「Who are you ?」 2
悠と、みね子と、その友だち数人。和気あいあいとお宅訪問・・・とは行かないだろうと予測していたけれど、ここまで空気が悪化するとは思ってもみなかった。張り切って先陣を切ったところまでは良かったが。終始悠はみね子ひとりにかまけて、彼女たちがどんなに気を引こうとあの手この手もお構いなしに時々上の空で相槌を打つくらい。もちろん雄図の楽しい会話を楽しみにしていたはずの彼女たちは面白くないだろう、それでも悠の手前と笑顔を絶やさなかったが、みね子の自室へ案内した辺りが限界だったようで今は果てしなく気まずい。
反対に、そこだけ浮き足立ったように軽い空気をまとっているだろう悠、顔も上げられないが想像に易い。だが考えてみればいい機会かもしれない、考えるまでもなくみね子は悠の事をあまり知らない。そもそも、初対面から怪しさ満点、聞きたい事は山ほどあった筈なのにはぐらかされて、タイミングを逃して今に至っている。そう思えばこの空気の重さも我慢できるというもの。さぁ誰か、聞きたい事はないのか。
「あの、ユウはみね子の親戚?一緒に住んでるくらいだから」
「それだったら説明が楽でいいのにね、全然!血の一滴も繋がってないよ」
「じゃあ、親同士が仲がいい?」
「まともに話したこと無いんじゃないかな。ん~何ていうの、しいて言葉にするならヒトメボレ?運命の赤い糸」
やだぁ、と歓声が上がるが同時に、修羅のような視線が痛い。悠は気付いていないのか、知っていて楽しんでいるのか分からないが楽しそうに笑う声が憎らしい。
「わ、わたしお茶淹れて来る」
こんな時はそそくさと逃げるに限る。去り際に悠の声が聞こえたような気もするが、扉を閉める音に消されて、追ってくる気配も無い所を見ると大した用事でもないだろう。それからようやく、失敗だったかなと失敗だったかなと息が漏れる。遅かれ早かれこういう事態は予想していたけど、悠が挑発的な態度を取る事も予想できたけど。前もって釘を刺しておかなかったのはまずかった、今さら言っても仕様の無いことだけど。
とんとんと階下に下りる。いった以上手ぶらで帰るわけにも行くまい、宣言通りにお茶をご馳走しようか。三年前にこの家に引っ越して以来こりはじめた紅茶の缶は、今では棚の一角を立派に占領している。その中の一つ、春摘みのセイロンを選んで人数分。重くなった熱々のポットとカップ、こぼさないように両手でもってきたはいいものの。
ぴっちりと閉じられたドアの前で途方に暮れてしまう。こんな時こそ念力の一つでもたしなんでいれば、なんてろくでもない事を考えていた時。
一瞬、本当に超能力者になったかと思った。ガチャリと扉を開けた悠と目が合うと、にいっとたくらんでいるような含めたような顔。
「やっぱり!変なうなり声が聞えると思ったら」
「本当だ。ユウ、一番遠くに居たのに何でわかったの」
「うふふ、それはね・・・愛っ!」
ふふんと得意顔をして、みね子特製紅茶はボクのお墨付き。と言って固まったままの手からお盆を受け取り、本当に扉から一番遠い席に着く。どういう耳をしているのかと思ったけれど、今回ばかりは少し嬉しくもあり。
「そんな床で突っ立ってないで、座りなさいよ」
「みね子には聞かなきゃいけないことがたぁ~っぷりあるんだから」
やっぱり、目の色が違ってきている。ぎらぎらと獲物を差ためた飢えた獣の目、どんな話をしていればこんな退っ引きならない雰囲気になるのだろうと思わずにはいられない。
腹をくくるしか、ないようで。混ぜっ返すばかりの悠が憎い。おとなしくその場に正座をして、なされるがままに。
「みね子、あなた三ヶ月ものあいたユウと二人っきりだったそうじゃない」
「り、両親同伴だって」
「それにしても、ユウ独占の罪は重いわよ」
「うん、おかげですっかり新婚蜜月」
火に油。悠の余計な一言の所為でますます縮こまるしかないというのに、当の本人はすまし顔、をスッと曇らせて芝居がかった口調が始まる。
「ボクが無理を言ったんだ、その場でママを拝み倒して、みね子にも、おじさまおばさまもボクのわがまま聞いてくれて、すごく感謝してる」
そのたった一言で毒気を抜いてしまうのだから大したものだ。さっきまでの勢いもどこへやら、しょんぼりと今にもすすり泣きが聞えてきそう。
「ボクの親も非常識と言うか、甘いところがあるから・・・迷惑、かな?」
「全然そんな事無いっ!」
みね子が答えるべきところで唱和が起こる、迷惑を被っているのは彼女たちではないのに、悠もうれしい!と目を潤ませたりして。かってに話が進んでいる。
「ちょ、ちょっと待って、迷惑よ!大体、悠あなたいつまでうちに居座ってるの?学校は?あなただって高校生でしょう」
「だめだよ、それじゃぁ家出して来た意味が無い」
「い、家出ぇ?初耳よ」
「初めて言ったもの。・・・いいじゃない、そんな事」
ほんの一瞬、はにかんだように見えた。けれどそれすらも演技かもしれない、次の瞬間には見惚れるほどの微笑で話をすりかえるのだから。
いつもこうだ。悠と関わると自分のペースが保てない、振り回されてしまう。彼女たちは平気なのか?のまれて、流されて、不安になったりはしないのか?彼女たちはまだ、憂い上気した頬を抱えている、悠はさらに追い討ちをかける。
「けど、そのお陰でキミたちに会えたんだし」
「ユウ、本当に素敵!」
「そ、そんな事ない・・・」
急に言葉尻がにごる?後ろ暗いような横顔、初めて見せる表情だ。
「あの、ユウ?気を悪くしたら御免ね。実際会って思ったんだけど・・・少し、感じが変わった?」
目に見えて動揺している?
「それあるかも。なんて言うか、もっと大きいイメージはあったかも」
「あ、私切り抜き持ってる。毎日携帯してるから」
「ごめん!」
自身の鞄を引き寄せようとした手は悲鳴にも近い叫びで止められた。呆然と、ただ一人を見つめる彼女たちのむき出しの視線にさらされた悠はそれから身を護るようにうつむいて、顔が見えない。
みつめるもの、みつめられるもの。息を止めているような錯覚すら覚える空気の中で、悠の手の指だけが足踏みするように躊躇って、勢いつけて顔を上げたときにはもう、いつもユウだった。
すうっと目を細めて、挑発するように頬笑みをたたえている。
「雑誌なら、ボクも持ってる、残らずね。だからそれには及ばないよ」
「そう・・・ですか」
「キミたちと過ごした時間、楽しかったよ。帰り道気をつけてね」
口の端を引き上げて笑った形を作るが、目は火傷でもしそうなくらいに冷え切っている。だれも、何も言えないままに恐怖心だけがそろそろと忍び寄って。ほんのわずかな木々のざわめきをきっかけに蜘蛛の子を散らすように行ってしまう、去り際、みね子ごめん、と聞えたような気もするが誰だったろう。
「・・・まだ」
びくりとして、反射的に顔を向けた先はしおしおと、力なく微笑む悠に戻っていて、それでみね子もようやく警戒を解くことができる。
「まだ、ちゃんと見せた事無かったね」
そう言って躊躇いながらも持ってきた一昔前の雑誌にはさっき見せたような、さっきよりもむき出しの闘志のような、傍若無人でありながらもそれが許される器のようなものが見て取れた。これがきっと、ほんとうのユウなのだろう。
他人を虜にする事も、だれかの怒りの刃をすっかり削いでしまう事さえも思いのままに、天使のような顔をして、手のひらの中で繰り広げられる踊りを高みの見物。
だけど・・・
みね子が一冊だけ持っている最近の雑誌のユウ、ほんの時々垣間見せるうつむいた悠。
そのどれもがほんとうに、目の前の彼なのか。ますます解らなくなってきた。