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第23話:あの愛おしい日々が、もう一度巡る

目をぎゅっと閉じた途端、濃い暗闇にしばらく閉じ込められた。パニックが襲う前に、外の空気の冷たい感触が、不意に顔の肌を撫でた。風はゆっくりと吹き、私の髪を撫で、見慣れない静けさを耳元へ囁きかけてくる。


ゆっくりと、瞼を開けた。あの虚無の空間から意識を取り戻した時には、私はすでに、長いあいだ放置されたような古い建物の裏庭に立っていた。静寂があたりの空気を支配している。庭の木々の葉が触れ合い、風に吹かれてのんびりと踊る、穏やかなざわめきだけが聞こえていた。


「な……何……こ、ここは、どこ……?」


「待って……ちょっと待って、さっきまでは……その前は、一人の子供が私に向かって走ってきて、ぶつかってきたはず……でも、目を開けたら、周りの様子が……」


声が次第に薄れていった。舌が急に動かなくなり、文を言い終える前に凍りついた。ただ一つの確かな結論だけが、頭の中に響いていた。


「あまりにも……リアルだわ……」


私はごく小さな声で呟いた。


今、私はまだアレックスの精神世界の中にいるはずよね?!


激しい混乱に襲われながら、私は周囲を見渡し、今立っている場所のあらゆる細部を確かめ始めた。胸の中で何が渦巻いているのか、自分でも理解できなかった。


生まれてこのかた、こんなに混沌とした神秘的な現象は経験したことがなかった。


周囲の確認を終える間もなく、再び信じられない気持ちが私を打ちのめした。これは幻覚と呼ぶには、あまりにも現実味がありすぎる。


断片……いいえ、これは断片なんかじゃない……私が、アレックスの記憶の現実の中へ、一緒に入り込んでしまったのだわ。


「どうして、こんなことが起こり得るの?!」


私の眼差しは虚ろだった。戸惑いと、パニックと、驚き今、頭の中をかき乱している感情の嵐を言い表すのに、どんな言葉が最も適切なのか分からなかった。確かなのは、何百年という私の生涯の中で、こんな理を超えた状況に直面するのは初めてだということだった。


私は黙り込み、呆然と立ち尽くして考え込んだ。そしてその合間に、私は―


ああ、そういえば、昔、亡くなった自然の精霊の長老が、これとそう遠くない出来事を語ってくださったことがあったわ。


かつてあの方も、今私が直面しているのとよく似た出来事を経験されたのだと。そして私の記憶が正しければ、同胞の中でただお一人だけ、生き物の記憶の中へ、単なる傍観者としてではなく、その中に実際に足を踏み入れることができた方だった。


ああ、そうだわ! あの方はおっしゃっていた。入り込んだ相手が、ちょうどさっきのアレックスが心の中でしていたように、空想の奥深くへと沈みきっている時だと。いつも自分の空想の中で考え、独り言を言っているのだと。


「もしかしてアレックスは、本当に―」


「ほらね!! 俺もそう思ったんだ!」


突然、一人の少年の元気な声が、私の内なる独白を断ち切り、私はびくりと驚いた。


「あはは」


続いて、その少年のすぐ隣を歩いていた一人の少女から、明るい笑い声が弾けた。


「アイラちゃん知ってる? この前ホラー映画見てた時、まるで何かに見張られてるような気がしてさ」


少年は両腕で自分自身を抱きしめるような仕草をした。


「うんうん、私もまったく同じだったの。だから怖すぎて、毛布をかぶっちゃったんだよ。でも、話の流れ全体としては面白かったかな、ちょっと怖かったけどね、ふふ」


「え……ちょっと、ねえ……」


少年は、からかうようないたずらっぽい口調でそう言った。


「ちょっとだけだもん!!」


少女の顔が急に赤くなったが、それでも彼女は自分の答えを頑として譲らなかった。


「あはは、はいはい」


あの子たちは誰かしら。どうして二人とも、同じ服を着ているの?


その疑問が頭の中で巡り続けた。その裏庭の渡り廊下を並んで歩いていく二人の若者を見つめながら。好奇心は高まる一方で、目の前の未来的な建築様式にも、感嘆と戸惑いが入り混じっていた。


二人が私の立つ場所を完全に通り過ぎた後、私はこっそりと後ろからついて行き、背後から見守った。


ああ、そうだ、この場所のことだけれど……私にはまったく分からない。一体、この壮大な建物は何なのかしら? その大きさは途方もない。廊下は長くまっすぐに伸びていて、その左側には人々が集まり、さまざまな種類の豊富な食べ物を楽しみながら、のんびりと座っていた。


食べ物の市場かしら? どうやら、そうみたいね。


「アイラちゃん!!」


「ん?」


二人の少年少女の足が、突然止まった。そして互いに見つめ合った。


まずい……隠れなきゃ!


心の中でパニックが渦巻き、たとえ私の体が彼らには見えないかもしれなくても、身を隠せる場所を探した。


「あのさ……」


少年の言葉が、不意に宙に浮いた。続きを言うのをためらい、緊張している様子だった。


「あの?」


「その.....俺と一緒に、映画見に行かない?!」


緊張した眼差しで相手の顔をじっと見つめ続けながら、アイラという少女は、踵をのんびりと返した。それまで前を向いていた体を、今や完全に目の前の少年の方へと向けて。


「行く!! 何を見るの?」


「え?」


「んー、でも今、流行ってる映画ってあんまりなさそうだよね」


少女は顎をトントンと叩きながらつぶやいた。


「俺、夢でも見てるのかな?」


少年は小さく呟いた。夢の中の少女が、自分の誘いをあっさり受けてくれたことが信じられないかのように。


「ん? 今、何か言った、レンくん?」


「あ、いや、その.....そうだ! 昨日の夜、夜中の十二時に、ホラー映画の広告を見つけてさ」


レンという名の少年は、緊張を悟られないよう、慌てて話題を逸らしながら、すごく意気込んで答えた。


「今週公開のホラー映画が一本あるんだ、だから……」


「待って、夜中? レンくん……夜更かししたの?!」


アイラがすぐに遮った。


「あ、それは……」


「どうりで今日ずっと変だったんだね、きっと寝不足のせいだよ」


「あ……あはは、まあ、そんなとこ……」


レンは痒くもない首筋を掻きながら、見つかってしまった自分の行動を悔やむふりをして答えた。


「それで……えっと、つまり、行こうよ? 一緒に見に行ける? それとも、もしかして―」


「もちろん!」


迷うことなく、アイラはレンの両手をぱっと掴んで、ぎゅっと握った。少女の瞳は期待に輝き、その誘いへの嬉しさを隠しきれずにいた。


うわあ、仲がいいのね……


私の視線は、今や完全に二人に釘付けになっていた。まったく注意を逸らすことができず、前に突き出たコンクリートの柱の陰にぴたりと隠れながら、その柱の後ろから、二人の背中を見守り続けた。


「え、えっと、その、これ……」


レンは口ごもった。顔は一瞬で真っ赤になり、手をこんなに強く握られていることに、すっかりどぎまぎしていた。


「でも……条件があるの!」


アイラは叫ぶように言うと、突然レンの手を離し、腕を組んだ。


「じょ、条件?」


「あんまり夜更かししちゃダメ!! また今日みたいに変になっちゃうでしょ、それに、寝不足だと、一緒に映画行く当日に寝坊しちゃうかもしれないし……」


レンは数秒間、黙り込んだ。目の前にいる、可愛らしく愛らしい少女の顔を、まっすぐに見つめたまま固まっていた。彼の頭の中でどんな魔法が働いているのかは分からないが、その少年は、少女の愛らしさにすっかり魅了されているようだった。


「うん!!」


レンは力強く、意気込んで頷いた。アイラの前で、両手を胸の前に握りしめて。


「今夜は絶対、早く寝るって約束する!」


「じゃあ、いいよ〜」


「あ、そうだ、アイラちゃん。今度の日曜日。渋谷駅で、ね!!」


「うん!!! すっごく楽しみだよ、レンくん!!」


「俺も……」


レンは小さく呟き、すぐに顔を赤らめた。


二人の少年少女は、それから足を進め、並んで長い廊下の端にある角へと向かい、やがてその姿は視界から消えていった。


私は隠れた場所で、呆然とした。大きな好奇心が胸の中で湧き上がっていた。いったい、この想像の世界にいる二人の子供と、アレックスは、どんな関係があるのかしら?


突然、私の記憶が、その少年が角を曲がる直前の瞬間を巻き戻して再生した。私は彼の目を、とてもじっくりと見ていた。あの眼差し……瞼の曲線……すべてが、あまりにも見覚えがあるように感じられた。


思考がぐらりと揺れた。その気づきは、晴天の霹靂のように私を打ちのめした。この記憶の断片から糸口をつなぎ合わせ、アレックスにどんな運命が降りかかって、その魂が私たちの世界の赤ん坊の体に閉じ込められたのかを推測しようとした。けれど、答えを探せば探すほど、この謎に行き詰まるばかりだった。


もしかして?


二人の足音はあっという間に消え、あの角へ曲がっていったようだった。


けれど、私は少しも足取りを見失いたくなかった。この好奇心を満たすために、急いで二人が去った方向を追った。アレックスの本当の正体を突き止め、彼が語った転生の話が全て本当なのかどうかを確かめなければならない。それに、この空虚な建物の中は、静かすぎて手がかりも少なすぎる。二人をつけていく以外に選択肢はないでしょう?


廊下の端にたどり着こうとした時、周囲の空気が突然、劇的に変化した。さっきまでの穏やかで涼しい空気が、一瞬にして濃くなり、霊体の私の全身を締め付けるような冷たい感覚へと変わった。雰囲気は急に張り詰め、理由もなく背筋の毛が逆立つほどに濃密だった。


角を曲がって覗き込もうとした、まさにその直前、周囲の時間がゆっくりと這うように進み、やがて完全に止まったかのようだった。その不気味な静寂が、ほんの一瞬、私の動きを縫い止めた。そして次の瞬間、絶望に満ちたヒステリックな絶叫が、静けさを引き裂いた。


「ぐあぁぁ……アイラちゃぁぁん!!!」


「アアアイイイラアアアちゃあああん!!!」


ブシュッ…………。


生臭く温かい空気が、突然あたりに飛び散った。濃い赤色の液体が噴き出し、目の前の廊下の白い壁を汚していった。


は……あ……な……何……これ……。


「あ……あ……」


私は全身の力を振り絞って叫ぼうとした。けれど、喉は見えない手に絞められているかのようだった。どうして……どうして、声が出せないの?


「は……」


お願い、出て。


「だ……だ、れ……」


出せない……どうして……どうして声が出てくれないの。


結果は変わらなかった。舌は強張り、顎は固まったまま動かない。どうして私の声は、胸の奥に完全に閉じ込められてしまっているの?!


恐怖。凍えるような寒気が、つま先から頭の天辺まで、極限の勢いで這い上がっていった。


だ、誰か、た、助けて……誰か……お願い……。


「あ……あぁ……」


怖い……私は、恐ろしかった。


私の目は大きく見開かれ、焦点が定まらなかった。ついさっきまで、あの少年と睦まじくしていた少女の首から、おびただしい量の血が溢れ出しているのを見つめながら。


私は死ぬほど恐ろしかった。世界のすべてが崩れ落ちていく中、私の目は不安定に大きく見開かれた。視界は激しく揺れ、つい数分前、私の前で愛らしく微笑んでいた少女の、引き裂かれた首から勢いよく流れ出る血の海を、無理やり見せつけられていた。


本能が、この現実を拒絶した。気づけば私は、激しく震える両手で、自分の口を強く押さえつけていた。胃の中で、猛烈な吐き気がうねっていた。吐きそうだった。鼻をつく強烈な血生臭い匂いに、胃液がこみ上げてくるようだった。


私……私、このままじゃいられない、私……助けなきゃ――助けなきゃ。助けなきゃ。助けなきゃ。


チリン……


助けなきゃ。助けなきゃ。


頭の中の奇妙な思考が、壊れたカセットテープのようにぐるぐると回り続け、意識の焦点をばらばらに引き裂いていった。手の震えがひどすぎて、狙いを定めることさえままならない。


助けなきゃ。助けなきゃ!


私は下唇を強く噛みしめ、痛みが残るほどだった。両腕の関節を麻痺させるほどの激しい震えを必死に堪えながら、この小さな手を無理やり、まっすぐ二人の方へと向けた。どうしても、あの子を救いたかった。


でも……


「ス……ス――」


用意していた魔法の閃光が、空中で明るく輝き始めた。その呪文は、彼らに向けて放たれるまで、あと一歩のところまで来ていた。


でも!!!


私は……


「スゥゥタット・ルーク.... ルーク―」


ポン。


「よぉ」


「わあっ……!」


背中に、誰かの手が置かれた。私は驚きのあまり飛び上がった。その瞬間、魔力の供給がぷつりと途切れ、手の中の魔法の閃光は跡形もなく消え去った。私は慌てて後ろを振り向いた。心臓は激しく高鳴っていた。目の前にいるこの人物は……


「だ……誰……?」


「ん? おい、どうした? なんで泣いてるんだ?」


私は我に返った。堪えきれず、先ほどの惨劇の恐怖で、涙が顔中を濡らしていたのだった。私は慌ててそれを乱暴に拭い、後ろへ跳び退いて警戒の構えをとった。だが、目の前の男は、私の威嚇などまるで気にかけていないようだった。その視線はすぐに逸れ、たった今私が目撃した血まみれの廊下へと、まっすぐ向けられていた。


「アイラちゃあああん!!! アイラちゃああああん!!!」


遠くから、少年レンの絶叫が響き渡った。少女の亡骸を抱きしめようとしながらも、誰かにきつく羽交い絞めにされて、身動きが取れずにいた。


「そうか、お前もあの出来事を見ちまったんだな。はぁぁ……俺は本当に、あいつらに対して、とてつもない恨みを抱いてるんだ」


私を無視している?


「今この瞬間でも、この悲劇が繰り返し再生されるのを見せられるたびに……俺の感情は、狂ったように暴れ出すんだ」


私は彼を頭の先からつま先まで観察した。大人の男だった。いえ、その身なりは乱れていて、顎髭は荒れて手入れされておらず、口髭もかなり濃く伸びていた。その体つきは、おそらく生まれて四半世紀ほどの、おじさんといった風情だった。


「す、すみません。あなたは誰ですか!」


私は眉をひそめながら、きっぱりと問いただした。


チリン……


私は再び、手のひらに聖なる魔法を宿した。その輝きが再び灯り、この見知らぬ男が襲いかかってくる気配を見せたら、すぐにでも放つ準備ができていた。


「おいおい、まあ落ち着けって、ふぅ……」


その男は両手を空に挙げ、武器を下ろすよう私に促した。その視線は再び、遠くの暗い惨劇の中心へと落ちた。


「知ってるか? この出来事は……はぁぁ……」


彼は、とても長いため息をついた。


「最初は、この痛みをしばらく忘れておこうと思ってた。しっかり閉じ込めて、最後の最後で復讐の炎の燃料にするつもりだったんだ」


彼の瞳は、その悲痛な光景の名残に数秒間、釘付けになっていた。


「だが……」


ゆっくりと、男は首を回した。その一対の瞳が、今や私の視線を捉え、私たちに親密な視線の交わりを強いた。


「なんでお前が、ここにいるんだ、ドライアド」


心臓が止まったような気がした。この内なる世界が、一瞬にして凍りついた。どうして……この人、私が誰か知っているの? この想像の世界の男が、私の本当の正体を知っているというの?


私は呆然とした。その眼差しは、ひどく見覚えのあるものに感じられた。


その黒みがかった灰色の瞳は、つい先ほど出会ったばかりのある人物と、まったく同じ深みを湛えていた。


ま、まさか……。


「ア……アレックス……? あなた、アレックスなの?」


私は震える声で尋ねた。ほとんど囁きに近い声だった。


その大人の男は、黙り込んだ。真摯な眼差しがさらに深く私の瞳を捉え、しっかりと見据えてくる。疲れを滲ませたかすかな微笑みを浮かべながら、彼は小さく息をついた。


「ほぉ……よく気づいたのう。さっきまで、俺のことを危険な見知らぬ男でも見るような目で見ておったくせに、ハハ」


「そうじゃ、ドライアド、俺じゃ、アレックスじゃ」


「この世界から転生してきた者――『レン』、アラタ・レンじゃよ」


私の全身は強張り、凍りついたまま、一言も返すことができなかった。この出来事について、何も考えられなかった。今自分が彼の記憶の中にいることさえ、ほとんど忘れかけていた。


「ア……レックス……?」


長い沈黙が、私たちを包み込んだ。永遠にも感じられる数秒だった。私たちの周りでは、温かなそよ風が少しずつ戻ってきて、震える霊体の私の体の隅々を撫でていった。私の視線は、目の前の大人の男の瞳の中へと、ますます沈み込んでいった。


「アレックス……アレックス!!」


私の声は裂け、激しい衝撃で震えていた。私の防御は完全に崩れ去った。体面も、太古の精霊という立場も顧みず、私は彼に飛びつき、そのがっしりとした体をきつく抱きしめた。


私の体は激しく震えていた。胸を押し潰すような恐怖とパニックに取り囲まれて。ずっと堪えていた涙がついに決壊し、あらゆる悲しみを、彼の胸の上へとぶちまけた。


「アレックス……ち、血が……血が、そこら中に……」


声が喉に詰まり、私はアレックスの温かい胸の隙間で、必死に息を求めてあえいだ。


全身が激しく震えていた。閃く刃の影、甲高い悲鳴、そして―


あの記憶の濃い血生臭さが、突然、現実の悪夢のように頭の中で渦を巻いた。


私は彼の外套をきつく握りしめ、胸に顔を埋めた。瞼の裏で回り続ける、あの恐ろしい光景を、必死に消し去ろうとしながら。


「怖い……た、助けて……誰か……あの人たち……あの子の首を、あんなふうに……」


私は絶望に満ちた声で、か細く呟いた。


「ど、どうして……どうしてこんなことが……」


言葉は粉々に砕け、不規則な嗚咽と溶け合っていった。呼吸は短く速くなり、胸を締めつけるような息苦しさが、痛いほどに込み上げてきた。


「アレックス……私、本当に怖いの……」


これが過去の記憶にすぎないことは分かっていた。けれど、たった今目撃した凄惨な殺害の恐怖は、あまりにも生々しく、私の意識を根底から引き裂いていった。


「助けて……助けて……」


「え?! ドライ――」


私の泣き声が大きくなっていくのを見て、彼の言葉は途中で止まった。


弱りきった私を前にして、アレックスは少し驚いた様子だったが、抱きしめる腕をまったく緩めなかった。それどころか、いっそう強く抱き寄せ、私の涙が胸や服を濡らしていくのも構わずにいてくれた。


「落ち着け、ドライアド……俺がここにおる。全部吐き出してしまえばええ。俺が受け止めてやるからのう」


その声の吐息が、私の魂を打ちのめしていたトラウマの嵐を、ゆっくりと鎮めていった。私を抱きしめたまま、彼の大きな手が伸びてきて、そっと私の頭を撫でた。


私の涙は、アレックスの温かい胸の上に流れ続けた。感情の揺れがあまりに激しく、私の体内の魔力までもが制御を失って荒れ狂っていた。


私たちの周りに這っていた草や植物までもが、粉々に砕けた私の心に呼応するように、枯れて朽ちていった。けれど、その死の気配が漂う静けさの奥で、アレックスの温かい抱擁は、不思議な安らぎを与えてくれた。


なんだか……わがままになりたい。この身勝手な心が、もう少しだけ長く、こうして抱きしめられていたいと願っている。


「ア……レックス……アレックス……」


頭上の生い茂る葉のざわめきが、私たちの上でなおも優しく囁き続けていた。風のリズムに合わせてしなりながら、この内なる空間の隅々にまで立ち昇る悲しみを慰めようとするかのように。静まり返った未来的な建物の陰で、時間はその力を失ってしまったかのようだった。


気づかぬうちに、数分が経っていた。最初は爆発するようだった私の嗚咽も、次第に収まっていき、胸の中で小さくしゃくりあげる震えだけが残った。


「少しは落ち着いたか?」


彼の口からこぼれた穏やかな言葉が、たった今、恐ろしい記憶に刻み込まれて戦っていた私の心を、静かに鎮めてくれた。


「う……うん」


私は小さく頷きながら、後ずさりし、少しずつ彼の体の心地よい領域から抜け出した。アレックスはそれを察し、腕を下ろして、その温かな抱擁を解いてくれた。


その結果、私の目は腫れ上がり、鼻は鼻水でいっぱいになり、長い間しゃくり上げて泣き続けたせいで、顔は赤く染まっていた。


しばらくして、私はあることを思い出した。


「あ、あなた……言っていたわよね……殺された……って」


しまった。その言葉を口にしただけで、さっきの恐ろしい光景の断片が、再び頭の中に蘇ってきてしまう。


「はぁ―……!」


私は反射的に、きつく目を閉じた。再び涙が頬を勢いよく伝い落ちていく。あの恐ろしい映像が、早く記憶から消え去ってくれるようにと、心の中で祈りながら。


「せっかく落ち着いたんじゃ、妙なことをあれこれ考えるのはまだやめておけ、ドライアド」


彼は温かい手を伸ばし、目尻に再び零れ落ちた涙を、ゆっくりと拭ってくれた。


「はぁ……じゃが、お前の言う通りじゃ。あの悲劇があったからこそ、俺は結局生まれ変わったいわゆる、転生というやつじゃな」


「て……ん……せい……? でも――あなたは、あの男にただ強く抱えられているだけでしょう? ほら、見て!」


私は、あの少女を処刑した者たちのいる方向を指さした。


「まあ、そうじゃな。それに正直言うと……最初は、この記憶をもう少し長くお前に見てもらうつもりじゃった。俺がなぜ、どうやってお前たちの世界に生まれ変わることになったのか、その理由と過程は、あの場面からほんの数秒先にあるからのう」


「じゃが、お前の今の様子を見ると……いや、それは必要ない、ドライアド」


こんな暗い状況の中で、彼は自分の都合を後回しにして、むしろ私の状態を気遣ってくれていた。けれど―


「私……」


理性は、無理をせず引き下がれと囁いていた。


でも、この恐怖に怯えるエゴを抱え続けていたら、私は守護の精霊として、少しも成長できないわ! それに何より……彼が私たちの世界へアレックスとして生まれ変わる前に、どんな暗い運命が降りかかったのか、私はもう知りたくてたまらなくなっていた。


「私……見たいの、アレックス!!」


私は彼に、きっぱりとそう告げた。


視線が再びあの凄惨な出来事へと戻りかけた時、私がその続きを見たいと迫った直後、アレックスの注意は完全に私へと向けられた。


「ん? 本気か? この記憶で心を汚したところで、何の意味もないぞ、ドライアド」


「だ……大丈夫、私……私、いつまでもこんな出来事を怖がっているわけにはいかないの、強くならなきゃ!!」


「これから先、生き抜くために強くならなきゃいけないのよ!」


私は再びきっぱりと言い切り、頭の中に防壁を築こうとした。


「もし私が、ここで止まってしまって、こんな凄惨な出来事に耐えられないようなら……」


「本当にええんじゃな?」


「本当よ!!」


私の決意を聞いて、アレックスはついに折れた。彼は、私がその痛ましい悲劇に視線を固定し続けることを許してくれた。


けれど、目の前で今まさに繰り広げられている残酷な光景を再び目にした瞬間、世界がぐるりと回った。両の瞼が自動的に固定されてしまったかのように、あらゆる恐ろしい細部から目を逸らすこともできず、見続けることを強いられた。私は……


私……耐えられない……。


あの愛らしい少女の亡骸が、あんなにも残酷に扱われる様子を見て……この世界に、正気を失わずにいられる生き物なんているはずがない。


「う……うぇっ……おえええ……」


「な?! どうしたんじゃ、ドライアド?!」


アレックスは驚いて跳ね上がった。その大人の顔は、瞬時にパニックに覆われた。


「ドライアド……」


「あ……大丈夫、ごめんなさい……」


私は唇を拭いながら、荒い息でそう言った。強がっていたエゴは完全に崩れ去り、諦めに取って代わられた。


「早く、ここから出たいの。それと……さっきは、あなたを信じられなくて、ごめんなさい、アレックス」


私の言葉を聞いて、アレックスはゆっくりと首を横に振った。


「ええんじゃ、ドライアド、今見たことは、どうか忘れてくれ」


「心配せんでええ。俺は……」


アレックスの声が、突然宙に浮いた。彼はしばし黙り込んだ。その眼差しが一瞬ぼやけ、まるで魂が、冷たい過去の暗い現実へと再び引きずり込まれたかのようだった。けれど、彼は慌てて首を振り、無理やりそのトラウマを追い払うと、再び深く澄んだ瞳で私を見つめた。


「俺は、あの少女アイラちゃんを殺した連中に復讐すると、もう心に決めておるんじゃ」


この人は……。


私の視線は、彼の顔へと注がれた。そこには、深い深い苦悩の影が刻まれ、それと並んで、濃密な憎悪の炎が燃え盛っていた。


その気持ちを、私は痛いほどよく理解できた。一番大切な人を、腕の中から無理やり奪い去られる時の、あの打ち砕かれるような思い。ましてや彼は、その悲惨な出来事を、自分の目で見届けなければならなかったのだから。


復讐心に支配されてしまうのは、当然のことだわ。


幼い頃の記憶が、突然、脳裏に巡った。


あの頃の私は、ただ世間知らずな木の精霊の子供にすぎなかった。同胞の聖域から遠く離れた場所で、無邪気に跳ね回って遊んでいた。彼らの悲鳴を聞くこともなく、血が流される光景を目にすることもなかった。けれど、故郷の大地に再び足を踏み入れた瞬間、胸を、見えない大槌で殴られたような衝撃が襲った。


私たちの家は、跡形もなく消えていた。家族全員が、まるでその存在そのものを世界から無理やり消し去られたかのように、跡形もなく姿を消していた。私をもう一度抱きしめてくれる者は、誰一人として生き残っていなかった。


「ところでアレックス、私たちって今、一体どこにいるのかしら?」


「こんなに大きな建物、私、初めて見たわ」


目の前の壮大な建造物を感嘆しながら眺めつつ、私は思わずそんな疑問を口にした。アレックスもまた視線を移し、自分の過去の無言の証人となったその巨大な建物を見つめた。


「立派じゃろう?」


「ええ」


私は、未来的な壁の連なりから視線を外さないまま、短く答えた。


「まるで、未来の時代の王国みたいね。一体、何の建物なの?」


私は強い好奇心に駆られながら、少し首を傾げて彼に尋ねた。


「ハハハ、そこまで大層なものではないぞ、ドライアド。これはただの学校じゃ」


「こ、これが……学校?!」


こんなに大きな建物が、ただの学校ですって?! そのデザインは複雑で入り組んでいて、私の目には、本当に未来の文明そのものに見えた。


彼は薄く微笑んだ。けれど、数秒後、その笑みはあっさりと消え去り、代わりに苦々しい表情が浮かんだ。その著しい変化に、私は気づいてしまった。


「きっと、辛いわよね……」


私は思わず、そう呟いた。


アレックスは私の方をちらりと見たが、やがて再び、目の前の巨大な建物へと視線を戻した。そよ風に彼の髪が軽く揺れ、私たち二人の服も優しくはためいた。しばらくの間、静寂が二人を包み込んだが、やがて彼が再び口を開いた。


「構わん。この復讐が終わって、気が晴れた後は、俺は―……」


その言葉は、唐突に途切れた。その大人の男は、右手を上へと差し伸べ、左手をポケットに入れたまま物思いに沈み、言葉を宙に浮かせたままにした。


「アレックス、絶望しちゃ駄目よ!!」


私はつま先立ちになり、彼の頭に手を伸ばして、そっと髪を撫でようとした。そして、しばし呆然とした。前世のあの不思議な赤ん坊は、こんなにも背が高く、たくましい男性だったのだと。


「よしよし……」


「ハハ、俺はもう子供ではないぞ、ドライアド」


「はいはい〜」


私は甘えるような声で返した。そう答えながらも、彼の頭を撫でる手は止めなかった。


「んっ、ごほんありがとう」


アレックスは優しく呟いた。その大人の顔に、再び心からの微笑みが咲いた。


「うんうん!!」


私たちの周りでは、草が風に鳴る音と、木々の葉がこすれ合う音が重なり、この上なく美しい自然の旋律を奏でていた。なぜか、その調和は、私の心を心地よく、そして温かく震わせた。体中に広がる温もり、異常なほど高鳴る鼓動、そして絶対的な安らぎが、一つに混ざり合い、私には理解できない感情の塊となっていた。


「ドライアドおねえちゃん! ドライアドおねえちゃん!!!」


「おねえ、ちゃん……」


舌足らずな幼児の声が、不安いっぱいに私を呼び、私の精霊の魂を現実の世界へと引き戻した。


「ん……」


私は小さく呻いた。瞼がゆっくりと持ち上がり、数回瞬きをした。想像の空間で視界を奪われたあと、全身を照らす二つの月の光に目を慣らすためだった。


意識が完全に戻ると、最初に目に入ったのは、とても純粋な輝きを宿した瞳で私を見つめる、小さな赤ん坊の姿だった。気づかぬうちに、私はちょうど彼の目の前に座り込んでいた。


「おねえちゃん!! よかっちゃぁ!!」


アレックスが、愛らしい赤ん坊の舌で嬉しそうに叫んだ。


「アレックス……」


反射的に、右手が上がり、その小さな頭のふわふわの髪を優しく撫でていた。不思議なことに、地球の記憶から受けた恐怖も、吐き気も、大きなパニックも、一瞬にして崩れ去っていった。この小さな赤ん坊がこんなにも私を心配してくれている姿に、心が温まった。この子は……本当に愛らしくて、可愛い。


そして、もしかしたら……この子のことが、かなり気になってきたのかもしれない。この子のそばにいて、ずっと一緒にいたいそんな気持ちが芽生えていた。


◆◆◆◆


ぐぁ……。


どうやって、あいつはあそこまで辿り着いたんだ。


俺の頭の中にある何千もの記憶の断片の中から、なんでよりによって、最悪のトラウマの中心に入り込んだんだ?


はぁぁ……。


それに今、目を覚ましてからも、あいつは妙な眼差しで、ずっと俺の頭を撫で続けている。


別に、地球での過去を隠して、自分勝手に振る舞おうとしてたわけじゃない。ただ、他人の心に負担をかけたくなかっただけだ。昔の俺の世界で起きた悲劇のせいで、誰かが一緒にトラウマを背負い、俺の状態を心配しなきゃいけなくなるなんて、真っ平御免だった。


「アレックス」


ドライアドの優しい声が、俺の耳に届いた。絹のように柔らかなその響きが、俺の物思いを一瞬で散らした。


「絶望しちゃ駄目よ!!」


彼女が何を言いたいのか理解しようとして、俺は一瞬黙り込んだ。


「う、うん」


「よしよし……」


ドライアドはようやく、その優しい撫で方を終えると、手を引っ込めて、俺の顔から離した。


「さて、これからどうしましょうか?」


彼女は続けて、俺の意見を求めるように尋ねてきた。


「そうね、私の力をあなたに渡してしまったから、もう私は見つかってしまったでしょうし、この場所では、これからずっと狙われ続けることになるわ」


彼女の視線が、突然、庭の隅の方へと移った。


「特に、この男には!!!」


その美しい顔が、不機嫌そうに歪んだ。彼女は、まだ魔法の根にきつく絡め取られたままの危険な男の方をちらりと見て、すぐさま腰に手を当てた。


ああ、そうだった、こいつをどうするんだ?


「うーん……それなら……」


ドライアドは、顎に指を当てて考え込んだ。


それなら?


「そうだわ!! いっそ、こいつを投げ飛ばしちゃいましょう」


「な、投げ飛ばす?!」


根に絡め取られたその男が、慌てふためいて叫んだ。


な、投げ飛ばす? マジか? ただ投げ飛ばすだけ?


俺は心の中でぼやき、思わず目を回しそうになった。


「ドライアド……ドライアドぉ……頼む、許してくれドライアド、俺は……俺はただ、ある方に命じられて、お前を始末して、この森を乗っ取れと言われただけなんだ」


「俺はただの使いっ走りなんだ、頼む、許してくれドライアド……」


縛り上げられたあの怪しい男が、突然ヒステリックに泣き叫んだ。自分に迫る悲惨な運命に気づいたのだろう。だが、ドライアドは彼の言葉には答えず、ただ黙って、右手を前へと伸ばし始めた。


エメラルド色の光が、突然彼女の手のひらで輝き、彼女は呪文を唱え始めた。


「セレヒラット・ラウス!!!」


ゴゴゴゴゴ……ゴゴゴゴ……。


足元の地面が激しく揺れた。太古の根が地中から突き出し、絡み合い、ねじれ、巨大な構造物を形作り始めた……。


巨大なパチンコだと?!


ああ……もう、これ以上は何を見ても驚けそうにないな。


ためらうことなく、ドライアドお姉ちゃんは左手を、その危険な男へと伸ばした。見えない魔法に引かれるように、男の体は突然宙に浮き、なすすべもなく滑るように飛んでいって、ぴんと張りつめた根のパチンコの紐の当て布にぴたりと貼りついた。


「ドライアド……ドライアド……頼む、お前のためなら何でもする、頼むから許してくれ」


彼は恐怖に震えていた。


その嘆願が木の精霊に無視されていることに気づくと、男は必死の眼差しを俺の方へと向けた。大きな目をぎらつかせ、まるで俺が最後の命綱であるかのように、この赤ん坊の体を見つめてきた。


「ハ、ハアアア……お、おい、ガキぃぃ!! 助けてくれ、頼む助けてくれ、お前が貴族になれるよう手を貸してやるから……この変な精霊から俺を助けてくれ」


「俺が誰か知らないだろ?! 俺は王国の重要人物の一人なんだぞ……ド、ドルド―」


その言葉は、猛烈なパニックに襲われて、どんどんもつれて不明瞭になっていった。だが、ドライアドお姉ちゃんの堪忍袋の緒は、すでに完全に切れていた。


「……」


「黙って、消えなさい!!!」


ドライアドが怒りに任せて叫んだ。


バチィィンッ……ヒュウウウッ……。


根のパチンコの紐が、一瞬にして放たれた。


「わああああ、助けてくれえ……お、俺は――」


自分の脅しや貴族としての身分を語り終える間もなく、その男の体は弾き飛ばされ、夜空を切り裂いて飛んでいった。森の天蓋を越え、遠く遠くへと飛んでいき、その影は完全に視界から消え去った。


え、えっと……


「おねえ……おねえちゃん……か、かっこ……い……」


背筋の毛が、突然ぞくりと逆立った。俺たちの周りの空気が、急に妙なものに変わった。今度は……なんでこいつは、まっすぐ俺を見つめてくるんだ?


「私!」


その突然の大声に驚いて、俺はびくりと跳ね上がり、赤ん坊の体は反射的に小さく後ろへ跳び退いた。


「あなたと……一緒に行きたいの。アレックス!!」


彼女は力強く付け加えた。両頬が急にほんのり赤く染まり、照れくさそうな色を浮かべていた。


え? ええええ?! なんで結局、俺についてくることになるんだ?!


大人の魂が、混乱して悲鳴を上げた。


「ど、どうして? ダメなの?」


いや、そうじゃなくて、問題は、お前の今の姿はもう完全な人間になってるだろ? もうこの森に縛られる必要はないはずだ。自由にどこへでも行って、新しい人生を楽しめばいいじゃないか!


「いやよ! 私はアレックスと一緒がいいの」


ドライアドは頑固に叫んだ。両腕を腹の前で組み、つんとして顔を背け、照れて取り乱した顔を隠した。


「それに、もうそんなことは心配してないわ」


う……村の連中は、俺が自然の精霊を連れて帰ったらどう思うだろう? 村中が大騒ぎになるに決まってる。


「ふふん……安心して、アレックス。この姿は、あなたとさっきの男しか知らないんだから。それに、私にはこういうこともできるのよ」


彼女は両腕を広げた。次の瞬間、その美しい女性の姿が突然ほどけ、きらきらと美しく輝く緑色の光の粒となった。


ああ、なるほど。これは、地球でよく読んでいたファンタジー小説みたいだ――姿を自在に変えられる精霊。そんなフィクションが、この世界には本当に存在しているんだな。


連なる光の粒が、空中を軽やかに動き始め、前へと飛び出すと、ゆっくりと俺の小さな体の肌へ染み込んでいった。


え、えぇ……なにこれ。


ふふ、これで私、あなたの体の中に入ったのよ、アレックス! わぁ、すごい! 中はとっても広いのね。それに……温かい……。


あなたの体、すごく居心地がいいわ、アレックス!


はぁ……まあ、褒めてもらえてありがたいけどな。


まあ、本当に外から見えなくなったなら、別に構わない。


安心して、私があなたの体の中にいるなんて、誰にも気づかれないわ。


まあ、そうだといいんだが。


俺はゆっくりと歩き出し、家路につく準備をした。


ところでアレックス。


ん?


あなたの体の中に、何かあるわよ。


何かって?


うーん、よく分からないけど、これは……剣みたい!


剣?


そうよ、どうやってこんなものを体の中に入れたの?


俺は何も体に入れたことなんてない。本当に剣なのか? 他のものじゃなくて?


ええ、間違いなく、鞘に収まった一本の剣よ。


そうか。


その事実と同時に、あの神の言葉が、かすかな記憶となって頭の中に蘇ってきた。


「ついでに他の力もいくつか授けておくわね、だからまあ、これくらいでいいかしら……」


きっと、あいつの仕業だな……。


俺は苛立ちながら、自分にだけ聞こえるように呟いた。


誰の仕業なの?


あ、いや……はぁ……それより、その前に、俺が自分の頭の中だけで考え事をするための、少しの余裕をくれないか!!


どうして? そんなに大事なことなの?


彼女は不思議そうに尋ねた。


「そりゃもちろん! 俺みたいな人間なら、誰だって一人で考える余裕が欲しいもんだろ。お前は、自分の頭の中でそういうことしないのか?! さっきみたいに、突然反応されたら、めちゃくちゃ恥ずかしいんだよ」


頭の中の声は、ゆっくりと小さくなっていき、語尾ごとに薄れていった。まるで俺の内面全体が、この状況を恥じてうつむいているかのようだった。


えー……はいはい、分かったわ〜。


ふわぁ……。アレックス、私、眠くなっちゃった。


ドライアドは折れたように返事をした。その調子が、急にゆっくりと重くなっていった。


はぁ……まあいいか、そろそろ家に帰る頃合いだろう。


俺は赤ん坊の体をくるりと反転させ、森を抜ける小道を見つめた。


ドライアド、俺は家に帰るけど、何か忘れ物はないか? ドライアド?


返事はなかった。


「ふぅぅ……」


どうやら、もう眠ってしまったらしい。まあいいか、俺もそろそろ帰ろう。暗く鬱蒼とした森の中の小道を、赤ん坊の足でたどっていくうち、俺の感覚が突然、不自然なエネルギーの圧の名残を捉えた。さっき麒麟の魔物と対峙した時に感じた、重い重力のような圧力に似た気配だった。


この影響がこんなにも重くのしかかってくるのは、たぶん今の俺の肉体がまだ赤ん坊だからだ。神経系が、森に残る魔法の波紋にそんなすぐには順応できないんだろう。


家に帰ったら、この件について両親に聞いてみよう。


もうずいぶん夜も更けているようだ。もうすぐ夜明けが近いかもしれない。急いで家に帰って、体力を保つために眠らなければ。


俺は体を反転させた。残された力を振り絞り、小さな足が動き出し、生い茂る木々の間を抜けて森から出ていこうとした。正直に言えば、瞬間移動を使えばもっと早い。だが、ひどく眠い状態で瞬間移動を使うのは、最悪の考えだ。


魔法のイメージが眠気に邪魔されたせいで、木の幹の中に挟まったり、崖から落ちたりして悲惨な最期を迎えるなんて、ごめんだ。だから、歩いて行くのが一番安全な選択だった。


ゆっくりと数分歩いたあと、ようやく俺の村の門が見えてきた。力はほとんど尽きかけていたが、俺は家の中へこっそりと忍び込み、横になれる場所を探した。


ギィィ……。


部屋の中に響く規則正しい寝息が、二人がまだ床の上でぐっすりと眠り込んでいることを教えてくれた。


わあ、二人ともまだ、あの床の上でぐっすり寝てるんだな。


「ふわぁ……」


眠気に足元をふらつかせながら、俺は夫の隣で心地よさそうに眠っている女性へと近づいた。彼女の袖の端を掴み、小さな体を彼女の腕の中の隙間へと滑り込ませ、その体の温もりの下で、自ら夢の世界へと沈んでいった。


この抱擁……過去の人生で奪われてしまった安らぎと穏やかさを、俺は今、この新しい世界で再び手に入れている。そして、薄れゆく意識の中で、もう一度ありがとう……ありがとう、この温かい場所に生まれ変わらせてくれて。

最新エピソードの公開が遅れてしまい、申し訳ありません。現在、大学での学業が非常に忙しく、課題も山積みであるため、この作品の制作に割ける時間が限られてしまっています。

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