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針子の少女レイチェルと街路を歩いていると、やがて見慣れた噴水広場が見えてきた。
「セリナさん、このままお店に戻るんですよね?」
「う~ん。思ったより早く広告を貼り終えたから、このまま市場に行こうかな?」
「そうなんですか? じゃあ、一緒に行けますね!」
無邪気に微笑む針子の少女に笑みを返しながら、新店舗で活用できるような掘り出し物が見つかるかも知れない。そんな期待もあって、私は市場へ足を伸ばすことにした。
「レイチェルは何を買うの?」
「私は染料を買おうと思って」
「染料……。布を染めるの?」
「ええ。自分で染めれば、思い通りの色を作れるんじゃないかと思って」
「へぇ、いいわね。グラデーションのドレスや服とかも作れそう」
私が何気なく言った一言にレイチェルは、不思議そうな表情を見せた。
「グラデーション?」
「下が濃くて、上に行くに従って色が抜けてく感じとか……。濃淡がある感じよ。そういえば、グラデ-ションの服って見かけないわねぇ……」
この世界では染物屋さんが布を染める際、常に布を全部、染料につけ込んでいるのだろう。そういえば日本の藍染めには、藍で青く染めることによって布の耐久性や防虫効果を高める意味があったはず。
それをふまえると、この世界でグラデーションの服を見かけないのは、染料につけ込むことで布の耐久性や防虫効果を高めるのがファッションよりも優先されているのだろうか……。と思考をめぐらせていると、針子の少女レイチェルはいつの間にか、目を丸くして私を凝視していた。
「布に濃淡を……。そうだわ! グラデーションの布を使えば、新しいタイプの服やドレスが作れる!」
「え」
「セリナさん、すごいわ! 上手くいけばグラデーションのブームが来るかも!」
「ん? そうかしら?」
「きっと、そうよ! ファッションや流行に敏感な女性は食いつくはずよ!」
大興奮しているレイチェルに驚く。前世ではグラデーションなんて珍しい物ではなかったが、この世界では新ファッションらしい。
「そうかな? じゃあ、グラデーションのスカートとか作って売れたら、レイチェルの所も大忙しになるわね」
「セリナさん。ありがとう! 私、がんばるわ!」
「うーん。まだ、売れると決まったわけじゃ無いから……。作りすぎて在庫を抱えたりしないように気をつけてね?」
すっかりテンションが上がった様子のレイチェルが少し心配になる。まぁ、これがきっかけでレイチェルや彼女のお父さんに仕事が増えれば結果オーライなのだが……。
しかし、服のグラデーションなんて、やろうと思えば誰でもマネできる物だし、仮にブームが来ても、すぐブームが去ってしまうかもしれないので、何だか不安だ。