勇者候補の脱落者
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少女の言葉に、歯を食いしばる。
「俺は勇者じゃない」
「ええ、知っています。魔王『暴食』に対抗する為の勇者候補。その脱落者ですよね?」
異界、この世界を含め、魔王は常に7人存在する。
暴食、強欲、怠惰、色欲、高慢、嫉妬、憤怒。
それぞれの魔王に対し、魔術師達はそれに対応する勇者を用意した。
罪人は、その中の一人、暴食の魔王に対抗する為の勇者として育てられた。だが……
「そうだ、クソッタレの貴族共にはめられて、今や罪人だが、な」
そう、罪人は勇者になる前に、勇者候補から外された。それどころか、家の名を汚され、罪人の看板を着せられての逃亡生活。
予言書『罪人の書』を頼りにここまで来たのだ。
「だけど、その技は本物だ。魔王を倒すことのみに磨かれた刃。その刃の届く範囲に魔王たる僕がいる。僕を倒せば君が勇者ってことですよね?」
罪人は、少女を観察する。
恐らく、幽霊の類だ。
元人間だが、一応、下位の魔族という分類となる。
普通の幽霊ではないのは見てわかる。
何というか、下位の魔族というには、神的すぎる。
その銀色の髪は、一本一本がきめ細かで、彼女が顔を傾ける度に、波のように静かに靡く。
赤い瞳はルビーのようで、白い肌はまさに新雪のよう。
人の形をしつつ、その枠からはみ出した異形の存在。だが、神秘的な雰囲気を感じるが、嫌悪感を抱かせることはない。
年齢でいうと12,3だろうか?年相応の幼さと気品のようなものを感じる。
もしかしたら、幽霊よりも精霊に近い存在かもしれない。だが……
「お前、魔王じゃないだろ?」
「ほ、本物ですよ!」
半透明の少女が反論する。そのムキになっている姿は見たままの少女だ。
「いいから、魔王を出せ。ここにいるのは分っているんだ」
罪人はそこまで強くない。それでも、逃亡生活で生き残ってこれたのは、相手の力量を読み取ることに長けていたからだ。
目の前の少女も一応戦いの心得はあるようだが、素人に毛が生えた程度だ。
無論、魔王とはいえ、武力に長けた者ばかりではない。
憤怒は、呪いというか概念的な存在であり、強欲は、その経済力をもって魔王の称号を手に入れた。
怠惰は、そもそも大陸そのもので武力だなんだ、と語るほうがアホらしい。
魔王とは、魔族達が人間に対抗する為に作られたシステム。だから、別に強い必要はないのだ。
ゆえに、それに対処する勇者も武力を求められない場合も多い。必要なのは、その魔王にとって致命的な毒であること。
呪いには、祈りを
経済力には法を
大陸には開拓者を
だが、暴食に対抗すべく育った罪人はある程度の武力を求められた。それは、暴食が、ありとあらゆる物を殲滅させる存在だからだ。
何しろ、軍隊丸ごと一つ消滅させる化け物だ。彼の者が通った後は草一本残らない。
正体不明の存在で、どのような姿をしているか分からないが、だが、そんな存在が戦えないなんてことはまず、ありえない。
「うー、思ったより、頭がいいようですね。なら、こうしましょう。僕に一本入れてみてください。そうすれば、魔王の元に案内……って、うわぁ!」
言い切るより早く、罪人が一歩踏み込み、斧を振りかぶる。
致命傷になる場所を避けているが、本気の一撃。
驚いて、こけた彼女の頭上を斧が通り過ぎる。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと! 罪人さん。急すぎますよ!」
ゴキブリのように、わさわさと地面を這って逃げる……なんというか、先までの神秘的な雰囲気も台無しだ。
「黙れ、一撃を入れられたらって約束だしな」
「わあ!」
起き上がったところで斧を振るう。が、わひゃー、とか変な奇声を上げながら、空へ飛んで逃げる。
「何で、こんな茶番を仕組んだか分からないが……てめぇも予言の関係者なんだろ? 『道化』か、『姫』さんよ」
でなければ、彼女の不可解な行動は理解できない。だが、罪人からしたらどうでもいい。予言書『罪人の書』に従ってきたが、それはその予言に魔王について書かれていたからだ。
魔王と戦うことが出来れば、この予言が破綻しようが知ったことではない。
「あ、あははははは、ざ、罪人さん。も、もう少し遊び心ってのを大事にしてくれると……」
「黙れ。俺は、この日の為に生きてきた。てめぇみたいな、魔族ごときに邪魔されてたまるか」
その言葉に、幽霊の少女が真面目な表情になる。罪人の短い言葉の中に真剣さを感じ取ったのだろう。
地面におり、罪人の目を正面から見る。
「ごめんなさい。真剣にならないといけないのは僕ですね。なら、僕も本気で対峙させてもらいます。けど、すみません、僕は見ての通り戦うことが出来ない。だから、代理を立てます」
「あ? 代理なんてどこに」
「――ここにいますよ。罪人様」
背後から響く、声と殺気。振り返り様に、斧を振るう。
キン、という音を立ててはじかれる。罪人の斧をはじいたのはナイフ。
罪人が一瞬、驚いたような表情を浮かべる。
力任せの一撃とはいえ、斧の一撃をナイフではじく技量は凄まじいが、だが罪人が驚いたのはそこではない。
「てめぇ、何でここにいる。セールスマン」
そう、それは罪人のバックアップに回っているはずの死の商人セールスマンだ。
その言葉に、セールスマンが困ったような表情を浮かべる。
「何故、と申されても、私も雇われの身でして、現在、そこにおられる空鳴様の命令に従うよう申し付かっております」
「あ? てめぇ、俺との契約はどうなった。日々、商売は信頼が大事だって言ってたのはてめぇだよな?」
「おっしゃる通りです。ですが、この契約は、あなたの契約より前からのお依頼でして、あなたを騙すのも契約のうちです。ご了承ください」
「納得いくかよ! 何の意味があってそんな茶番を仕組んだ!」
「すべては予言の為です。私の雇い主は七森の予言に関係する者です。あなたも予言の重大さを理解しているでしょう。ですから――」
怒りにまかせた一撃。そう、罪人は彼を信じていた。
長い逃亡生活で、異界からこの世界に逃げる手筈を用意してくれたのは目の前の男だ。
金銭的な関係。だが、それでも、罪人は友情めいたものを感じていた。もっとも、そう感じていたのは罪人だけのようだ。
「……そうか、てめぇも敵か」
「そうなりますね」
「じゃあ、仕方がない。主のおわす天の国に送ってやるよ」
「それはご勘弁」
その言葉を無視し、罪人はヤクザ蹴りをかます。下をおろそかにしていたセールスマンの腹部に蹴りが決まる。
「ぐふっ」
腹部を抱え、よろめくセールスマン。その無防備な首に斧を振り下ろそうとし――
背筋に冷たいものが走る。
「……っ!」
セールスマンの手を見る。その手にあるのは100円玉。まるで、コイントスをするかのように、握った拳の親指の上におかれている。
その先にあるのは、罪人の顔面だ。
(やばいっ)
罠だ、と気づくと同時に何らかの魔術の気配を察知。斧で顔を隠す。
生まれるのは三つの音。一つはコインを弾く音。もう一つは、キィン、と響く共鳴音、そして、盾に使った斧から伝わる金属と金属がぶつかり合う轟音だ。
「くっ!」
身体が浮き上がり、地面へと叩きつけられる。
起き上がろうと、身体を起そうとする。だが、その隙を敵が見逃すはずがない。
その腕には十円玉。矢が放たれる。閃光を放つその一撃は罪人の足に直撃し……
「―――――っ!!!!」
声にならない悲鳴が響き渡った。
逃げ回ってばかりの主人公。今度はちゃんと戦います。