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 ここのテーブル席は店内の広いとは言えない空間を考慮しているため、表現するならばやや小さめのテーブルが使われている。

 それでも窓側は人気で中々席が空く事は無く、窓の無い奥の席は時々空いているくらい。

 その奥のテーブル席に俺は着席し、目の前には女性が一人。

 名前は西目屋栄子、歳は一つ上で姫子とは幼い頃から何かとよく面倒を見ていた仲という。

 先ほど、俺がこの席に着席する前に姫子と栄子さんは二人だけで話をしていた。

 何やら俺の事も栄子さんに説明していたが聞こえないように話していて話した内容は知らない。

 気にはなるが、こうして空いたテーブル席に同席を求めてきた栄子さんの笑みからよく解らないが好印象だったのではと思っていいのだろうか。

 それにしても、だ。

 栄子さんの落ち着いた雰囲気と一つ一つの動作に見られる淑やかさが、再度こう思わせる。

 中学時代の姫子を見ているようだな、と。

「姫子を看病して泊めてくれて本当にありがとうございます、それにバイトまで紹介してくれたなんて感謝しつくせません」

 握手を求められたので応じる。

 すべすべの掌に指、叶うならば十分くらいこうしていたいが流石に止めておこう。

「もっと早くに連絡させるべきでしたが、連絡が遅れて申し訳ありません」

 年上と解ったので敬語で話すとする。

「いいんです、あの子の事だから連絡先を教えなかったのでしょう? 心配したけどここで働いてるって噂もあったので、大丈夫です」

 栄子さんは俺に敬語なんて使わなくてもいいのに、姫子にも敬語を使っていた事から敬語は彼女の普段の口調なのかな。

 姫子は現在接客中。

 こちらを気にしているようだが奥の席であるのと店内に流れる音楽から会話は聞き取れてはいないだろう。

 ならば、家出の理由でも聞いてみるか?

 もしも――もしもだけど、宗助が絡んでいるとしたら思っていたほど簡単な理由ではないように思える。

 もやもやから抜け出しておきたいこの疑問。

 姫子の境界に土足で入り込む行為ではあるが、俺は知りたい。

「あの……聞いていいですか? 姫子はどうして家出したのかを」

 栄子さんはちらりと接客中の姫子を見た、お互い目を合わせると栄子さんは笑顔で手を振る。

 すると姫子は接客を終えると逃げるようにして距離を取った。

 ああ、この人は姫子の扱いが本当に上手だなあと関心。

「私も詳しい理由は知らないの。あの子のお母様と話をしたのだけれど、三週間ほど前かしら……深夜にあの子が傷だらけで帰ってきて口論になってたと教えてもらっただけでして。それに最近、深夜に出歩く事が多かったみたいなのですよ」

 姫子と初めて会った時も彼女の身体のいたるところに傷があったのを思い出した、結局どうしてできた傷だったのかな。

「それから学校を休み始めて、ある日にまた言い争ううちにあの子、学校を辞めるって言い出しまして。それでまた大喧嘩したらしいです」

 栄子さんは溜め息をついて姫子を一瞥。

「あの子はその日に飛び出して、今に至りますの。学校のほうは休学という形にしてもらっています」

「そうなんですか、姫子は学校を辞めたって言ってたのでてっきり……」

 休学なら姫子の気持ち次第で何とかなるな。

 ただ彼女の気持ちが今はどうで、これからどうなるかがまったく見えないが。

「あの子はそう思ってるかもしれませんね。学校に電話一本入れて言ったらしいから」

 退学手続きというか電話で退学宣言ね、学校側も焦っただろうな。

「中学校の時は、我慢しすぎたのかしら。学校以外ではよく荒れてましたわ、完璧な自分を演じ続けた反動かも……」

「なら姫子は高校に入って変わったんじゃなくて、あれが本来の姫子ですか?」

 もう姫子から聞いてはいたが、今一度確認したくてそう質問した。

 栄子さんはこくりと頷いた。

「高校に入学してからは我慢の糸が切れてどうでもよくなったのかも」

「糸が切れるきっかけは……?」

「そうね……あるとしたらあの子と同じクラスメイトだった藤崎宗助。入学当初から彼は注目されてて姫子はその子と付き合ってるかもっていう話が学校で広まってまして。しばらくしてあの子は学校でも荒れ始めたかな」

 藤崎宗助……俺の知っている宗助で間違いない、きっと。

 しかし宗助と姫子、二人は付き合いだしてから姫子は何らかの問題を抱えて荒れて本性を表し始めたとして、お互いの仲に亀裂でも入って姫子は荒れたのかな。

 それで家出、学校を辞めるとまで発展……? 流石に無いか。

「あの子のお父様もかなり熱くなっちゃって、しばらくはお互い熱が冷めるまでそっとしておいたほうがいいかもしれません。今あの子を連れて帰っても、きっとまた衝突しちゃうわ」

 確かにそれは杞憂で終わらずに実現してしまうだろうね。

「そこで、なんだけどまた暫く預かってくれませんか? あの子のお母様もそう提案してるから問題は無いの、必要なのは落ち着いて考える時間。……あとは貴方次第で」

「それは特に構いませんよ」

「そうですか! ありがとうございます、何かと手が掛かる子だけどよろしくお願いしますわ」

 姫子のお母さんと直接話をしてる気分だ。

 任されたこちらとしても尚一層、姫子のために頑張れる。

 バイトもさせる事が出来たし、これからの目的としては……宗助との関係を調べる事、でいいのかな? そのうち家に帰るはず、なんて思っていたけど簡単には済まなそうだし。

 いや、そんな疑問などどうでもいいのかもしれない。

 俺はただ前に一歩ずつ踏み出す彼女の姿を見ているだけで、満足していたのかもな。

 それから彼女からは姫子が使っていた携帯電話と化粧用品、それに着替えなどを含んだ生活必需品一式を渡された。

 トランクキャリーの中身は着替え一式のようで、栄子さんは最後に一度確認して中から取り出したのは赤いジャージと青いジャージ。

 何故ジャージなんだ……?

 それと毎月の携帯代の消費はすべて両親、ていうか姫子のお母さんが払うから問題は無いとの事。

 加えて今月の生活費もという事で封筒を渡された。

「あの子は我侭なところあるから、お金掛かると思います」

 中には諭吉さんが十人、しかし俺はそのまま栄子さんに返す。

「別にそんなに掛かりませんよ、大丈夫です」

「でも……」

「お気遣い無く、それにあいつはアルバイトもしてるし自分で何とかしようとしてますから」

 別に一人増えたくらいでうちの生活費に大打撃を与えるほどの被害は無い、それに何か必要になったとしてもあいつはアルバイトの金で得られるはずだ。

「そう……そうですわよね」

 心配そうにテーブルへ一度視線を落としたものの、彼女を信用しているからかその瞳にはすぐに不安などの色は一切払拭して輝きを宿した。

 最後に俺の携帯の電話番号を栄子さんへ手渡した。

 別にこれは栄子さんにアピールとかで渡したのではなく、姫子の母親との連絡手段を得るためだ。

 定期的に連絡してくれればその都度姫子の様子を報告できる、こちらとしても報告すべきだろうから。

「何かと世話の焼ける子だけど、あの子の事……よろしくお願いしますね」

 まるで姫子のお母さんと話している感じだ。

 将来いい母親になるに違いない。

「はい、わかりました」

 喫茶店を出てからは二人で栄子さんの帰宅をお見送り。

 姫子の視線は下へ落ち気味、機嫌はよろしく無さそう。

「またね、姫子」

「はいはい、あ、そうだ栄子。これ忘れ物」

 すると姫子は栄子さんのものらしき携帯電話を手渡した。

 忘れ物……とはいっても一体何処で忘れたのかはさておき、携帯電話の受け渡しの際に栄子さんは姫子の頭を撫で、姫子は黙って撫でられた。

 こうして見ると仲の良い姉妹みたいだ。

 それから暫しの時が過ぎて自宅の居間にて。

「何か聞いた? 言われた?」

 今日は少し遅めの夜九時半にて姫子は帰ってきて早々居間のソファに飛び込んでから、俺をちらちらと見て問う。

「学校さ、休学状態だってよ」

「へえ……だから?」

 何も反応せず。

 学校自体にもはや興味を抱いていない様子。

「だから……って、ほら……また学校に行くっつーのは?」

 まだ彼女には学校へ戻るチャンスがある。

 高校を中退するのはお勧めしない、俺としても姫子には学校に戻って欲しいのだ。

 ここから追い出したいわけじゃあない、こいつが最も輝ける場所はっていうとやはり学校だからな。

「もう学校なんていいわよ、私は退学するって決めた。だから休学状態だろうがそんなの関係ない、私が退学って決めたら退学なの!」

 といっても簡単に揺らぐほどこいつの心は柔らかくない。

 こればかりは俺が口を出すわけにはいかんだろう。

「その他には?」

「別に何も」

 色々と聞いたりはしたが、彼女に報告したところで気分を害してしまいそうなので何も言うまい。

「別にって……そんなの無いでしょ? 栄子まで使って……父さんと母さんは本当に卑怯」

「卑怯じゃない、お前をきちんと想っているからこそだろ?」

「そんなわけない!」

「そんなわけある!」

 お互い言葉の衝突によって沈黙。

 結局気分を害してしまったようだ。

「これ、預かり物」

 とりあえず渡すものがあるので彼女に預かり物を渡してやる。

 彼女は即行で携帯電話を取り、ボタンに両の親指を軽やかに走らせる。

 最近の女子はボタン押すの早いな。

 指を止めるや溜め息、何か残念な事でもあったのかは知らないが聞いたところで教えてもくれないだろう。

 そして彼女は唐突にジャージを手に持ってその場で着替え。

「わっ……! ちょ、ちょっと!」

「見んなカス、消えろカス、ボケカス」

 酷い言いようだ。

 逃げるように、ついでに俺はまだ夕飯を食べてない彼女のために台所へ。

「ついでにおつまみ作ってぇ」

 ほろ酔い状態の母さんにはこんなギスギスした空気漂う居間に来て欲しくなかったものだ。

「はいよ、じゃあ手羽先のピリ辛風味で」

「文句たれのおとーちゃんと違って我が息子は最高ねえ」

「……父さんを悪く言うなよ!」

 思わず大声で言ってしまった。

 さっき姫子とちょっとした言葉のぶつけ合いになったからか感情を引きずったのがここで出ちまった。

「ご、ごめん……ごめんね……」

 母さんはこの状態だと感情が極端に揺れる、ちょっと悲しい事があれば号泣へと発達してしまうくらいに。

 そんで目の前には今から号泣しますと言わんばかりの表情でいる母さん。

「泣くなよ……」

「ちょっと、みちる泣いてるじゃん!」

 姫子が母さんに寄り添って宥めるも、時既に遅し。

 母さんは号泣し、俺は溜め息をついた。

「母さんが、ぐすっ、素直になれないから、いつまでも、うぎゅ、こうなのよね、ごめん、ごめんねえ……」

「泣くなって!」

 苛々する、駄目だってのに、苛々してしまう。

「お父さんについてけば、ぐすっ、ちゃんと合格してた都内の名門校に行ってたのに、私のせいで、ごめんね……」

「それは言うなよ! もういいって言っただろ! 泣いたらすぐそれ言うのやめろよ! 苛々するんだよ!」

 思いっきりまな板を叩いて、怒声を浴びせて、それから我に返った。

 泣きながら部屋に帰っていく母さんを怒声で追い返した息子の図が出来上がっており、一部始終を見ていた姫子は俺を睨んでいた。

「あんたねえ……」

「……何だよ」

「何だよじゃないでしょ」

「別にいいじゃねえか、どうせしばらくすれば元通りだしよ」

 といっても数日は微妙な気まずさ引きずるが、時間が解決してくれる問題だ。

「放っておくの? いいの?」

「いいんだよ、それにお前には関係ないだろ、うちの問題だ」

 これ以上苛々させないでくれ。

 解ってるさ、いつもいつも怒声浴びせた俺が悪い。

「あーそうね、私には関係ないでしょうね」

 姫子はそう言ってソファに飛び込んだ。

 先ほどよりも酷くなった居間の空気、作りかけの料理も気分がまったく乗らないしこのままじゃ旨味も乗らないだろう。

 隠し味は溜め息、そんなの誰が美味しく頂くものか。

「……あんたさあ、頭良かったんだね。なんで南奥高に行かなかったの? 一応ここらじゃ名門校じゃん」

 あんな言い方をさっきしたばかりなのに、怒ってないのかと思ったがその口調、やや怒気が含まれていた。

 それに横目でこちらを見るその視線、視線を送るなんていう生ぬるいものではなく、見てくるなんていう簡単な表現で処理できないそれは睨んでいるというのが正しい。

「一番近い高校を選んだ」

 通学時間はおよそ十分ほどでかなり近いから登校はまったく苦にならない。

「早く帰ってみちるに夕飯を作るために?」

「もういいだろこんな話」

 それにこれ以上話をしながらでは折角の炒飯が不味くなっちまうぞ。

「みちるが大切だった?」

 しかし話を止める気配も無いし、仕方ない……付き合ってやるとする。

 ただし炒飯の味は保障しないがな。

「父さんと母さん、どっちが一人でもやっていけるかってなれば父さんだったてだけだ。父さんは俺についてこいって言ったけど、父さんの仕事は大変だから俺のせいで足を引っ張るかもしれなかったしな」

「へえ、親思いね。私とは大違い。きっとあんたは将来両親と孫に囲まれてえへらえへらえへへへあへって感じで幸せ築けるわね」

 そんな笑い方で幸せ築くのはどうかと思うが、そうなればいいな。

「私も参考にしてもらうわ。あんたがこうしてみちるに酷い言い方して泣かせるのとか、掲示板とかでもこういう素晴らしい人がいるって書き込むのもありね」

「……母さん呼んできて」

「うはおけ把握」

 ちゃんとした日本語で喋れこら。

 姫子が母さんを呼びに行ってる間に俺はおつまみを作っておく。

 炒飯の具材に海老を使ってたので、余った海老は軽く焦げ目が付く程度に炒めて唐辛子とマヨネーズで味付けておつまみの完成。

「ごめんねえ……」

 食卓に料理を運び終えたところで母さんが重い足取りでやってくる。

 その弱々しい声は居間への扉の隙間からで、気まずいのか中々入ってこない。

「俺こそ……悪かったよ。ほら、おつまみ作ったから」

 まったく、点数の悪いテストが親に見つかって顔を合わせづらい子供かよ。

「ほら、みちる。あいつもそう言ってるし」

 姫子の助力もあってようやく食卓に。

「明日も早いんだろ、ビールはこれで最後な」

 俺はいつも母さんが好んでいるビールを冷蔵庫から取り出して渡してやる。

「ありがとちん……」

 やや身体を丸めて母さんはちびちびと両手でビールを飲むその様子、まったくいつもと大違いだ。

 酔ってる時は本当に人が変わる、それも弱々しくなるから扱いが大変なんだよな。

 いつもなら母さんは喧嘩したら寝室でずっと泣いてそのまま寝ちゃって、俺は罪悪感に睡眠を妨害されて寝不足で次の日を迎える。

 でも今日はいつもと違うから、心地よく眠れそうだ。

 きっと母さんも、そうに違いない。

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