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嬉しそうに笑うラッセルさんが手に持つ、青魚が入った網カゴに視線を向けて何気なく見ていると、魚の上に何やら水色の輝石がついた、見慣れない長方形の物体が置いてあるのが目についた。
「ラッセルさん。その魚の上に乗ってる四角い箱は何ですか?」
「ん? これか? これは保冷箱じゃ」
「保冷箱?」
「こういう風に魚を買ったら、普通は氷魔法で冷やしながら自宅に持って帰るのが一般的じゃが、ワシは生まれつき魔力が低くてのう」
「まぁ、そうだったんですね」
「うむ。そうなんじゃ……。かと言って魚屋の店主も大勢の客がおるわけで、一人一人の客に対して魔法で充分な氷を渡すのは難しいじゃろ?」
「ああ、言われてみれば……」
確かに、私は意識したことが無かったが、普通の魔力保持者が一日中、魔法で氷を作れるわけがない。まして、自分のお店で仕事をしながらというのは厳しいだろう。
「普通は客側が、自分で氷を作って買った商品を冷やして自宅まで持って帰るが、ワシのような魔力が低い人間は充分な氷が出せない。そこで、この氷の魔石を利用した保冷箱を活用しとる訳なんじゃ!」
「保冷箱……。それがあれば、お魚を冷たい状態に出来るんですね?」
「うむ。ワシが頼んで作ってもらったんじゃ!」
「作ってもらった?」
「うむ。コルニクス魔道具店のボウヤに作ってもらったんじゃよ!」
「コルニクス魔道具店……」
あの、気むずかしそうな黒髪の店主を思い出して、私は思わず顔がひきつった。しかし、ラッセルさんは全く意にかいさないで笑みを浮かべる。
「あのボウヤは頼めば何でも作ってくれる、とっても良い子なんじゃ。セリナお嬢ちゃんも困ったことがあれば何でも相談すると良い。きっと力になってくれるはずじゃ!」
「そ、そうですか……」
パティスリーを始めたら、基本的に商品であるケーキを展示するショーケースや材料を保管する場所には私が氷魔法で、氷を作って冷やせば良いと思っていた。
そして、クリームを使ったケーキを客が持ち帰る際にも、私が作った氷を袋につめた氷袋を用意すれば良いと考えていた。
しかし、氷は定期的に冷やさないと溶けてしまう。私が常に気を配っていられれば良いけど、忙しかったり、つい忘れてしまった場合、ほんの少し気がゆるんだだけで、せっかく作ったケーキや、材料の牛乳などが全滅してしまう恐れがあるのだ。
そして、持ち帰り用に氷袋を用意した場合、ケーキを購入した人の自宅が、途中で氷が溶けるほど距離が離れていた場合や、溶けかけた氷を再び冷却できるほどの魔力が無い人の場合は最悪、溶けた氷によってケーキが水を吸って、商品がダメになってしまう恐れがある。
「冷蔵庫と保冷剤が用意できるなら、それに越したことはないわよね……」