていた。窓から空を見上げると、昼間は白かった雲が灰色へと変わっている。そう思っている間にも、にわかに風が出始め、どんどん黒雲へと変化していく。バルコニーに出している『魔力の実』の苗は魔力が入った水で育てる植物。
「このまま外に出しておくと雨水で、せっかく育った苗が弱ってしまうかも知れないわね」
『魔力の実』の苗はあれから順調に葉の数を増やしながら、すくすくと育っており、間もなく小さな実をつけると思われる所まで成長している。ここで野ざらしにして弱らせてしまう訳にはいかない。
私は複数ある『魔力の実』の植木鉢を、部屋の中へ移動させることにした。次々に植木鉢を部屋の中に入れて、バルコニーに残された最後の植木鉢を手に持った時、ふと物音がしたので見れば通りの道路を挟んだ、向かいにある魔道具店のコルニクスさんが、ちょうど二階の窓を開いた所だった。
相変わらず目の下にドス黒いクマを作って、不機嫌そうな薄目で空を眺めている。
「こんばんは」
「…………あ?」
何気なく、あいさつしてみたがコルニクスさんの反応は鈍い。ぼんやりした様子で、長い前髪の向こうから、ゆっくりと視線が私に向けられたので、改めて話しかけてみる。
「雨が降りそうですね」
「この空を見れば、そんなことは誰だって分かるだろうが?」
「そ、そうですね……」