#scene 02-16
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ナギたちがリュリュの街へと到着してから一夜明け、シャノンは久々に自分の部屋のベッドで目を覚ました。
着なれた"太陽"の制服は失ってしまったが、新たに自分に与えられた物へと袖を通す。
今時、色ごときで騒ぐ人間も少なくなってきたが、ここまで真っ黒だと、そういったことをあまり気にしないシャノンも一瞬躊躇った。
以前の職場でも闇に紛れるために暗い色の衣服を着ていたが、ここまでの物はなかったし、そもそもここまで綺麗に布を染め上げる技術はなかったのだ。
ナギから教えてもらった手順で衣服を身に付ける。そもそも、なぜ彼が女性用の下着の着用方法等を知っていたのかという疑問はあるが、今回は気付かなかったことにしておく。
こちらについてしばらくして、自分のサイズに合わされたブラジャーとショーツを受け取り、その後、好みのデザインへと改造してもらった。
光を弾くほどに白いブラウスを身に付け、ジャケットを羽織る。
これだけでも、今まで着ていた防具と同等以上の防御力があると彼は言っていた。
そんなことを思いだしながら着替えているとノックの音が響いた。
「お嬢様……起きてらっしゃいましたか」
「もう20になりますから。いつまでも子供ではないですよ」
「そうでしたね……リュディさんの着替えを手伝った者が言ってましたが、その服、とても素晴らしい出来ですね。少し、露出が多いようにも思えますが……」
「動きやすいので私はこれでも構いません」
ベッドに腰かけてソックスを穿きながらシャノンが返答する。
「……そうですか?」
「それよりも、ナギ様は既に起きていますか?」
「いえ、これから確認しに行きます」
「ではその仕事は私に譲ってください」
そういうとメイドは驚いた顔をする。
シャノンは部屋を出るとまっすぐにナギの部屋へと向かう。
8度戸を打つ。
返事はない。
まだ寝ているのだろうと思った。
「失礼します…………?」
しかし、シャノンの予想は違った。
確かにベッドには使用された形跡があったが、整えられていて、ナギの姿はなかった。
「いったいどこに?」
シャノンはすぐに部屋を飛び出す。
目指すは食堂。勢いよく扉を開くと、中ではシュラインが朝食をとっていた。
「やあ、姉さん。おはようございます。昨日も拝見しましたが、その制服は最先端の技術の塊ですね。一度研究したいぐらいです」
などと、アーケインが言いそうなことを言い出したが、シャノンはそれは無視して尋ねる。
「ナギ様は?」
「ナギさんなら鍛治場へ行きました。あともう少し手を入れたいらしいです。あの鍛造の腕だけでも充分にすばらしいですね。僕も少し見学させてもらったんですが――って、姉さんどこへ!?」
シャノンは鍛治場へと走った。なぜこんなにも自分が焦っているのか、はじめは理解ができなかったが、鍛治場へ近づくにつれて段々と理由を理解する。
「やっぱり、私はもはやあの方から離れることを恐れている」
自分の居場所を壊し、自分を受け入れ、自分を守ると宣言した彼に惚れたのか。
このままでは祖父の思い通りの展開になってしまう。
彼にレヴェリッジという重荷を背負わせてしまうと思うと強く後悔したが、しかし、あの彼ならば、すべてを許容し、レヴェリッジすらも駒の一つとして扱うだろうという考えに至るとすぐに迷いが晴れた。
鍛治場の重い戸を開く。
中は灼熱。早朝とは言えないがまだ早い時間だというのに炉の熱で空気が焼けていた。
働く職人たちもどこか雰囲気が違い、いつもよりも気合が入っているように見えた。
その奥に探している背中を見つける。
隣には鍛治場の責任者で祖父の古くからの友人であるフォビオがたっている。
「ナギ様!」
「!?――シャノン!?なにやってるんだ?こんなところで」
「おお、姫さん。お久しぶりですな」
「ちょっと最後の仕上げをな。フォビオさんに手伝ってもらったから早く完成したよ。ありがとう」
「いやいや、旦那の技術。いくらか盗ませて貰いました」
「そんな技術ってほどでもないけど、まあ役に立ったならよかった。それより、どうかしたのかシャノン、そんなに慌てて」
「えっ!?あの、えっと……お部屋を尋ねたらナギ様がいらっしゃらなかったので……あの、その……」
幼少期からシャノンを知るフォビオはにやにやとシャノンを見ている。
「そうか、ありがとう。それでは、フォビオさん。そろそろ行きますね。あまり一ヵ所に留まると迷惑になるので」
「なんかいろいろ事情があるんでしたな。まあ、次に会うまでにはもっと良いものを仕上げて見せますよ」
「がんばって下さい。シャノン、いこうか」
「は、はい……」
自分が焦る姿をナギに見られた恥ずかしさから頬を赤く染めながら、シャノンはゆっくりナギの後に続いた。
先を歩きながらナギは魔法で汗を払い、腕捲りを戻す。
普通、火傷を防ぐために耐熱の衣服を身に付けるのだが、彼は恐らく魔法で代用したのだろう。
腕輪から取り出した上着を着る背中を見つめる。
「オレが先に起きて出てると予測できなかったか?」
ナギが笑いながらいう。
「え、いや、あの、はい……」
「ははは、まあ、そうしゅんとするなよ。お陰で可愛い姿も見れたし。突発的なことに意外と弱いのな」
「あの、ううううぅ……」
益々赤くなり俯くシャノンを楽しそうに眺めるナギ。
レヴェリッジの屋敷に到着してもそれは治まらなかった。
「あ、ナギ様!シャノンさん!」
「リュディ、おはよう」
「おはようございます!シャノンさんはどうしたんですか?」
「少しからかいすぎてな」
笑顔を見せるものの、感情をあまり見せないシャノンが赤面して俯くという姿は珍しく、リュディは覗き込むと、シャッターを押した。
「!?――リュディ何を!?」
「えへへ、アーケインさんに戴きました」
「レヴェリッジの最新型じゃないか。太っ腹だな」
「30万Eぐらいするらしいです。反射光の情報を幻属性の魔宝石に機巧式として保存するとかなんとか……ナギ様なら印刷?できるだろうって」
「なるほど、そういう仕組みだったのか……そうなると、虚の魔宝石を使った方がいいんじゃないだろうか……ああ、ごめんリュディ。印刷ぐらいならできるよ。任せてくれ。というかその写真オレも欲しい」
「……ナギ様!?」
「カメラの改良もできそうだな。街を出る前にアーケインさんに相談しにいくか」
「ははは、やはりこれにも改良の余地があるか」
廊下の奥からアーケインが笑いながら現れる。
「いやいや、孫娘の珍しい姿も見れたし本当に良いこと尽くしだ」
「お祖父様!」
「とりあえず今は渡せないけど、情報を保存するだけならもっと効率のいいものがあるんだ。印刷機の方もいくつか案がある」
「なるほど、ますます期待が膨らむな。いっそお主らの旅に着いていってみるか?」
「……さすがにそれは遠慮してください、お祖父様」
「というかシュラインがオーバーワークで死ぬと思うぞ」
「冗談だ、冗談。さて、そろそろ出るんだったか?」
「ああ、もう少し話をしたいところだけど、太陽の追手とか王国軍とかに追われてるから」
「すまないな。シャノンをよろしく頼む。それと、リュディのことも守ってやってくれ」
「努力する…さて、出発の前にシャノンに」
そういうとナギは革製の鞘に入った剣を取り出す。
短剣というにはやや大きく、刃の部分は波打っている。
また、刃自体には波模様が浮き上がり、全体が暗く輝いているようにも見える。
「エクトル鋼100%の剣だ。余計な式は入ってないが、斬れ味と頑強さは保証する」
「また常識はずれな代物が出てきたな……」
「あとは、オレの使ってるのと同じ籠手。使い方は追々説明するからとりあえず防具として持っておくといい」
シャノンに籠手を渡し、続いて二人に機巧装置を渡す。それは既に従来の形とは大きく異なり、ブレスレットの形状をしていた。
「未完成だがそれがオレの使ってる機巧装置だよ
。二人とも魔法適正は高いからすぐに使いこなせると思う。あとは、各属性の魔宝石」
「その魔宝石だけでも王都に屋敷が何軒たつか……」
「ここまで刻印の見事なものは見たことがありません」
そしてリュディは途方もない金額に凍りついている。
「……ナギ様、この紅の魔宝石は?剣の紋章と秤の紋章、それに槍の紋章が描かれてますが」
「後で使い方教えるよ。さてと、そろそろ出発するかね。リュディ、準備はいいか?」
「はい!それと、ナギ様に頼まれてた食料の買い出しも済ませてあります!」
「ありがとう。そういえば毛玉は?」
「そうでした、探してるんですけど……どこいったんでしょう?」
「ふむ……私は見なかったが」
「使用人たちに探させましょうか?」
「いや、リュディ。呼んでみろ、たぶん来る」
「え?はい!――ミトー!!」
すると、リュディの目の前の虚空から唐突にミトが降ってきた。
それを慌てて受け止めるリュディ。
「ホントに出てきた!?」
「きゅう?」
「転位……ですか?」
「というより、魔力で空間ねじ曲げて直接場所を繋いだんだろう。リュディとミトは"使役"関係にあるから魔力パスかなんかで繋がってて、それを目印にねじ曲げたんだろうけど、よくわからん……」
「……そこまで解ってたら充分すごいと思いますよ?」
「まあ、気を取り直して出発しよう……と思ったが少々厄介なことになりそうだな」
ナギが視線を玄関の扉の方へ向ける。
すると、扉が勢いよく開き、無駄にきらびやかな衣装を身に付けた品のない男と、数人の男たちが中へと入ってくる。
「アーケイン!私の妻が戻っているというのは本当か?」
その声にシャノンが動き出そうとするが、ナギが止める。
そして、口の動きだけで「幻術、先行」とだけ伝えると扉の方に向かって歩き始めた。
シャノンはナギの指示にしたがって、リュディを連れて幻術で身を隠す。
「おい、聞こえていないのか!」
「アーケインさん、あの男はバカなのか?玄関で叫んで聞こえるような屋敷でもないだろうに」
「どうしようもないほどには馬鹿なのだ。すまない、面倒にまきこんで」
「本当ならここで生きてるのを後悔させてやるんだが、レヴェリッジに迷惑が掛かるのは本意ではないし」
「すまないな」
ナギは堂々と真ん中を歩き、なにやら喚いているバカの前へと辿り着く。
「アーケイン!遅かったではないか!」
「ヴァンサン。君には常識というものがないのかね?あと、シャノンは君のような浅慮な男にやることはできんよ」
「晩餐?」
「ああ、ナギ君「呼び捨てで構わないよ」――ナギ、こちらヴァンサン次期伯爵だ」
「そうか、特に興味ないな。それじゃあ世話になりました。また、近いうちに、アーケインさん」
ナギがそう答え、去ろうとする。
「待て、そこの男!私に対するその態度はなんだ!?王国民ならば貴族である私に頭を下げるのが普通であろう!」
「悪いけど、オレは帝国人でな。脳のない王国貴族なんぞに頭を下げてやれるほどオレの頭は安くない。そんなことより、――どけ」
道を塞いだ男たちを睨む。
それなりにレベルの高い傭兵のようだが、ナギと比べればレベル差が有りすぎる。
一般的にレベルが1上の戦士をレベルが1つ下の者が倒すには、100人必要だと言われている。
Lv.10のナギを平均Lv.4の傭兵たちが6人集まったところで太刀打ちできるわけもない。
数で押すならば大陸中から人をかき集めてもなお足りないほどの頭数が必要な計算になる。
戦闘職でないにしても、ナギはそれに準ずる能力を持っているのだから。
「おい、お前ら何を固まっている!」
「ヴァンサン様、申し訳ありませんが、この男……」
「おい、そんなのいいから道を開けろよ有象無象」
「貴様、言わせておけば!」
「お辞めください!この男には勝てません!」
隊長格のスキンヘッドの男がヴァンサンを諌める。
「そこの禿は……察知の魔眼とは愉快なもの持ってるな。まあ、剣士Lv.5とは中々できる」
「なぜそれを……」
「とりあえず、女の子またしてるから急ぐわ」
じゃあ、と禿の肩を叩くと悠々と外へ出る。
後ろからはまだバカが喚く声が聞こえるが、無視。
二人が待つ、門へと向かう。




