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「あ、お忙しい所ごめんなさい。私、噴水広場ぞいに新店舗をオープンさせるんですが、もしよかったら。こちらのお店の壁にウチの広告を貼って頂けないかと思って」
「広告ですか……」
「ええ、これなんですけど」
そう言いながら、私が最後の一枚である広告を少女に手渡すと、眼前の少女は興味深そうに広告に目を通した。
「へぇ、ケーキのお店ができるんですね。パティスリー・セリナ?」
「はい。私のお店なんです。セリナと申します」
「そうなんですね。私はレイチェル。この店で針子をしています。……店のカベに広告を貼るとなると、お父さんに聞いてみないと」
「お父様ですか?」
「ええ。我が『プロヴァト仕立屋』は父の店ですから……。ちょっと、奥にいる父に聞いてきますね」
広告を手に少女が店の奥に行くと間もなく、父親であろうと思われる白髪の男性を連れて出てきた。
「あ、お忙しい所、すいません『プロヴァト仕立屋』の店主さんですよね。ウチの広告を、こちらのお店で貼って頂けないかと思いまして」
「別にかまわないが……。ウチの店に貼っても、広告の効果は無いと思いますよ」
「え」
「ご覧の通り、さびれた店です。それでも構わないなら、どこでもご自由に貼って下さい」
疲れた顔をした仕立屋の店主は、気力の無い瞳で許可をくれた。店主の投げやりとも思える態度に面食らうが、ともあれ広告を貼り出す許可をくれたことに間違いはない。
「え、えーと……。じゃあ、貼らせて頂きます」
「もう、お父さんったら! ごめんなさいねセリナさん」
「いえ。……あ、これ良かったら、ご家族で食べて下さい。私が作ったクッキーです」
「わぁ! うれしい! ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
針子の少女レイチェルが、私から受け取った小袋を開けると中からアヒルの形をしたアイシングクッキーを取り出した。
「すごい! このクッキー、アヒルに可愛いレース模様があしらわれているわ! 花のクッキーも!」
「全部のクッキーに細かいデコレーションがされている訳ではないんですが、目でも楽しんで頂けたらと思って……」
レイチェルが一番最初に取り出したアイシングクッキーは、細かいレース模様がデコレーションされたアイシングクッキーだった。もっとも、すべてのクッキーに細かいデコレーションをやるのは大変なので、彼女が手に取った『レース柄クッキー』はごく少数。小袋の中には数枚しか入っていないのだが……。