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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第百話 最終話 世界一の薬師が、最後に作ったもの

春の朝。

田舎の小さな工房に、いつものように人が集まっていた。

「先生、薬草の乾燥が終わりました!」

ニナが籠を運んでくる。

「検査器具の調整もできたぞ!」

テオが胸を張る。

「ルーシェ先生! この葉っぱ、昨日のと違います!」

ミオが大きな声で報告した。

ルーシェは調合台から顔を上げた。

「よく気づきましたね。

どこが違いますか?」

「葉の裏の毛です!」

「正解です」

ミオは嬉しそうに笑った。

リオンは窓辺の椅子に座り、その光景を眺めていた。

右手は、まだ長い時間使うと疲れる。

それでも、薬草茶の入った杯を持つことはできる。

定期検査も欠かしていない。

病気を完全に忘れられたわけではない。

だが、暮らしは戻ってきた。

「師匠、今日の予定は?」

ルーシェが尋ねた。

「午前中は講習。

午後は村の診療所で相談を受ける予定だよ」

「無理はしないでくださいね」

「分かってる」

「本当に?」

「……ちゃんと休憩も取るよ」

ルーシェは満足そうに頷いた。

その日、工房には遠方から客が訪れた。

王都中央病院の院長だった。

「久しぶりだな、リオン殿」

「先生。

わざわざどうしたんですか?」

院長は鞄から一冊の分厚い本を取り出した。

「これを届けに来た」

表紙には、こう書かれていた。

『世界共通・薬師のための安全と相談の手引き』

リオンは目を見開いた。

「完成したんですね」

「ああ。

各国の薬師が協力して作った。

薬の品質、検査方法、副作用の記録、患者への説明。

必要なことをまとめた」

院長は本を開いた。

そこには、リオンたちが長年積み重ねてきた失敗と成功が、丁寧に整理されていた。

薬が効かなかった国での記録。

偽薬による被害。

長寿薬の研究で見つかった危険。

そして、リオン自身の病気から学んだこと。

「あなたの失敗も、載せたぞ」

院長が言った。

リオンは少し照れくさそうに笑った。

「恥ずかしいですね」

「隠さない方がいいと言ったのは、あなたではないか」

「そうでした」

ルーシェは本を受け取り、ページをめくった。

最後の章には、短い文章があった。

『薬師の仕事は、薬を作ることだけではない。

困っている人の話を聞き、必要な助けを考え、分からないことを隠さず、他の人と協力することである』

ルーシェは静かに読み上げた。

「……師匠の言葉ですね」

「みんなで考えた言葉だよ」

リオンは答えた。

「私一人では、ここまで来られなかった」


その午後。

工房の前に、一人の女性がやってきた。

腕には、小さな子どもを抱いている。

「すみません。

子どもが転んで、膝を擦りむいてしまって」

ミオが真っ先に駆け寄った。

「薬を作ります!」

しかし、すぐに立ち止まった。

ルーシェが何も言わずに見守っている。

ミオは少し考えた。

「……まず、どうしたのか聞きます」

母親は微笑んだ。

「庭で遊んでいて、石につまずいたんです」

ミオはルーシェに確認しながら、傷の状態を見た。

浅い擦り傷だった。

ルーシェは清潔な水で傷を洗い、必要な保護をした。

感染の兆候が出た場合など、医師に相談すべきことも母親へ伝えた。

「ポーションは使わないんですか?」

ミオが尋ねた。

「今回は必要ありません」

ルーシェは答えた。

「薬を使わなくても、ちゃんと手当てできるんです」

ミオは頷いた。

「……薬師って、薬を作らない日もあるんですね」

「ありますよ」

ルーシェは笑った。

「でも、人を助ける仕事は毎日あります」

リオンはその光景を見ていた。

かつて、薬を作ることだけが自分の仕事だと思っていた。

より強い薬。

より速く効く薬。

より多くの病気を治す薬。

それを追い求めて、何度も失敗した。

人を助けたこともあった。

傷つけてしまったこともあった。

けれど、そのたびに記録を残し、考え直し、誰かに教えてきた。

今、目の前には、薬を作る前に話を聞ける弟子たちがいる。

自分がいなくても、困っている人を助けようとする人たちがいる。

それが、何より嬉しかった。


夕方。

工房の仕事が終わると、ルーシェはリオンを庭へ誘った。

「師匠。

少し歩きませんか?」

「いいね」

二人はゆっくり歩いた。

畑には新しい薬草が育ち、遠くの山には夕日が差していた。

「師匠」

「何?」

「世界一の薬師が、最後に作ったものって、何だと思いますか?」

リオンは少し考えた。

「最後に作った薬、かな?」

「違います」

「じゃあ、あの安全の手引き?」

「それも違います」

ルーシェは笑った。

「弟子です」

リオンは足を止めた。

「私です。

ニナとテオです。

ミオちゃんも、これからそうなります」

ルーシェは工房を振り返った。

「師匠がいなくても、人を助けられる人たちを作ったんです」

リオンはしばらく黙っていた。

やがて、静かに笑った。

「それは、私一人で作ったものじゃないよ」

「分かっています」

「ルーシェが、次の人に教えてくれたからだ」

ルーシェは頷いた。

「だから、これからも続きます」

リオンは夕日を見た。

世界一の薬師。

そう呼ばれることが、昔は少し誇らしかった。

けれど今は、その名前よりも大切なものがある。

工房の中から、ミオの声が聞こえた。

「ルーシェ先生! 明日の授業、何を勉強しますか!」

ルーシェは振り返って答えた。

「まず、患者さんの話を聞く練習です!」

「またですかー!」

皆の笑い声が、庭まで届いた。

リオンも笑った。

「大事なことは、何度教えてもいいんだよ」


夜。

工房の棚には、古い青いポーションが一本置かれていた。

リオンが若い頃に作った、最初の回復薬。

今では、もっと安全で使いやすい薬がある。

だから、その瓶が使われることはない。

それでも、リオンは捨てなかった。

失敗も成功も、すべてはそこから始まったからだ。

瓶の隣には、新しい帳簿が置かれている。

表紙には、ミオの少し曲がった文字で書かれていた。

『薬を作る前に、困っている人の話を聞くこと』

リオンはその文字を見て、そっと頷いた。

明日も、誰かが工房の扉を叩くだろう。

怪我をした人かもしれない。

病気に悩む人かもしれない。

ただ、話を聞いてほしい人かもしれない。

そのとき、この工房には、きっと誰かがいる。

薬瓶を手に取る前に、相手の顔を見て、こう尋ねる人が。

「どうしました? 何に困っていますか?」

世界一の薬師が最後に作ったもの。

それは、一本の奇跡の薬ではなかった。

誰かを助けたいという思いが、次の誰かへ受け継がれていく場所だった。

そして、その物語は、これからも続いていく。

――完――


挿絵(By みてみん)


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