え?
「え?」
見たこともない景色、嗅いだこともない匂い、知らない空気――そのどれもに現実感がなく、彼、朱鷺海 レンジが困惑するように辺りを見渡した。
「え?」
聞いたこともないような動物やらなにやらの鳴き声や唸り声、レンジはどこからどう見ても見渡す限り木々しかない森の真ん中でポツンと佇んでいた。
「……」
呆然とした顔を浮かべていたレンジだったが、ため息を吐いて肩を竦めると大きく息を吸い――。
「責任者出てこいコラぁ!」
空気が震えるほどの怒声、レンジを中心に衝撃が広がり、木々が微かに震えて彼の怒りはもっともだと自然が頷いたように見えた。
朱鷺海 レンジ。日野畑高校1年3組、学ランを身に纏ったごくごく一般的な男子高校生であり、眼鏡をかけている。髪は耳にかからず、前髪は眉より上。学校で指定された風紀規定を破らない模範的生徒――。
「責任者ぶっ殺してやる! いきなりこんなところに放置しやがって、目的は金か! うちは一般家庭在住だ! 次に出会った奴の顔面に拳を叩き込んでくれるわ!」
ではなく、理性的な見た目をしているだけで、学校ではそれなりに問題視されている生徒の1人だ。
ふんふんと息を巻いてレンジが森をずかずかと進んでいるのだが、ガサゴソと茂みが揺れ、生物の気配が読み取れる。
レンジは眼光を光らせ振り返り、茂みに向かって駆けだした。
「貴様が責任者か!」
茂みに手を入れてかき分けると、茂みの中には四足歩行の大型犬にも似た生物がおり、それがレンジに向かって口を開いた。
「ぞん、びー」
「……」
犬のような生物は皮膚がただれ、体中のあちこちが腐りおちていた。頻りにぞんびーと鳴き声を上げており、その生物をじっと見ていたレンジは息を吐くとぞんびー犬の顔に拳をそっと添えた。
触れるか触れないかの極々至近距離から構え、拳は猫の手のように第二関節を軽く握る様に余白を持たせるようにして――。
「『猫の手・ウズラ』」
レンジは技に名前を付けるタイプの高校生である。ワンインチ猫パンチである。
「ぞん!」
彼の拳を受けたぞんびー犬の頭が吹っ飛んでいき、体はそのまま痙攣したのちにぱたりと大地に倒れた。
「……」
見たこともない生物に、見覚えのない風景――レンジは木々から覗く木漏れ日を目を覆いながら見上げ、高く高く昇るお日様……明らかに2つ見える天体にため息を漏らした。
「仕方ない、歩くか」
飲み込んで飲み干して、唐突に始まった知りもしない空間を、レンジは思考を止めることで歩む決心をした。
決意も覚悟も何もないが、帰路の途中だろう。と見切りをつけ、その歩む一歩に福音を鳴らす。




