#scene03-06
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シャノンは、統轄ギルドへ向かって走っていた。
移動が困難なアイヴィー・サイアーズを連れて逃げるのは容易ではないと判断したため、リュディは別ルートで北門の方へと向かわせている。
そもそも、車椅子というものは往来を行けばかなり目立つと思われるが、どうやって気づかれずに統轄ギルドまでやってきたのか。
シャノンは一応、罠の可能性も視野に入れながら、“剣と車輪”の扉を開いた。
「お待ちしておりました」
車椅子の少女は、扉のすぐ横で待っていた。
「――どうやってここまで?」
「わたくし、これでも機巧技師ですので」
そういうと、アイヴィーの姿が一瞬ぼやけた気がした。
「少しは機巧魔法もたしなんでおります」
「そうですか。それでは少し急ぎましょう」
「すぐに王都を出られるのですか?」
「いえ、ナギ様はまだやることがあるようなので、王都の外に確保した隠れ家へご案内いたします」
そういうと、シャノンはアイヴィーを抱え上げ、腕輪の中に車椅子をしまう。
「賢者の腕輪……!」
「捕まっていてくださいね」
扉を開けると同時に、幻像を発動し、一気に北門への道を駆け抜ける。
「これほど強力な幻像は……」
「ナギ様でない限り、見破られることはないでしょう。それよりも、追手は?」
「おそらく、兄の私兵が30ほど」
「それぐらいならば、私一人でも余裕です」
「レヴェリッジの子女は戦闘も熟すのですか?」
「私が特別なだけです」
王都の北門を風魔法・跳躍を使って飛び越え、街道を少し進んだ先で待っていたリュディの元へ。
「これは……」
「あ、シャノンさん。えっとですね――盗賊の残党みたいで、襲われたので撃退しました」
「怪我はありませんか?」
「はい!あ、盗賊さんたちは一応全員気絶してるだけです」
地魔法・岩縛《アースバインドで一人ずつ捕縛されている盗賊たちを見下ろしながらシャノンが状態を確認する。
魔法を教えたのはついこないだのはずだが、かなりうまく使いこなしているようで、どの男もほぼ一撃で仕留められている。
「とりあえず、これはここに捨て置きましょう。リュディ、隠れ家の方に行きますよ」
「隠れ家――ああ、あの盗賊の根城をシャノンさんがリフォームしたところですね」
「はい。少々、汚かったのでナギ様の力をお借りしました」
実験的に駆動装置を試し、ナギの血宝石を使って、錬金術を行使した。
結果としてナギ程の術は使えなかったのだが、発動することはできたのでいい報告ができそうだ。
「お二人の使っていらっしゃる機巧装置はやはりレヴェリッジ社の第3世代型機巧装置MARCですか?それにしては術式の展開速度が尋常じゃなく速いですけど……それに威力も」
「確かに元はMARCのはずですが、ナギ様が魔改造しているため性能的には第5世代ぐらいの物になっているかと」
「……やはり、屋敷を出て正解ですね。この世界には私よりも優れた技術者がいるのですから。あ、それをお借りすることはできますか?」
「おそらく、ナギ様が合流すればあなたの分の機巧装置が支給されると思いますよ」
「私にできるのは機巧技師としての仕事だけですから――しっかりお仕事をしないとですね」
「本格的な開発は、うちの祖父とキーリー・シュヴラン――ナギ様の妹が合流してからになりそうです。試験運用は私やクレハ様が行いますので、有用な結果が得られるかと」
「試験運用ですか、それは確かに重要ですね。碌に使いこなすこともできない貴族のお坊ちゃんたちにお聞きしても、『すごい』だの『つよい』だの5歳児並の回答しか返ってきませんから」
「王都の騎士も質が下がっていますし、イネス王国は“武器”の開発に関してはこれ以上なくふさわしくない立地だと思います」
「そうですね。お兄様の商会にもそろそろ限界が来ているようですし、機巧装置以外の分野では法国のベイリー商会というところに競り負けています――まあ、法国にもお金をばらまいて地盤固めをしているようなのですが」
「おそらく度が過ぎると、ベイリー商会の方が法国を捨てるでしょう。サイアーズと違って向こうは他の国にも顔が利くようですから」
「そうなりますよね……あら、このお家がそうですか?」
「はい」
街道を少し外れたところにある林の中。
そこに立つのは木造の小さめの家。
「小さくとも4室ありますから一人一部屋ありますよ。アイヴィーさんは1階の手前の部屋を使ってください」
ドアを開け、中に車椅子を出すと、アイヴィーを座らせる。
「ありがとうございます」
「シャノンお姉ち――シャノンさん」
「別にお姉ちゃんでも構いませんよ?」
「4部屋だと部屋足りるの?ナギさんと、シャノンさんとアイヴィー?さんとアーリックさんと私……あと、ミト」
「きゅい?」
「大丈夫ですよ。私はナギ様の部屋で寝ますから」
「ふぇ!?はわわ……」
「冗談――ではないですけどね。私はこれから王都へ戻ってナギ様を迎えに行ってきます。リュディはアイヴィーさんのお相手をお願いします」
「あ、はい。わかりました。アイヴィーさん、お茶はいかがですか?」
「では、いただきます」
「夕食はナギ様が帰ってからになります。お二人とも――それと、ミトも、少し待っていてくださいね」
「大丈夫です」
「きゅい!」
「すいません、少しお金は持ってきていますので生活費に関してはお支払いします」
「大丈夫ですよ、アイヴィーさん。ナギ様はかなり甲斐性御有りですから、それほど気にならないでください」
「そ、そうなんですか?」
王国ではパン1個が大体銅貨50枚=50Eほどで買える。それなりの食事も銀貨3枚=300Eもあれば食べることができる。
一般市民では年間金貨30枚いけばいい方で家が借家の場合ここからかなり減る、王都の騎士では年間金貨60枚ほどの給与が出るが生活費や武具の維持費を引けばそれほど多くは残らない。
そういった事情の王都では、基本的に貯蓄に回せるような金銭はなく、騎士でさえもかなり困窮した生活をしている。
そんな状況の中、サイアーズ家はこの1年で300万以上の利益を上げているが、屋敷の購入や、貴族たちに撒く裏金でかなり出費をしているため実はそれほど財布事情はよくない。
そういった状況になると一番に削られるのが食費になる。専ら食卓に並ぶのは堅いパンと味の薄い野菜のスープ。少し裕福な家庭では、ここに干し肉やネストリ湖やイズベルガ川で獲れた魚が並ぶことになるが、正直なところ調理方法が焼くか煮るかしかないので味はあまり良くない。
サイアーズでは、貴族たちを相手にするために茶や菓子などを家に置いており、アイヴィーも時たま口にしていたが、多少香りのするものの薄く色のついた湯としか思えないそれと、ただ甘いだけのそれはあまりおいしいとは思わなかった。
鼻歌などを歌いながらリュディが用意したそれは、湯を注いだ瞬間良い香りが広がる。
シャノンはすでにナギを迎えに出てしまっており、アイヴィーは何を話せばよい物かと思案していたが、真っ先に口から出たのは、
「そのお茶ですが、どこで買ったものですか?」
「ええっと……ナギさん曰く、共和国のレオナルという街で作っているそうです」
「レオナルの茶は知っていますがそこまで香りのよい物は初めてです……」
「そうなんですか?私は生まれがあまり良くないので、ナギさんが淹れてくれたこれしか知りません。でも、お茶の葉だけかって、加工はナギさんがしたらしいですよ」
「なるほど、それで……」
「御茶請けはシャノンお姉ちゃんがナギさんと作ってたクッキーです。ミトも食べますか?」
「きゅい!」
茶をカップに注ぎ、アイヴィーの正面に座ったリュディは自分の皿から一枚クッキーを取ると、テーブルの上にいる毛玉に与える。
「改めまして、リュディヴィーヌ・ルシェです。リュディと呼んでください。こっちは、相棒のミトです。姓はありますが農民でした。えっと、アイヴィーさんもギルドに入るんですよね?」
「はい。よろしくお願いします、リュディさん。リュディさんはどうしてこのギルドに?」
「呼び捨てでいいですよ。私の方が年下ですから。私は、住んでた村が領主に焼き討ちされて、両親を亡くして――」
「そうだったんですか……」
「――その後、姉と一緒に領主館に捕まって、姉はいろいろあってシャノンお姉ちゃんに殺されましたが、その後色々あってナギさんとシャノンさんと一緒に領主館を脱出して、今に至ります」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。予想以上にハードなお話だったのと、色々の部分が気になって……」
「そこはちょっと話したくないです」
「ええ、無理にはお聞きしませんが……おそらく、話すのも嫌なことでしょうし」
「アイヴィーさんはどうしてナギさんの所に?」
「兄のために、今まで機巧装置を作ってきましたが、兄も変わってしまいました。それに、今の環境では、これ以上の発展は見込めませんし、私一人でどんなに頑張ったところで発想にも限界があります」
「詳しいことはわかりませんが、大変なんですね。アーケインのお祖父ちゃんも、新しい物を創るには一人では限界がある、って言ってましたし」
「とんでもない名前が出てきて吃驚です」
「ナギさんと一緒に居ればそのうち会うことになると思います」
「そうですね……お兄様がどこまで頑張れるか、見せていただきましょう」




