#scene 02-04
当然の事であるが、牢からこの趣味の悪い館の主の元までは遠く、無駄にたくさん歩くこととなった。
その間も周りの連中は終始無言。
完全にこちらとコミュニケーションを取ろうという気はないようだ。
「こちらです、どうぞ」
「……どうぞとかじゃなくて、この手錠何とかならない?」
「なりません」
「さいですか……」
無駄に重そうな扉が開かれ、料理が並ぶテーブルの向こうに、無駄にきらびやかな装飾を付けたこの屋敷の主が座っていた。
「手荒な真似をしてしまったようですまないな、シュヴラン男爵」
「いえいえ、ところで何のご用でしょうか、ドロルム伯爵」
「ほう、私の名を知っていたか」
「ええ」
今しがた確認したので忘れるはずはない。
ちなみに職業は領主Lv.2らしい。
危うく笑うところだった。
「お主をここに呼んだのは、少し話をしようと思ってな。さ、好きに食うといい」
ナギの前に並べられた料理を指して言う。
「……いえ、今は遠慮しておきます」
そもそも、手錠で後ろに手を封じられている状態でどう食えと言うのか。
ためしに皿に顔面ダイブしてやろうかとも考えたが、さすがに二十歳越えた大人としてどうなのかと思ったため辞めた。
「……ドロルム伯爵、お話をの方は?」
「そう急かすな、シャノン殿。そうだ、手が解けないのならお主が口に運んでやるといい。シャノン殿ほどの美女が相手ならば、男爵もうれしかろう」
笑いながら伯爵がそういったが、対するメイドは華麗にスルーして、ナギの背後へと移動した。
「さて、話が逸れたが……シュヴラン男爵。お主、私と組む気はないか?」
「……はぁ?」
「今この国の内政状態は非常に不安定だ。正直、いつ内戦がはじまってもおかしくない。それこで、賢者の“智慧”と太陽の“力”があれば、内戦が始まると同時に先手を打って王国西側を支配することができるという算段だ」
「そりゃまたすばらしい算段で……」
王国西部。
ここからさらに東に行くと、王国第二の都市であり、王位継承権すら持つケーリオ公爵の治める“エリゼ”の街がある。
また、ここより北には、カレヴィ自治州との貿易によってかなりの発展を見せているローラン伯爵家の“ルイーダ”の街がある。
正直なところ、この2つの都市を獲れば王国西部は手中に収めたと言ってもいいだろうが、それを成し遂げるというのがこのドロルム伯爵だというと話は変わってくる。
結論から言うと、たとえ大陸一と誉れ高い傭兵団を雇ったとしても、覆せるような戦力差ではない。
戦闘が始まる前から疲弊しきっているこの領地から、同戦いを展開していけると踏んだのか不明でならない。
「どうだ?」
「どうだと言われましても、“太陽”の皆さんの意見も聞いてみたいかな、と」
「なるほど、戦闘のスペシャリストの意見を聞くと、……どうだ、シャノン殿」
「そうですね……ナギ様が協力していただけるならば、可能です」
「へぇ……また、思い切った発言だな」
不可能だと断言されると思っていたのだが、予想外な答えが来た。
しかし、シャノンはさらに続ける。
「しかし、それを成し遂げるには、伯爵の財力では不可能かと」
「な、何!?」
「少なくとも、あと1000は兵が欲しいところです」
「今、お前たちが100と私が掻き集めた兵士が200。それに、民草から徴兵して200ほど集められると思うが、それでも足りないと?」
「ナギ様1人が入ったところで、数で押されて負けるでしょう」
「ぐぬぬ……なんという」
そして、伯爵はしばらく考え込むと、確実に碌でもないことを閃いた顔で顔を上げた。
「シャノン殿、具体的にどれぐらい資金が必要になると思うかね」
「人件費だけで6000万Eはかかるかと」
「……なるほど。私の備蓄は2000万ほどある。この家にある金を全て売ればもう少しぐらい足しになるだろう」
案外ちゃんと金策を考えての金だったらしく、そこは素直に感心するナギだった。
「シュヴラン男爵、どうにかならないかね」
「さすがに、私一人でどうこう出来る額ではないです」
手持ちのエクトル鋼を全て売り払えば案外それぐらいの額は軽く出せるかもしれない、と一瞬思ったが、口には出さないでおく。
そして、ナギはそろそろ次へと進めるための一手を打つ。
「そもそも、私は協力するとは一言も言っていませんが」
「……現状が見えていないようだな、シュヴラン男爵」
ナギの首筋にナイフの刃があてられる。
「私に協力しない選択をすれば、この領内からお主が無事脱出できる可能性は限りなく0になる」
「やってみなけりゃわからんでしょう」
「お主はミトロンに好かれたようだ。そんな未来の英雄を手放すのはこちらとしても惜しいのだが。どうだろう、うちの娘を嫁にやろうか?君が婿入りでも構わんが」
「悪いけど、オレにはもう嫁さんがいるもんで」
椅子に座った姿勢から、無理やり体を起こす。
首筋のナイフが首に線を付けるが気にしない。
「その手枷を付けた状態でどうしようというのかね?」
「……賢者の後継者なめんなよ」
ナギの手錠から青い火花のようなものが散る。
次の瞬間、ゴト、と音を立てて手錠が床に落ちた。
「な、魔術の流れを乱す手錠を自力で外した?」
「どこにどう流せば壊れるかぐらい、知っていて当然だろうが」
嘘だが。
さきほど、牢でごそごそしているときにリュディヴィーヌの手錠を解析してわかったことだ。
「捉えなさい!」
シャノンの声と同時に、後ろに控えていた三人が襲い掛かる。
「悪いけど、お前らクラスじゃ敵じゃないんだよな」
取り出したロットはそれぞれの急所に打撃を叩き込み、男たちを床に沈めた。
そして背後の扉を蹴破る。
外には既にたくさんの兵士が控えていたが、ナギはその間を涼しい顔をして通り過ぎていく。
その光景をシャノンだけが見ていた。
「何をしているんですか!」
「無駄だって、コイツらにはオレの姿は見えないから」
そういうと、ナギが近くにいた兵の後頭部をロッドで殴りつけ昏倒させた。
「幻属性の魔法は、同じ幻属性を持つ人間には効きにくい、と」
「まさか……」
Sランク広範囲幻覚魔法・幻惑夢中。
もちろんナギによるオリジナルの魔法だ。
「というわけで、最初から敵は一人だけなんだよ。シャノン・レヴェリッジ」
「ふふ、いいでしょう。正直に言いますが、私とあなたでは戦闘の経験が段違いですよ」
シャノンがメイド服を脱ぎ捨てる。
その下には動きやすさを重視した軽めの軍服がある。
「あーあ、それ脱いじゃうのか。割と好きだったのに」
「捕縛した後でゆっくり見せて差し上げます」
「それは超遠慮するわ」
短剣を構えて、こちらに走るシャノンを視切る。
クレハに比べると遅い。
だが、しかし。
「っ!?」
シャノンの姿がぼやける。
かなりギリギリで刃を躱し、数歩距離を取る。
「幻像か、人が使ってるの見るのは初めてだな」
「私も躱されたのは久しぶりです」
「そうか、よかったな」
ナギからも攻撃を仕掛けようとした瞬間、足元にワイヤーが通っているのに気付いた。
「……もしかしなくても、トラップハウス?」
「もしかしなくてもそうです」
「分が悪いな、逃げるか」
ナギがそう決意する。
対するシャノンは笑いながら。
「窓もドアもないですが、どうやって逃げるおつもりですか?」
「知ってるだろ、オレ、錬金術師なんだぜ」
ナギが壁に手を当て、壁を貴金属へと変換した。
「その手がありましたか」
「じゃあね」
ナギが壁の向こうへと入っていく。
急いでシャノンも追うが既に外へと逃れられている。
「門の警備を強化しなさい。標的は幻魔法を使いますので気を付けて」
無線で指示をする。
そして背後で惑わされていた兵たちの幻覚を解く(物理)。
「知っているでしょうか、私は夜の方が強いんですよ?」
いつの間にか沈み始めている太陽を見ながら、シャノンが笑う。




