「Who are you ?」 1
You・ユウ、雑誌モデル。
一時とは言え、その影響力は社会現象と呼ばれるに相応しいものがあった。数多の雑誌の表紙を飾る、わずかに歪められた笑顔は悪戯を思いついた子どものようでもあり、人を貶める事を意にも介さない大人のようでもあり。挑発でもするようなその仕草に誰もが憧れ、必死で追いかけた。
だが、実を言うと辰村みね子、つい最近まで名前すら知らなかった。その事を女友だちに話したらまるで宇宙人にでも遭遇したような顔をされた挙句、いわれのない説教をたっぷり聞かされたという苦い思い出がある。
そして彼女たちはいつも決まって最後に言うのだ、一度でいいからナマで見てみたぁい!そこで納得したような顔をしておく。そうでもしなければさらに一時間、苦い思いをしなければいけない。それまでだって散々目を輝かせ、いやさ、獣のようにぎらつかせて絶対に事前打ち合わせをしているだろう!と誰もが突っ込まずにはいられないほどにそれは立派に講釈を並べ立てるのだ。
言いたい事はわかる、美形なのも認めよう、だけどやっぱり・・・社会現象と言われるほどにはどうしても思えない、ぴんと来ない。だから一度だけその事を言ったらやっぱり訓練されたとしか言いようのない一糸乱れぬ口調で断言したのだ。
「やっぱり宇宙人!」
・・・そう言って一緒になってきゃあきゃあ騒いでいる姿を見るたび、特大のため息が出る。笠間悠と乗った彼女、改め彼は以来、みね子の家に居付いてしまった。長くても一週間、少なくとも学校が始まるまでには出て行くだろうと高を括っていたのに今ではすっかり板についている。のだが、これが一癖も二癖もある厄介者だったとは。
まず第一に、自らを息子と称したのは最初の夜。あの時は確かにスカートは履いていなかったとは言えみね子よりもずっと綺麗な顔立ちで何を言っているのかと思ったけれどどうやら本当らしい、頭がいたい事に。それを思えば、純簿万端に着替えやら何やらを持ってきていたことは小言に思えてくる。
それからしばらくは何事も無かったように思う。みね子は元通り受験勉強に励み、悠は時々出かけている様子だったがそんな事は知った事ではない。二つ目はそんな油断しきっている中だった。
大本命入学試験前日、気まぐれに寄った本屋での事。一帯いつからメディアに触れていなかっただろう、けれど明日からは。そんな思いで手にしたテレビガイドの表紙には見間違えようもない見知った顔・・・意味がわからなかった.その衝撃で一番大切な時期にも拘らず数式が飛んでしまったのだから、数学の自己採点で悶絶したのは悠のせいなのだ。
とは言えにわかには信じがたい、むしろ気のせいだと思いたくて辺りを見渡すとこれはまた・・・間違いない。しかもコーナーの端から端まで残らず同じ顔で埋め尽くされているではないか、一体これは何事か。
みね子は手近な一冊を引っつかむとレジへ直行、鼻息荒くも自宅へ帰ると。それはあっさりと肯定されてしまった、二の句も告げないくらいに。このとき初めて他人から、宇宙人にでも遭遇したような顔をされた事は一生忘れないだろう。
そんな混乱を極めた頭で望んだ試験はそれはそれは・・・それでも何とか補欠に引っかかる事が出来たときには、いくら無信心なみね子もまだ見ぬ神に感謝した。受かってしまえば恐いものなし、期待に胸膨らませた初登校、忘れた事にやってくる三つ目の厄介ごとが待ていた。
そこにはみね子とお揃いの、女子用の真新しい制服を着た、またまた見間違えようもない見知った顔が、何処から湧いたのかと思うくらいのとりまきを従えて花束を抱えて走ってくるのだ。おめでとうと、息が上がりながらもみね子に微笑みかける悠。その直後にはやっぱり、来た時と同じように嵐のように駆けて行ってしまっては、ますます訳がわからない。
そうして悠は、そのたった一回で学校中の人気と羨望をあっさりと手に入れて、今となっては伝説として語り継がれている始末。だが重要な点を忘れてはいけない、悠はこの学校の生徒ではない、みね子も一週間気付かなかったけど。
けれど悠は頻繁に姿を現しては、その度に教師たちとの追いかけっこすら楽しんでいる。すべての場面に遭遇しているみね子が言うのだから間違いない、だって悠は、みね子に会いに来るのだから。
それでも、許される。
それだからこそ、人を惹きつけてやまない。
他人の人生すらいとも簡単に狂わせてしまうほどの傑物は、例えそれが一般の常識から著しく逸脱していようとも我が道を行くのみなのだ。悠の笑顔を見ていると、みね子の中で何かが少しずつ壊れていくのがわかる。それは坂道を転がるようなもので、もう止められない事なのだ、たぶん。
それからいくらか経ち、新入生に初々しさが欠け始める頃のこと。
「みね子ってさ、ユウさんと仲いいのよね」
授業も終わり、箒をもて遊びながら掃除をするでもなく適当に時間を潰していると、クラスメイトの一人がじっとりと恨みがましい視線をよこしていた。
「みね子のお陰でいいモン見せてもらった事はと~っても感謝してるのよ、わたしたち」
「そうそう、みね子と友達になれてほんっとに!良かったと思ってるもの」
「でもね、記憶ってモノは薄れて行くものじゃない?それなのにみね子だけは常に充電してるっていうか」
「責めてるわけじゃないのよ、ただ私たちもユウとお近づきになりたいな~なんて」
ぬうっと顔を寄せられて詰問攻め。いつかはこうなるだろうと思ってはいたけど、いざとなると上手い言葉が見付からない。隠していた訳じゃないけれど、出来れば隠しておきたかったけど。やっぱり話さないわけには行かないらしい。
ただ、誤解されている事が多いようだがみね子は彼のマネージャーではない。無理難題を突きつけられても・・・なんて事は口が裂けても言えまい、ましてや面倒だなんて。さらなる二次災害を想定するだけで気が遠くなる。だから使う言葉は厳選して。
「じつは・・・あの人うちの居候なの」
情報は小出しに、被害は最小限に。クラスメイトの殺気立った顔色をうかがうと、目をこれ以上ないくらいに大きく開けてはいるもののまだ理性の色はうかがえる、杞憂だったろうか。
「だからね、みんなよりかは少~しだけ親しいかもしれないけど」
「ど~うして!そういう大切な事を言わないでいるかな」
「これは立派な裏切り行為と取って間違いないようね」
そんな大げさな、とみね子が冗談であってほしいとの切なる願いを込めて引きつった笑顔は責めるような視線に息の根を止められる。
「大げさなものですか。これは由々しき問題よ、私たちの友情を取り戻すのはもう無理かもしれないくらいに」
「これはもう、ユウに会わせてくれる位じゃないと溜飲が下がらないわ」
「そんな訳で、今からみね子んちに直行!」
言うが早いか、それぞれに掃除道具をぶち込むと、みね子は囚人のようにずるずると連行されて。全く友だちを何だと思っているのやら。結局は悠に会いたいだけではないか、けれどそんな強硬手段に出ずともそろそろ。
「みね子、一緒に帰ろう!」
先陣切った一人が扉を開けるのが早いか、みね子だけが予期していた来訪者が早いか、ともかく少なくとも一人は確実にひっくり返ってしりもちをついているし、その他大勢も面食らって時が止まってしまって、呆れるみね子をよそに突然入ってきが悠はわざとらしく抱き起こすとようやく、きゃあきゃあと黄色い声で息を吹き返した。
目も眩むほどに色気を振りまいて触れてしまうくらいに顔を近付けて、彼女の方は完全に舞い上がって焦点すら合っていない様子。面白がっているのは明らかで全く、目も当てられない。
「大丈夫だった!ボクが注意してなかったから・・・御免ね」
「そんな、気に掛けてもらえるなんて・・・もうどうなってもいいかも」
「顔が赤いね、熱があるのかも」
そういいながらおでこをくっ付けたものだから、いよいよ湯気でも出んばかりに真っ赤になって本当に目を回している。きゃあきゃあとうるさい外野は相変わらすで、みねこはふうっと息を吐いて場を止めなくては。
「悠、そのくらいにしておいたら」
「何だ、やきもちの一つでも焼いてくれたらいいのに。可愛くないぞ」
「可愛くなくて結構!」
「じ、冗談に決まってるじゃないか」
急にあせり出した悠を、信じられないという顔で見ている。さっきまではあんなにかしましく騒いでいたのに、打って変わってみね子のご機嫌を取るような態度は天地がひっくり返るよりも大事件だったのだろう。だがそんな事はどこ吹く風、ぷうっと顔を膨らませていじけてしまう。全く、どっちが焼餅だか。けどそれすらも続かないのが悠。
「まぁ言いや、帰ろっ」
「それなんだけどね、彼女たちがご一緒したいそうよ」
「ふうん。でもごめんねぇ、今日はみね子と二人っきりで帰りたいんだ、だめかな」
そう言われて断れる人間は少なくともこの学校にはいない。瞳を売るませて上目遣いにじっと目を逸らさない。悠にお願いされると途端に顔が熱くなり、ものが考えられなくなって、その次に待っているはじけるような笑顔がどうしても見たくなって、聞いてしまう。悪魔の手口だ。それがわかっているみね子にもどうする事も出来ないのだ、まして彼女たちが断れるはずもなく、しょんぼりとテンションが急降下している。満面の笑顔をたたええる誘致は対照的なその姿はあまりにも辛くて。
仕方がない、みね子が止めなきゃ誰が止められる?
「悠、誤解を招くような事は言わないでって言ってるじゃない。いいじゃない、大勢で。わたしは好きよ」
「じゃぁいこう、ほら、ぼ~っとしてないで早く」
百八十度、前言撤回。ここまで手のひらを返されるとむしろ気持ちがいいというか、笑うしかない。急かすように、右往左往している彼女たちの背中を押して一人あせっている後姿を見ていると、これほど扱いやすい人もいないだろうと思うけれど。みね子が特別だから、それもわかっているけど。本気かどうかもわからないなら、考えるまでもないか。




