第153話 case 5-少し薄めのアイスコーヒー
荘厳な雰囲気の静かな教会で、色鮮やかなステンドガラスを眺めているだけで心が落ち着く。
大きくゆっくり穏やかに、数回深呼吸をした。
教会を出ようと席を立ったジョナサン。
左後方にいた一人の女性が目に入った。
(病んでる??)
なんとなくそう思った。
あの日の自分を見ている様だ。
そして、あの交通事故から数週間後に祖母が鬱になった。その祖母の目に似ている。
力強く凝視しているようで、力なく開いているその瞼。
一点を見つめている様で、焦点が合っていないと分かるその瞳。
「大丈夫ですか?」
思わず声を掛けてしまった。
女性はハッと我に返った様に、その目の焦点が合った直後、ジョナサンに目を向ける。
ジョナサンはその女性の様子を伺う様に静かな声で話し出した。
「急に声をかけてしまってすみません。大丈夫ですか?とても思い詰めた表情をしてたので…」
その女性は明らかに年下の男性に対し、上品にニコッと微笑み返すと、目線をステンドガラスに向けた。
「大丈夫よ、ありがとう」
そう言うと、女性は静かに目を瞑った。
ジョナサンは女性の祈りの時間を邪魔していはいけないと思い、そのまま教会を後にした。
…、…、…、
…、…、…、
ジェーンはゆっくりと目を開け聖母マリアを柔らかく見つめた。
もう一度優しく目を瞑り十数秒、すると自然と口角が上がった。
心が丸く整えられたのだ。
膝の上に置いていた聖書をカバンの中に入れ、教会を出た。
綺麗な夕焼けが一層ジェーンの心を丸くしてくれた。
出てすぐの所にある広場、そのベンチに座り、さっき閉じたばかりの聖書を取り出し眺めていた。まだ、現実に戻るには早い気がしたからだ。
「どうぞ」
声と共に差し出されたコーヒー。さっき声を掛けて来た男性だ。その落ち着いた笑顔はさっきよりも幾分年上に見えた。
「ありがとう、頂くわ」
ジェーンは少し警戒しつつも、聖書を閉じコーヒーを受け取った。
「ジョナサン・ジョーンズです。お隣よろしいですか?」
上品に、そして清潔に整えられた短髪と髭。
一見チャラチャラした様にも見える外見。それでも、これまでの軽々しいナンパ野郎たちとは全く別の雰囲気を持っていた。
「ジェーン・ホーキングよ、どうぞ」
ジョナサンがジェーンの左側に座ると、ジェーンは右側に置いてあったカバンを左側へ置き直し、物理的な壁を作った。
「どうして私にコーヒーを?」
「あそこのコーヒーショップ、パンはいまいちなんですけどアイスコーヒーはぴかいちに美味しいんですよハハ。疲れた時はここの教会に来たあと、この少し薄めのアイスコーヒーを飲むのがお決まりなんです」
真っ直ぐに前を向きながら、二口コーヒーを飲むジョナサン。
「そう、で?これを私に?」
「ええ、疲れているように見えたので。他意はないですよ、失礼があったら申し訳ない。それでは僕はこれで」
そう言うとジョナサンは足早に去って行った。
「え?あ、ありがとう、美味しいわ」
ジェーンは戸惑いもありながら慌てて礼を伝えたが、その声が聞こえたかどうか分からない…
ジョナサンの背中を追う様に眺めていた。
ふとジェーンはコーヒーに目を戻し、その少し薄めのアイスコーヒーを飲み終えると現実へと戻っていった。




