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「あ、やっぱり……。セリナさんはコチニールの原材料が虫って知らなかったんですね」
「このピンク色、虫なの?」
「ええ。コチニールの原材料は潰すと赤色が出てくる虫なんです」
「そうなんだ……」
「本当に食べても問題は無いんですけどね……。ただ、その事実を知ってると積極的にコチニールが入ってる物を食べる気になれないと言うか」
「そうよね。気持ちは分かるわ……」
私が『いちごミルク』を買おうとした時、レイチェルが表情を曇らせていたのは砂糖牛乳に、虫が原材料の着色料が入ってピンク色になっているのを知っていた為だと気付き、うなだれた。
まぁ、あまり深く考えたくはないが、前世でもイナゴのつくだ煮とか、ハチの子を使った料理という物が存在していた訳だし、むしろ昆虫食は健康に良いという話もあった気がする。個人的には好んで虫を食べたいとは思わないが……。
ともあれ、コチニールが食紅としてかなり便利なのは間違いない。基本的に店で出すケーキに着色料を多用するつもりは無いが、イザという時のためにストックしておくべき品だろう。
「じゃあ、セリナさん。私はもう一件、行く所があるので」
「そうなのね。今日は色々、ありがとう」
「こちらこそ。素敵なクッキーとグラデーションのアイディア、ありがとうございました。ぜひ、またウチのお店にいらして下さいね」
針子の少女、レイチェルはふわふわした髪をゆらしながら去って行った。それにしても、彼女のおかげで食紅が手に入ったような物なのだから、次に行く時は菓子折りの一つでも持参して感謝を伝えたい所だ。
「服やドレスを作る機会があれば、必ずプロヴァト仕立屋を利用しよう」
「ん? セリナお嬢ちゃんは服やドレスを作るのかい?」
「いえ、今すぐという訳ではないんですが……。って、ラッセルさん!?」
「奇遇じゃのう~」
私の横には、いつの間にか白ヒゲの好好爺、ラッセル老がいた。
「ど、どうして、ここに……」
「ワシは夕飯用の魚を買いに来たんじゃよ。ホレ!」
「ああ、これは新鮮な青魚ですね……」
ラッセル老は手に持っていた網カゴに入っている鮮魚をドヤ顔で見せてくれた。後方を見れば、ラッセルさんの後ろの方には鮮魚を売っている店がある。きっと、あそこで魚を買った後、私の姿を見かけてやって来たのだろう。
「昔は油っぽい肉が大好きだったんじゃが。年を取ってからは、肉よりも魚が好きになってきてのぉ……。こうして市場に買いに来たという訳じゃ」
「なるほど。脂分の多いお肉は食べ過ぎると、生活習慣病や動脈硬化などのリスクが高まりますからね。青魚を食べるというのは健康的で良いと思いますよ」
「ほぉ、魚は健康に良いのかい?」
「ええ。特に今、ラッセルさんが持ってる青魚には、血液をサラサラにして動脈硬化や心臓病を予防する効果が期待できると言われていますし、脳の働きを良くする効果もあると言われていますから」
「おお! ワシは知らない内に、健康的な食生活を送っておったんじゃのう!」