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いちごの果汁が入っていることを期待して『いちごミルク』を買ったのに、一滴も入っていないなんて……。私は涙目になりながら『いちごミルク』売りのおばさんの言葉に、理不尽さを感じずにはいられなかった。そんな私をレイチェルは気の毒そうに見ていた。
「セリナさんは知らなかったのね……」
「レイチェルは知ってたんだ」
「ええ。いちごミルクのピンク色は、私がさっき買ったコチニール由来の物だって知ってるわ」
「えっ! コチニールって、布の染料が入ってるの!?」
私が驚いて唖然としていると、レイチェルは苦笑する。
「コチニールは布の染料だけど、食品の着色にもよく使われているのよ」
「そうなのね……。でも、大丈夫なのかしら。身体に悪い影響とか無いのかしら?」
「身体には害の無い天然の染料だから、そこは安心していいと思うわ。何百年も昔から使用されてるけど、食べてから重い健康被害が出たって話は聞かないし」
「そ、そうなんだ」
「っていうか、セリナさんも知らない内にきっと、コチニールを口にしたことあると思うわ」
「えっ!?」
「口紅とか」
「へぇ。化粧品にも使われてるのね……」
確かに知らない内に口にしていたようだ。しかし、何らかの健康被害も出ないで長年、広く人々に利用されていたと言うことは安全性についてコチニールに問題はないようだ。
「ごくまれに肌の弱い人が、化粧品でアレルギー反応を起こすことはあるみたいだけど、ほとんどの人は大丈夫よ」
「そうなんだ……。食べ物の着色に使えるなら、私も買おう! おじさん、コチニール下さい!」
「はい、コチニールね。毎度!」
さきほど、いちごミルクのジュースを飲んで分かったが、色はしっかりとついているのに、着色料の味はまったく感じなかった。それで食べても健康に問題が無いなら、着色料が必要な場合にそなえて、購入しておいて損は無いと判断したのだ。
染料屋の店主からコチニールを受け取った私は、思わぬ形で食紅が入手できてラッキーだったと口元をゆるませた。
『いちごミルク』という名前の、着色された砂糖牛乳については思うところがあるが、結果として人体に無害な食紅を入手できたので良しとしよう。私はカップに残った『いちごミルク』を飲み干す。そんな私をレイチェルは複雑そうな表情で見ていた。
「セリナさん」
「ん?」
「ちなみにコチニールの原材料、虫って知ってる?」
「ぶはっ!」
レイチェルの言葉に、私は飲んでいた『いちごミルク』を思わず噴いた。