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第三章突入です。

 夕食を終えたその夜、ポケットに入れていた携帯電話が震えだした。

 誰からかの着信だが俺のアドレス帳には登録していない、とりあえず俺は電話に出た。

『あの……もしもし?』

 女性の声だ。

 それは夏木先生でも栄子さんでもなく聞き覚えの無い声。

 となれば……。

「あ、姫子……さんのお母さんですね?」

 姫子のお母さんに渡すよう栄子さんに俺の電話番号を渡しておいたのを思い出したので相手は聞かずとも特定できた。

 いつまで経っても連絡がこないもんだから最初はすぐ連絡が来るだろうと身構えていたのに、最近ではそんなの頭の外に抜け出ててすっかり忘れていたな。

『ええ、その……うちの子がお世話になってて……本当にありがとう』

「いえいえ、姫子さんを説得したのですが力不足で……」

 引きこもりくらいは改善された――という報告はしないでおこう。

『夫も頑固でまだ怒りが収まらなくてね、でも落ち着いたらこちらから迎えに行こうと思うの』

「解りました、では住所教えておきますね」

 住所を教えてその間少し室内を見て姫子がいないのを確認。

 姫子はパソコンをいじっていてこちらには気づいていないな。

 話を聞かれていたら携帯電話奪われるかもしれない、警戒しなくては。

『私もあの人を説得してなんとかしようと思うからそれまでよろしくお願いするわね』

「任せてください」

 電話はそれで終わりだった。

 話し声もひそひそと意図的に声を小さくしていたので姫子のお父さんには内緒で電話したという感じだ。

 まだ姫子のお父さんはご立腹のようだ。

 それはそうと……居間のパソコンを姫子に貸したのは少々まずかったかもしれない。

 少々? いや多々か。

「ふひひ……」

 本来食後といったら食後のデザートとか、それに満腹感という余韻に浸るが故にソファに座ってテレビでも見てゆっくりと寛ぐものだと俺は思っていた。

 現状、俺はそうしており――しかしそれは俺だけが思っていただけで、目の前では食後に手洗いをして何をするかと思えばパソコンの席に着き、パソコンを起動させるやそんな不気味な笑いをする姫子。

 しかもジャージ姿。

 女性らしさまったく無し。

「やりすぎんなよ」

「ええ、八時間くらいで終わるわ」

「よし、今すぐパソコンの電源を切ってやる」

「わ、わわっ! 嘘嘘嘘!」

 俺がソファから腰を上げるや慌てて両手を振って俺をパソコンへ近寄らせまいとする姫子。

「な、七時間で……」

 一時間短縮したら許すほど俺は甘くない。

 あえて笑顔で圧力をかけていく。

「ろ、六時間……」

 特に意味は無いが、両手の骨を鳴らしてみる。

「ご、五時間……いや、四時間!」

 おお、半分に削ってくれるとは太っ腹だな。

 だがそれでも四時間は長い。

「一時間だ」

「ちょ、ちょっとそれは短すぎでしょ! 三時間半!」

 一時間は俺がパソコンして長くやりすぎたかなって思うくらいの尺だ。

 つーかお前のさっきの提案から三十分縮めて反論するとは驚いたぜこの野郎。

「一時間半」

 ならこっちも三十分だけ増やして返してやる。

「三時間!」

「二時間!」

 よし、順調に姫子から時間を削ってくれているな。

「二時間五十分!」

「二時間十分!」

 そろそろ良い頃合か、あまり制限しすぎるのも悪いし。

「……じゃあ二時間半!」

「……解った」

 交渉成立だ。

「……一ヶ月ぶりのネトゲなのに……あんたが厳しすぎる件についてスレで対策を考えてもらうまであるお!」

 そんなに厳しいか俺は。

 だからといって妥協しすぎてパソコン漬けだけは避けたい。

 部屋に戻ればノートパソコンだって自由に使わせてやってるんだ、せめてここでは自重して欲しいんだけど。

 それに以前、栄子さんから姫子の生活必需品一式を渡された時に眼鏡とコンタクトが入ってたから目も悪いはず。

 原因は言わずとも、という目の前の光景。

 爛々と目を輝かせて即座に着席、キーボードに走らせる指は俺の数倍早く、まるで連打してるかのような指使い。

 気になったのでちょっと覗いてみる。 

 可愛らしいキャラクターが街中に立っており、そのキャラクターを取り囲むかのようにいくつものキャラクターがいる画面。

 画面下では文字が出て行数を見る見るうちに増やしていて、どうやら会話しているらしい。

 覗いている俺にすら気づかないくらい既に集中しており、表情はにやついていた。

 楽しんでいるようだし、時間までそっとしておくか。

 俺は静かに離れてソファに横になった。

 テレビの音量は下げておこう、どうせいつも暇つぶし程度に見ているだけだしちょっと音が聞き取りづらくても構わんさ。

 この柔らかいソファに身を委ねて寛げればいいからな。

 ああそうだ、勉強もあとでしとかんと。

 最近姫子に構いがちで疎かにしていたんだよな、つっても高校受験のための勉強をしすぎてたからか授業は俺が勉強した内容に沿っているようなもんだ。

 まだしばらくはあんまり勉強に力を入れなくてもいいが、油断は禁物ってな。

 とは思いつつも、食後にこうしてソファに横になると眠気が瞼に重石でも乗せてくるかのように襲ってくる。

 あー……やば、今日は母さん……遅くなるって、言ってたし飯の用意、しとか……な――



 ……にいっぱい花を咲かせたいの。

『よし、皆で管理してさ、ここを最高の丘にしよう』

『ベンチとかあればねえ 座りながらこの丘で景色を眺めるのもいいと思うんだ』

『だったら作ろうぜ』

『それいいね、でも……僕達、作れるかな?』

『任せろ、俺が作ってやる』

『わあ、さすが頼りになるよ!』

 どんどん頼ってくれ。

「……俺は、親父みたいに、頼れる男に……なりたいから、な」

 そうすればきっと強い男になれるはずだ。

「……なんか寝言言ってる」

 ああ、寝言言える男になれるはずだ。

「あの子ったら、ソファで寝ちゃうなんてね。可愛い子」

 ああ、ソファで寝て可愛い男になれるはず……だ?

 ……なんかおかしいぞ。

 それにさっきまで雑草だらけの丘にいたのに目の前は真っ暗だ。

 しかもなんか香ばしい香りもするし、料理をしているような、食べ物を炒めてる音がする。

 真っ暗なのは、きっと目を閉じているだけ。

 俺はゆっくりと目を開けるとテレビはニュース番組に切り替わっており、時刻は夜の九時を回ったあたりかなと把握する。

 一時間ほど眠っていたらしい。

 上体を起こして台所に目をやると姫子が立っており、フライパンを振っていた。

 それにしても懐かしい夢だったな。

 あれは小学校二年くらいの頃に確か五人で奏の思い出の場所とやらに行った時の事だったな。

 宗助と、浩太と、奏と、俺と、ん……? あと一人誰だ?

『――師匠って呼んでいい?』

 なんかそう言い出した奴だったと思う。

 ……誰だったかな。

 まったく思いだせん。

「あ、起きた」

 エプロン姿の彼女は中々魅力的だがしかし、

「料理できんの?」

 その姿も似合ってるね、っていう言葉よりどこからどう見ても料理しているとしか言いようのない彼女の姿に俺はそんな質問をしていた。

「失礼ね、できるわよ! たとえてきないとしてもやろうと思えばなんでもできるのよ!」

 香ばしい香りは随分とバターと醤油の香りが目立つな。

 何を作ってるんだろう。

「姫子ちゃんね、あたしに料理作ってくれるって言うからお願いしちゃったちん」

 向かいのソファに座る母さんは微笑みながらそう言った。

 母さん、少しは自分で料理をしないと作れなくなっちまうぞ。

「出来た!」

「待ってました!」

 夜だっつーのにテンション高いなこいつら。

 姫子は大皿を両手で持って陽気さを纏わせる歩調でテーブルに料理を置いた。

 見てみるに、炒飯のようだ。

「バター醤油炒飯だ!」

「姫子ちゃんすごいわあ!」

 母さんは早速渡されたスプーンで炒飯を口へ運んでいく。

「……どうやって作ったんだ?」

「バターと醤油とご飯を混ぜたのよ、バター醤油炒飯だから当然でしょ?」

 それ、炒飯じゃなくてバター醤油ご飯だろ。

 出来具合を見てみると具材が一切入ってない、せめてたまねぎとか入れるべきだろ。

「美味いわあ! 姫子ちゃん、料理出来るわねえ」

「ふひひ、それほどでも」

 騙されるな母さん。

 具材が無い時点で炒飯とは言いがたいし、こいつの料理は卵かけご飯が卵かけ炒飯になっちまうのと同じだ。

「料理の達人である私に不可能は無い」

 料理の凡人だろ馬鹿野郎。

 まあ母さんは喜んで食べてるしもういいや、突っ込んだら面倒な事になりかねん。

「ほら、食べてみなさいよ。はい、あーん」

 母さんは俺の口へバター醤油炒飯(ご飯)を運んでくる。

 大体味は予測できるが、もしかしたら隠し味でも入れて本当にちゃんとした炒飯になっているかもしれない。

 姫子の前でこうしたバカップルのような食べ方は抵抗があるが、何やら期待しているような目をしているしここは食べてやるとする。

 ご飯の具合は炒飯とは違ってぱらぱら感は無い、口の中に先ず広がったのはバターの味、続いてやや薄めではあるが醤油の味、香りも広がるが塩はおそらく入れていない。

 調味料不足ではあるもそれなりに、それなりには美味しい。

 が、しかしだ。

「……バター醤油……ご飯だ!」

 突っ込みたくはなかったが思わず、そう言わずにはいられない。

 バター醤油ご飯は本来、お椀にご飯を入れてその上にバター(マーガリンでも可)を、そして醤油を少し入れたもので、姫子はバター醤油炒飯と言い張るそれはバター醤油ご飯をフライパンに入れて炒めただけなのだから。

「炒飯なんですけど!」

「この前俺が作ったのがちゃんとした炒飯だ、お前も食べただろ! 炒飯ってのは塩とか卵とかも使うし具材も入れる、お前のは具材入れてないからフライパン使う必要ないしバターと醤油とご飯を混ぜてレンジでチンすれば出来上がりだろこれ!」

 予想外の反応に驚愕を顔中塗りたくったような表情をする姫子。

「レンジで……ティン……ですって?」

 チンね。

 つーかそっちに驚いてたのかよ。

「炒飯はレンジで済む料理じゃないから勘違いすんなよ、そしてこれは炒飯じゃないからな! これで炒飯って言い張れるならよ、たとえばご飯と塩をフライパンに入れて炒めたら塩炒飯かおい」

「炒飯……じゃない……ですって?」

 ようやく気づいてくれたようで何よりだ。

「でも母さんはあ、美味しいと思うわよお?」

 よく見れば母さんは既にビールを二缶飲み干して既に三缶目、三缶目となると酔って味なんて解らずに食べているに違いない。

 なんだかこの状況、構っているのも面倒だ。

 俺はソファにまた横になってテレビを見るとした。

 向かいのソファにはバター醤油ご飯を頬張る母さんと、その隣で肩を落として意気消沈してる姫子。

 時々母さんがスプーンを置いてビールを飲む間に、姫子は自分でバター醤油ご飯を口に運んでもぐもぐとしばらく口を動かし、俺が以前に作ってやった炒飯と脳内で味比べでもしているのか、しばらくして再び肩を落としていた。

 まあ確かに以前作った炒飯は海老とか入れてちょっとバターと醤油でピラフに近いような炒飯だったからバター醤油で遠からずとも味は近くなる。

 近くなるけど、それは微々たるもので総合的に考えれば遠いのは変わらんが。

「あんた、料理上手ね」

 そりゃどうも。

 しかし女がそれは褒めるべきではなく、あんた“も”料理上手ねって聞くのが普通なはずなんだがな。

 女性は最低でも炒飯くらい料理が出来る、それは俺の思い込みであったわけだ。

「まあそうかもな。でもお前に今日俺はバター醤油炒飯ことバター醤油ご飯をフライパンで作る方法を学んだぜ」

「よし喧嘩だ、表出ろ」

 どうもすみません、言いすぎました。

「ふん、料理なんかもういいわ。それよりあんた、明日暇?」

 料理はどうでもよくないとは思うがなあ。

「学校終わってからなら少しだけ暇」

 夜には帰って母さんのために飯作らないといけないから、まあ少しだけってのは二時間程度だ。

「給料日なんだけどね、ちょっと買い物付き合って欲しいの」

「別に構わないぜ」

 中央病院に行って宗助と奏を探したいのもあるが、どうせなら時間に余裕のある休日にするとして、買い物って何を買うんだかな。

「母さんもお、暇……」

 ビール片手に半分眠っているような顔で突然母さんはそう呟いた。

「いいからもう寝ろ」

 給料日か、姫子がバイトしてからもう一ヶ月……ではないな、まだ数週間程度だ。

 中途半端な時期に入ったから調整のために早めに支払うとかそういう理由でかな。

 まあ、どうであれ付き合ってやるとするか。

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