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仕立屋に入ったのも、アイシングクッキーにレース柄をあしらったのも完全に偶然なのだが、針子であるレイチェルは自分の職業と接点がある『可愛らしいレース柄』のアヒルクッキーがとても気に入った様子だ。
瞳を輝かせながら嬉しそうにアイシングクッキーを見つめている。そんなレイチェルの横から、白髪の店主も物珍しそうにクッキーをながめた。
「ほぉ……。こういう珍しい菓子を作る店が近くに出来るのか……。こちらにも客足が伸びてくれればいいんだがなぁ」
「もう、お父さんったら! あ、私は買い物に行くから、お父さん店番やってよね!」
「分かったよ……」
白髪の店主が死んだ魚のような目で、レイチェルと店番を変わるやり取りをしている間。私は比較的、目立つであろう場所に広告を貼らせて頂く。
これで、作った全部の広告を貼り終えた。じゅうぶんな宣伝効果があるのかは分からないが、全くやらないよりは、きっとマシだろう。
「それでは、ありがとうございました」
「あ、セリナさん。待って!」
「え」
「噴水広場ぞいの、お店に帰るんでしょう? 途中まで一緒に行きましょう!」
買い物カゴを持った針子の少女、レイチェルと共に『プロヴァト仕立屋』を出た私は、なぜか彼女と肩を並べて道を歩くことになった。
「ごめんなさいね。セリナさん」
「へ?」
「ウチのお父さん。この所、仕事があまり無くて……。最近は、すっかり気力を無くしちゃって」
「ああ、そういう事だったのね。ぜんぜん気にしてないから大丈夫よ」
私がそう言って笑えば、レイチェルは安堵した様子でホッと息をついた後、少し切ない表情で視線を落とす。
「下町の仕立屋だと、受注できる仕事も知れてるから仕事が少ないのは仕方ないんだけど……」
「そうなのね……」
確かに、豪華なドレスや服をひんぱんに作らせる貴族に比べれば、下町の平民だったら中々、新しい服を仕立てる機会は少ないのだろう。
「でも、さっきセリナさんの作ったクッキーを見て私、思ったの!」
「え?」
「クッキーで人を感動させることが出来るなら、私も針子として人に感動してもらえるような仕事がしたいって!」
「か、感動……?」
「私ね。本当にセリナさんのクッキーを見て感動したのよ! だって、あんな綺麗なレース柄があしらわれたクッキーなんて、今まで見たことなかったんですもの!」
「あはは。そう言って頂けるのは嬉しいけど、なんだか照れるわね……」
気まぐれで、細かいレース柄のデコレーションをした数枚のアヒルクッキーが、ここまで褒められるとは夢にも思っていなかった。こんなことなら、もっと気合を入れてしっかり全部のクッキーをデコレーションすれば良かったと軽く後悔した。
何しろデコレーションしてないアヒルクッキーは、ぺったりと白一色で塗っているシンプルすぎる手抜きアイシングクッキーだったのだから……。