↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/23

肆

「みちるは?」

「休日出勤」

 といっても休日出勤してる新人のサポートのために行くらしいから仕事が終わり次第今日は昼あたりにでも帰ってくるがね。

 姫子はパソコンを使わせるにあたっての条件をきちんと守ってくれているようで、今日の起床はいつもよりも早くて関心。

 朝食もきちんと完食してくれたのに加えて、今日の天気は晴天なのもあって気分が良い。

 それに母さんとは喧嘩した次の日は気まずいのが当たり前だったけど今日はお互い笑顔で過ごした朝。

「昨日はありがとな」

「え? な、何が?」

 まったく気づいてるくせに。

「お前がいなかったら母さんとしばらくギクシャクしてたかも」

「わ、私はみちるが可愛そうだったから、ああ言ったわけであんたのためじゃないんだからね!」

「そうかい、それでも……ありがとよ」

 すると姫子は照れてるのか、頬を赤くして視線は俺に合わせず、いつもは絶対に見ない朝のニュース番組を凝視して無言。

「パソコンはどう? あんまり使ってないから調子が解らなくてさ」

 食後のデザートとしてプリンを彼女に差し出した。

 昨日のお礼も兼ねて、今日は三食食後にデザート付きにしようと決めたのだ。

「めちゃ調子良いわ、スペックもすごく高い。ケーブルあればネトゲも快適にできそう」

 これは遠まわしの催促なのかな。

 無線では流石にネトゲとやらは難しいのだろうし、ケーブルも確か一本予備があったはずだがしかし……果たしてケーブルを渡したら彼女はどうなる事やら。

 自室にずっと引きこもってパソコンを打ち込む作業に浸られるのはちょっとなあ。

 しかしネトゲ……ネトゲ……ああ、ネットゲームの略か。

 どうにもパソコンの用語とかには疎いから中々思考が結びつかないな。

「ネトゲする時はそこのパソコンでやればいいよ、家族用のパソコンだけど結局あんまり使わないし」

 ネトゲは居間でやらせる事で引きこもり対策はばっちりだ。

 俺も居間ならやりすぎないよう監視しやすい。

「くっ……致し方あるまい……」

 自室でプレイしたかっただろうがこればかりはね。

 のめり込まれてずっと深夜までネトゲなんてさせたくないし。

「今日、バイトは?」

「今日は昼から夜まで、晩御飯はあっちで休憩中に食べるから」

 流石に休日となると店は昼から大忙し、となれば姫子も大忙しなわけ……か。

 厨房にはマスターの弟子である料理人一人、あとは浩太と姫子とマスターでやりくりだもんな。

「そっか、昼飯は食べていくだろ? ちょっと俺出かけるけどちゃんと帰って用意するから心配すんなよ」

「どこに行くの?」

「ちょっとな」

 少なくとも、姫子には言いづらい場所。

「……そのちょっとなっていうのがちょっとウザす~」

「何だよ、俺が料理好きで今日は魚介類にしようって思ってるから海鮮市場に行くってのを聞きたかったのか?」 

 海鮮一番に行くってのは嘘なわけだが、いつも料理をしている俺を見ているのならばこの嘘も説得力があって信じてしまうだろう。

「え? あーそう……そ、そういうわけね? なーんだ、知ったら知ったでつまんない用事」

「ほっとけ馬鹿野郎。お前もたまには引きこもらないで外で光合成しろよ」

「私は植物か馬鹿野郎」

 休日ならずっと家でごろごろだったが、今日はそうして早めに外出。

 目指すは宗助の家だ。

 どうしても姫子が学校を辞めると言い出したその理由が気になったのもある、それが家族との和解に繋がるというのもある。

 最優先で気になっているのは、宗助と姫子の関係性……だけど。

 歩く事三十分。

 やっぱり宗助の家は遠いなあなんて思い休憩がてら空を仰ぐ。

 雲ひとつ無い空は心地良いが、こうして体力的に窮地へ近づいている自分には憎たらしく感じる。

「ここはどこかな?」

 以前に聞いた台詞、発音、少女の声。

 思考を駆け巡る事無くその声の主は俺の背中に言葉を投げてくる。

「ここは観光通りだ」

 つっても観光する場所は一切無く、店が立ち並ぶだけの場所だけどな。

 声は後ろからではある、しかし見ずとも誰かは解る。

 風間浦奏、彼女が俺の後ろにいて、おそらくここら一帯を見回しているに違いない。

 振り返ると以前と同じ姿のまま奏が立っており、この事から彼女はここにいる理由も以前と同じなのが解る。

「お前……また病院から抜け出しただろ」

「な、何故それを……。貴様、奴らの仲間か!」

「違うわ」

 奴らってのはおそらく病院の看護士であろう。

「なら君は何者だ!」

「この前会ったじゃん、憶えてないのか?」

 首を傾げて、俺を全身くまなく見ていくが最終的に、再び首を傾げるのみ。

 俺って最近会ったのに憶えられないくらい存在感薄いのかな……。

 つーか声を掛けてくれたのはちゃんと俺を憶えていたからなんじゃないのかよ。

 なんて思っていたら、

「おお、君はおんぶ!」

「おんぶって名前じゃないけどな」

 思い出してくれたようで安心したよ。

「それにさ、小学校の頃一緒に遊んだだろ? お前は三年の時に引っ越して転校しちゃったけどよ」

「そんな思い出も……あった気がする」

 気がするんじゃなくて本当にあったんだけど。

 しかしこうしてまた会えて正直に嬉しい。

 宗助の家にと思ったがここはちょっと奏と一緒にいるとしよう、どうせ看護士も探してるだろうしさ。

「少し歩こうぜ」

「うん、歩こうぜ」

 奏は快活な足取りで歩いていくがやはり病気を患っているようには見られない。

 それでも一応彼女は入院しているのだからどこか悪いはず。

 肉体面での入院はありえないだろう、こうして目の前で歩行に難なく歩いている彼女の姿がそう証明しているのだから。

「お前さ、引っ越してからどうしてた?」

「引越し……? うーん、そんな事もあったかもしれない。まあよいではないか」

 あれからどうしてたのか気になるんだがな。

 しかしまあ、こうして一緒に散歩できてるし今までもきっと元気にしてた姿が想像できる。

 気がかりなのは何故入院しているのかくらいだ。

 この前の聞き方ではまた変な返答がきそうなので、ここは質問をちょいと変えてみるか。

「なあ、どうして入院してるんだ?」

 首を傾げつつ、奏はややスキップ気味な足取りで俺よりも少し距離が離れたところで振り返り、口を開いた。

「よく解らないのだ」

 よく解らないって自分の身体なのになあ。

 まったく、こういう陽気さが昔のお前と重なる。

 懐かしいからこそ、この好意も一度静まっていたのに目を覚まし始めて心臓の鼓動が脈動した。

「怪我とかでの入院?」

 そうには見えないけど一応聞いてみる。

「どこも怪我してないのだ。あ、でも……前に怪我してた」

 そう言って手足を見せてくるが、もうほぼ治りかけ。

 入院する程度の怪我ではないようだ。

 この程度の傷でまだ退院できないのも考えにくいし、他に理由があるようにみられる。

 気になるな……。

「あ……あれは!」

 すると彼女は何やら凝視、俺も彼女の視線を追ってみると……。

「寿司屋?」

 いつだか、まだ記憶には浅いくらいの時期に出来た寿司屋を見ていた。

「た、食べよう!」

 涎垂れてるぞ。

「……お前、金は?」

「無い!」

 言い張るなよまったく。

 俺は一応財布を持ってはきているが必要経費しか入っていないから使えない。

「……腹減ってんの?」

「少々」

 にしては腹の虫がここまで聞こえてきてるんだがな。

「やっぱり、多少に変更」

 よろしい。

「寿司は流石に無理だが、それ以外のものなら奢ってやる」

「おお! 君は神か!」

「民だ」

 本来の目的である宗助の家から離れていくが、ここは彼女に付き合ってやるというか……まあ、奏と一緒にいたいっていう気持ちがあるからこそ俺はこうして気を引くような事ばかりしての遠回り。

 休日の過ごし方としては本来の目的から脱線して飯を奢る流れにはなっているものの、奏と過ごせるのならこの時点で有意義といえるがな。

 観光通りは少し歩けば飯屋はわんさかあるので、奏に決めさせるとしよう。

「洋食もあるし和食もあるぞ」

「うーん……多い」

 いくつもある看板を見回して、しかし中々決まらず考えあぐねている奏。

 ここらは食欲そそる魅力的な飲食チェーン店も多いから迷っちまうかな?

「ハンバーグとかどうだ?」

 我ながら初恋の人が好きなものを知らないのもな。

 とりあえず近くにあったハンバーグ専門店が目に留まったので彼女に言ってみるとした。

「ほほっ……!」

 奏の好物の中にハンバーグがあったようだ。

 途端に満面の笑みで走り出したので俺は慌てて追いかけた。

 ハンバーグ店は横断歩道の先にある、そして横断歩道は赤になりかけ。

 そこを駆け抜けて行くなんて危ない奴め。

 何かと一人にさせたら危険なので、追いついてすぐに俺は彼女の手を掴んで、横断歩道を渡り終えたところで一度落ち着かせる。

「お店は逃げないから慌てるな」

 手を離したが、奏は俺の手を掴みなおして再び握り合う。

 彼女のその温もりある小さな手。

 昔は手を掴んでもお互い同じ大きさだったのに、今じゃ差をつけちまったな。

 身長だってそうだ。

 でも変わったのは身体だけ?

 ……いいや違う、俺の心も昔のような積極性や活発性なんてどこにもなくなっちまった。

 俺とは違って、奏は昔とまったく変わらないな。

「な、何名様ですか?」

 パジャマ姿の奏を見て店員は目を丸くしながらも人数を聞いてくる。

 休日は開店時間も早く、おかげで開店までまだ時間はあるかなとは思っていたが少し待つだけで開店と同時に入店できた。

 だから一番の客は俺達二人、それは解っていてもきっと接客マニュアルであろうからこそ人数を聞いているのだ。

「孔明様です」

「えっ!?」

 予想外の返答に店員は驚愕。

「えっ!?」

 奏、何故お前も驚愕する。

「いや、二人です……」

 状況を収集すべく、人数を報告。

 まったく……奏、君のその陽気さは初対面の人を時には混乱させてしまうから気をつけてくれよ。

「安倍晴明って答えたほうが良かったかな……?」

「唐突に歴史上の人物を言われても同じ反応だったと思うが」

 テーブル席に案内されて、着席するやメニューを見始めたのでこれで落ち着くだろと俺は安堵の溜め息。

 しばらくして奏はハンバーグセットを指差したので俺もそれにして注文。

 ちょっと手痛い出費ではあるが彼女のためなら惜しむ事も無い。

「どうだ? 美味しいか?」

「ぱーすーのまいうー!」

 そりゃ良かった、なぜ業界用語で答えたのかは知らんが。

 勢いよく食べていく奏は随分と腹が空いていたようだ。

 病院なら朝食が出るはずだが朝食が出される前に病院を抜け出したとすれば、俺と会うまでかなりの時間、街中をふらついてた事になる。

 ちょっとテーブルの下を覗いて、ばたつかせている足を見る。

 履いているスリッパはぼろぼろでやはり外出用に作られているものではないので長時間外で使用するとそりゃあ駄目になるのは当たり前。

 磨り減ってきているから歩くのもそろそろ足裏が痛くなるかも。

 となればまたおんぶになりそうな予感もする。

 まあ、それはそれでいいけどな。

 食後にはパフェをご馳走してやり、奏は大満足の様子で表情がだらけにだらけていた。

 さてしかし、忘れていたがこうしている間も看護士が探しているかもしれない。

 店を出てとりあえず俺は奏をつれて観光通りを歩いていく。

 この際だ、聞きたい事を聞いてみよう。

 あの紙についてとか、な。

「お前さ、姫子って知ってる? 大鰐姫子って名前なんだけど」

「……聞いたこと、あるかも?」

 それならやはりあの紙に書いてた奏という名前も、こいつと思っていいのかな。

「でもよく憶えてない」

 奏はお互い姫子とはそれほど親しい関係でもないのかな、となると姫子について何か聞けるかとは思ったが期待できないな。

 やはり宗助に聞くのが一番だな。

「じゃあ宗助は?」

「親切な人なのだ」

 親切な人――ねえ。

 お互いどういう関係なのかは曖昧ではあるがこれで宗助は奏がこの街に戻ってきてから接点があるのは解った。

「もう一つ質問いいか?」

「いいですぜ」

 満面の笑みで答えてくれるから、質問攻めのような立場ではあるが気が楽になる。

「奏はいつこの街に戻ってきたんだ?」

「えーっと……」

 長考へと変わり、ようやくして口が開くや、

「わかんない」

 俺は肩を落として、でもまあ別に焦燥感に背中を押されて調べているわけでもないのでもう奏と散歩でもしようと気分を切り替えた。

「でも、お母さんがいなくなって、またお母さんと会ってこの街に来たのは憶えてる」 

「いなくなって……会った?」

 随分と抽象的で中々想像がしづらい。

 奏の母親が絡むとすれば、この街に戻ってきたのは家族の問題によるものかもしれない。

 ならここはあまり詮索せずに引くほうが彼女のためかな。

「……そっか。よし、この話はおしまい」

 あとはただ彼女との散歩を純粋に楽しみ、少し歩くや看護士が辺りを見回していたので接触。

 本当は見てみぬふりしてもっと一緒にいたいが、必死に探し回っている看護士の姿を見るとそれは出来なかった。

「もっと散歩しない?」

 奏は看護士の姿を捉えるやそう言って俺の服の袖を引っ張った。

 看護士に見つかるのを嫌がっているようではあるが、引き渡すのが彼女のためだ。

「今度また散歩してやるから」

「……でも」

「絶対だ、約束する」

 渋々さを感じるが彼女は小さく頷く。

「ありがとう、貴方は今も変わらず優しいね」

 なんだろう、さっきと少し雰囲気が違う気がする。

 こう……そこはかとなく淑やかさを纏ったような、そんな雰囲気。

「これ、お礼にあげる」

 彼女はなにやらポケットから取り出して俺に手渡した。

 小さくて黒く、プラスチックの手触り……USBメモリとかいうやつだったかなこれ。

「何故にUSB?」

「私は必要無いもの、必要あるとすればきっと貴方かも。いえ、必要とは違うかもしれないわね」

「どういう事?」

「必要じゃなく、必然かも」

 よく解らない。

 首を傾げると奏も笑みを浮かべながら俺と同じ角度に首を傾げてくる、それが可愛い、すごく可愛い。

 まあ……深く考えないで、受け取っておく。

 無事に看護士へ彼女を引き渡し、俺は本来の目的である宗助の家へようやく方向を修正。

「また今度ね」

「ああ、また今度」

 お互い手を振ってのお別れ。

 わざわざ病院に行かなくても外に出てふらついてれば奏と会えそうな気がしてきたな。

 宗助の家はやはり遠い。

 ようやくたどり着いた時には達成感すら感じられるな。

 昼前には戻りたいから、この際帰りはバスでも利用するか。

 観光通りに行かなくてはバス停が無いのでまたしばらく歩く事にはなるけど、それでも時間短縮できるなら重ねる歩数も惜しむべきではないな。

 俺はやや心臓の鼓動の脈動が早まる中、ゆっくりと呼び鈴を押した。

 久しぶりだな、元気にしてた?

 よし、最初の挨拶はこれだ。

 ……なんてシミュレーションしたはいいものの、反応無し。

 休日の朝に誰もいないなんて、早朝から家族でどこかへ行ったのかな。

「今日も空振り……か」

 時間もまだ昼まで余裕があるし、この際だ。

 海鮮市場にでも行ってみるかな。

「嘘から出た実とはこの事……か」

 なーに一人で黄昏てんだっつーの俺は。

 海鮮市場でいいものがあったら姫子と母さんにご馳走してやるとしよう。

 思い切って海鮮丼……? そりゃ値段次第だが。

 俺は来た道を上書きするように引き返すと中年の主婦らしき人が俺を見ていた。

 何だろう、怪しまれてるのかなもしかして。

「あの、ここの家の人ならほとんど家にいないわよ?」

 どうやらこの近所住民の人らしい、何か知ってるようだし聞いてみるか。

「そうなんですか? どこに行ったかは知りませんか? 友達に会いたいんですが」 

「そうねえ……最近ご家族は病院に行ってるらしいから、中央病院に行けば会えるんじゃないかしら? ごめんなさいね、私も人から聞いただけで詳しくは解らないの」

 中央病院……?

 そういえば奏も中央病院に入院してるが、もしかして宗助は奏に会いにいつも家を空けてるのかな。

 しかしだとしても家族で行くのは妙だ。

 それなら宗助の家族が入院したと考えるのが妥当か。

 宗助が入院しているのも考えられるな、そして病院で宗助と奏は再会……これも一応筋は通る。

 といっても宗助の家族の誰かは把握できていないし、兎に角二人の接点は浮き上がってきた。

 今だに姫子との接点は不明だが中央病院に行くのが一番手っ取り早いかもしれない。

 帰りのバスでは窓から中央病院がちらりと見え、降りようか迷ったが今日は帰るとした。

 昼前に帰って昼食を作りたいのもあるが、この晴天の下を歩いてたり奏に振り回されたりした結果、俺の額には汗がやや浮き出てるので日を改めたい。

 昼よりも余裕を持って帰宅できたがしかし、

「あ、海鮮市場行き忘れた」

 結局近くのスーパーまでまた歩くとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。