III(九州)
@九州連邦共和国鹿児島県佐多岬南方5キロ―高度15,000メートル
2月25日九州標準時刻1400時
「こちらパトロール7、1400時の定時報告を行う。現在、高度およそ15,000。速度、およそ800。異常なし」
〈こちら司令部、了解。貴隊の位置は佐多岬を基準に1-8-5、距離5000を飛行中。針路、佐多岬を起点に1-7-5から1-9-0。予定通り飛行を続けろ。オーバー〉
「パトロール7、了解。オーバー」
フタコは種子島にある九州方面軍本部への定時報告を終え、無線を切ると、周囲の見張りを再開する。
基本的に哨戒は2人単位で行う。
今回、フタコとともに飛行しているのは第110歩兵団「コクブフレイムズ」の綾瀬 ヒトミ少尉。
2月12日の戦闘で壊滅状態のコクブフレイムズの生き残りの一人だ。
2月12日の戦闘での航空機動歩兵の損耗率は約85パーセント。
しかもその生き残りの航空機動歩兵の大半は怪我をしていたり、そうでなくても破損した装備機の代えがなくて飛行不能な状態だ。
しかし、レーダー網はほとんど使用できないので哨戒が必要だ。
それを第109歩兵団の10人だけで行うのは厳しいため、部隊の垣根を越えて共同で哨戒を行っているというわけだ。
で、フタコはコクブフレイムズの隊員とペアで哨戒を行っているのだが、フタコにはともに飛んでいるのは偽装網か、乾いた昆布、でなければ木の葉の固まりにしか見えない。
というのも、ペアの相手である綾瀬中尉がギリースーツを着ているからである。
実のところ、フタコはこの2週間近くの間に綾瀬の顔を見たことがないのだ。
地上でも綾瀬はギリースーツを常に着ているためだ。そのため、「マックミラン少尉」というあだ名が付いているといるらしい。
(何か理由があるんだろうか?)
フタコは内心首を捻るが、さすがにそれを聞く気にはなれない。熱がこもって蒸れやすいギリースーツを四六時中着ているのにはそれなりの理由があるのだろう。
本人はその理由にあまり触れてほしくないことだってある。というか自分にも同じようなことがある。
だとしたらあえて触れないでおいた方がいいだろう。
フタコは思考を切り替え、周囲の見張りに意識を戻す。
上。異常なし。
下。異常なし。雲の間から海が見える。
左右。異常なし。
後。異常なし。
自分と2番機の綾瀬中尉以外、周囲を飛行しているものはない。
もう一隊、哨戒にでているはずだが、そちらは薩摩半島側を哨戒しているから途中で会うこともないだろう。
「綾瀬少尉、そろそろ高度を落とす」
〈了解〉
フタコは2番機位置の綾瀬に告げると航空機でいう機首下げの体勢に入り、緩降下。
さらに旋回。針路を北西に向ける。
綾瀬もそれに追随する。
そのまま雲を突き抜け、高度3000まで高度を落とす。
そして大きく円を描くような旋回で針路を北北西に向ける。
前方に大隅半島の南端、佐多岬がうっすらと見えてくる。
「こちらパトロール7。司令部、1分後に本土上空に到達の見通し」
〈こちら司令部。パトロール7、了解した。グッドラック〉
フタコは右の親指で坂東52式超電磁機関銃の右側面のセイフティを押し上げ、安全装置を解除。
綾瀬もHK21Aの安全装置を解除する。
クラックゥの勢力圏で発生する激しい電波障害のため、安全装置を解除するわずかな間に二人のヘッドセットに内蔵された通信機からは激しいノイズが鳴りだし、フタコと綾瀬は通信機のスイッチを切る。
そして二人は高度3000メートルを維持したまま佐多岬上空に侵入。
大きく円を描くような旋回を始める。
フタコは首から提げたケースから偵察任務用のコンパクトデジカメを出し、左手で持って、電源を入れる。右手は機関銃を構えたままだ。
フタコはカメラを下に向け、カメラのモニターをのぞき込みながら地上の様子を写真に収めていく。
オートフォーカスで自動的にピントが合わせられ、高解像度で地上の様子が写されていく。
地上は瘴気の影響で植物が枯れている。
佐多岬はソテツの自生地だったため、フタコのカメラが写す光景もソテツが枯れた姿が多い。
瘴気に巻かれて死んだらしい人間の死骸も転がっている。
フタコたちの眼下にあるのは死しかない。――正確には、生命の抜け殻のみである。
細菌類も死滅しているため、これらの死骸は瘴気が消え、しばらくしてほかの地域から細菌類がやってくるまでは腐らず、死んだときの状態のままで残る。
畑。
道路。
ソテツ自生地。
そういった場所にあるものは一つだけ、あるものはいくつか固まって転がっている人間の死骸を直視できないでいる綾瀬とは対照的にフタコは無表情なまま地上の様子を撮っていく。
しかし、地上にはクラックゥの姿はない。
「綾瀬少尉、あと20キロほど北上する!!」
「りょ、了解!!」
通信機が使えないため、フタコは綾瀬に怒鳴ると、旋回をやめ、海岸線に沿って北に針路を変える。
フタコはやはり無表情なまま地上の様子を撮影し続け、綾瀬は地上から目をそらし、上空の様子をうかがっている。
北に向かうにつれて上空に立ちこめた灰色の雲の厚さが増していく。しかし、奇妙なことに明るさはそのままだ。
2分ほど飛行すると、海岸線に変化が現れた。
海が途切れ、直線上の海岸線の向こう側は灰色の地面となっている。
フタコはそれの写真を何枚か撮影すると旋回、針路を南西に変えた。
そして佐多岬をすぎ、電波障害が収まると連絡。
「こちらパトロール7。コンプリートミッション、RTB」
@九州連邦共和国鹿児島県西之表市種子島臨時空軍基地―第109歩兵団隊長テント
2月25日九州標準時刻1430時
カタカタカタカタ……
谷田に割り当てられたテントの中にMCP(Micro Computer Pad)に接続したキーボードの音が響く。
「偵察写真は……っと」
谷田はフタコから提出された偵察写真を保存したフォルダーを呼び出し、上層部への報告書に挿入する。
谷田が今製作しているのは上層部との予算折衝のための資料である。
なにせ軍隊は「戦う官僚組織」である。書類の量もそれなりに多い。
飛行計画書の提出と、任務終了後の報告書の作成、弾薬、食糧の維持管理補給、上層部との予算折衝。
これらは日高にいた頃や坂東でもやっていた。
しかし、そのころと頻度が全然違う。坂東では1個分隊の隊長だったし、日高の頃の第109歩兵団は上層部から忘れられかけたような部隊だったが、今は南九州で数少ない戦闘可能な航空機動歩兵部隊なのだ。重要度が全然違う。
しかも、部隊が再結成されたばかりな上、日高の頃と違って他部隊との共同作戦もある、しかも基地設備の構築が未完成のため、九州連邦共和国の他部隊との折衝、施設の設置、不足した物資の現地調達、他部隊との協力関係の構築、民間人協力者や地元の住民との協力関係の構築なども追加される。
おまけに九州方面軍南九州軍団の指揮官クラスが軒並み戦死したので九州方面軍南九州軍団司令代理という役職まで受け持つこととなり、九州連邦共和国桜島学園臨時政府軍との折衝、南九州軍団の部隊の管理運営、物資の補給、陣地構築に関連する予算の申請などの書類仕事も谷田がやらねばならない。
谷田としては南九州軍団関連の仕事は誰か――枕崎か、鷹崎あたりに任せたいところだが、南九州にいる日本連合軍の人間で自分より階級が上の人間がいないのでまかされたのでそうもいかない。というか本来は将官クラスがやるような役職が少佐に回ってくるような状況っていったいなんだと枕崎がぼやいていた。
ともかく、処理せねばならない書類が相当にたまっている。
枕崎に手伝ってもらっても今日は日付が変わるまでは寝られなさそうだ。
「谷田少佐、第5機甲集団第51大隊第511中隊からの伝令で参りました!海岸線付近の避難キャンプの増設に工兵中隊の出動の許可を願います!」
「わかった。出動を許可する」
正直、そんなものは勝手にやれという感じだがまぁしょうがない。
本来それは大隊本部か機甲集団本部が判断することなのだがその両方が司令部機能を喪失しているからこういう細かいことまで自分のところにやってくる。
第5機甲集団の再編もしなければならない。と谷田は思い出す。
なにしろ、本来は3個大隊と工兵1個中隊、補給班程度で構成されるのに現状ではせいぜいが2個中隊と工兵1個分隊ぐらいだ。でも編成は3個大隊のままだからどこも中隊なのに人数は小隊、あるいは分隊規模しかない。これではろくな作戦行動もとれない。どこかで上層部に人員、及び機材の補充を申請しないといけない。あと司令部の人員補充も。また折衝が必要になる。面倒なこと1個追加だ。
「でも先にこっちだな……」
しかしその前に目の前の書類だ。再編成の件は枕崎あたりに頼むとしよう。




