第7章ー52 老兵達の戦い
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
夜が更けたギルド。
喧騒に満ちていた食堂とは対照的に、上階の一室は静寂に包まれていた。
ホーゲルはロゼッタ達と別れ、ギルドマスターの部屋にいた。
そこにはもう一人――この地域の顔役、グレイヴの姿もある。
三人はテーブルを囲み、静かに向かい合っていた。
再会の合図のように、エーリヒがグラスを掲げる。
それに応じて、ホーゲルとグレイヴもグラスを上げ――
無言のまま、中身を飲み干した。
アルコールの余韻が喉を通り過ぎる。
グレイヴがぽつりと呟く。
「こうしてまた三人で飲む事になるとはな……」
ホーゲルが小さく笑う。
「全くだ」
しばらくは他愛もない雑談が続いた。
昔の仕事、顔見知りの話、どうでもいいようで、どこか懐かしい話題。
だが、不意にエーリヒが口を開いた。
「ホーゲル。放浪生活のお前が、どういう風の吹き回しだ?」
視線が向けられる。
ホーゲルは肩をすくめた。
「放浪がきつい年になったってことさ」
グラスを軽く回しながら続ける。
「少し落ち着こうかと思ってな」
一瞬だけ間を置く。
「幸い、腰を据えようと思った場所は……各地の情報が集まりそうだ」
その言葉に、グレイヴがグラスを傾ける。
「……お互い、年を取ったもんだな」
中身を飲み干し、苦笑する。
エーリヒもわずかに笑みを浮かべた。
「昔は楽だったな」
遠くを見るような目になる。
「剣を振り回して、銃を撃ってるだけでよかった」
「功績で今の地位まで来たが……」
ふっと息を吐く。
「時々、全部放り出して1人のハンターに戻りたくなる」
その言葉に、グレイヴが頷く。
「……俺も時々思うよ」
静かな共感が、部屋に落ちた。
しばしの沈黙の後、
やがて、ホーゲルが口を開く。
「そういえば――」
グラスを置きながら続ける。
「ちょっと前にアムル河で、デカいドンパチがあったらしいな」
エーリヒが「ああ」と短く答える。
机の引き出しから、一通の封筒を取り出した。
それを軽く叩きながら説明する。
「防衛戦に参加したハンターからの報告だ」
「襲撃してきたモンスターが、巨大化していたらしい」
空気がわずかに張り詰める。
「それに関して……人為的な可能性あり、ということでな」
封筒をテーブルの上に置く。
「そこで、ウエストリバータウンのギルドで、水質とモンスターの調査をさせた」
エーリヒは二人を見た。
「これが――その結果だ」
報告書には簡潔に記されていた。
水質に大きな異常は見受けられない。
ただし――モンスターを解析した結果、体内から高濃度の成長促進剤を検出。
その一文に、ホーゲルが眉をひそめる。
「水質に異常がないのに、モンスターから成長促進剤が検出……?」
グラスを置き、低く呟く。
「どういうことだ?」
エーリヒは無言で、もう一枚の書類を取り出した。
「こっちが、モンスターの大型化が確認された場所だ」
テーブルに広げられた地図と照らし合わせる。
「ほとんどが、ウエストリバータウンより下流域だ」
それまで黙って報告書を見ていたグレイヴが、ゆっくりと顔を上げた。
地図と報告書を交互に見比べながら、口を開く。
「……成長促進剤といえば」
指先で地図をなぞる。
「少し前に、違法研究をしていた組織をギルドが壊滅させたことがあったな」
視線をエーリヒに向ける。
「それはどの辺りだ?」
エーリヒはすぐに地図を指差した。
「およそ、この辺りだ」
その位置を確認したグレイヴは、小さく頷く。
「……そうか」
そして、別の一点を指で示した。
「なら、ここを見てくれ」
指し示されたのは――一本の川。
アムル河へと流れ込む支流だった。
グレイヴが地図を指でなぞりながら口を開く。
「これは仮説だが……違法研究所の汚水が、この支流に流れ込んだとは考えられないか?」
静かな声だったが、その場の空気がわずかに張り詰める。
それを聞いたホーゲルが腕を組む。
「なら、成長促進剤を直接アムル河に流し込んだ可能性はないのか?」
短く、核心を突く問いだった。
エーリヒは首を横に振る。
「それは考えにくいな」
地図の本流を指で叩く。
「もしそれをやっていれば、河沿いの街の住民にも影響が出ているはずだ」
淡々と続ける。
「だが、今のところ住民への影響は確認されていない」
一度言葉を区切り、さらに付け加える。
「それに水質の汚染なら、浄水場で確実に反応が出るが、それもない」
三人の間に、重たい沈黙が落ちる。
情報は揃っている。
だが、結論が噛み合わない。
ホーゲルが低く呟く。
「……じゃあ、モンスターの巨大化の原因は何だ?」
誰もすぐには答えられない。
その沈黙の中で――
グレイヴがぽつりと呟いた。
「もしかすると……」
グレイヴの呟きに、ホーゲルとエーリヒの視線が集まる。
続きを待つ空気を感じ取ったのか、グレイヴがゆっくりと口を開いた。
「……生物濃縮って可能性はないか?」
その一言に、二人の表情がわずかに変わる。
グレイヴは指で地図の流れをなぞりながら続けた。
「汚染としては微量でも、食物連鎖の過程で濃度が高まっていく」
「小さいものを食った奴が、そのまた上に食われる」
「大型の捕食者ほど食べる量も多い。その分、体内に取り込む成長促進剤の量も増える」
視線を上げる。
「その繰り返しが……今回の巨大化に繋がったんじゃないか?」
静かな部屋に、その仮説が投げられた。
ホーゲルがゆっくりと頷く。
「……あり得るな」
エーリヒも、深く息を吐いた。
「研究所は完全に破壊したと、代理からは聞いている」
指先で机を軽く叩く。
「なら現在、水質汚染が見られないのも説明がつく」
地図へ視線を落とす。
「ある一定の地点より、下流でだけ巨大化が発生している点もな」
報告書をめくる。
「記録では、ほとんどが通常種の倍近い大きさだった」
その言葉に、ホーゲルも腕を組んだまま頷いた。
「……その線が濃厚だろうな」
結論が一つにまとまる。
エーリヒは小さく頷き、封筒を手に取った。
「よし、この線で報告書を提出しよう」
だが、すぐにその表情が曇る。
言葉を切り、わずかに間を置いた。
そして――低く告げる。
「今後の懸念としては……」
二人が視線を向ける。
エーリヒは苦い顔のまま続けた。
「今回以上の大型モンスターが――河あるいは海の中に潜んでいる可能性がある、ということだ」
その一言が、重く部屋に沈んだ。
沈んだ空気を切るように、ホーゲルが肩をすくめた。
「いやはや……とんだ再会になったもんだな」
あえて軽く言ったその一言に、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
グレイヴも笑った。
「全くだ」
短く同意し、グラスを揺らす。
エーリヒも小さく息を吐いた。
「お前達と話して正解だったな」
視線を二人に向ける。
「下手をすれば、原因の特定が出来なかった可能性が高い」
その言葉に、ホーゲルが口の端を上げる。
「昔の言葉であったよな?」
少し考える素振りをしてから言う。
「三人寄れば何とか?って」
それを聞いて、グレイヴがくくっと笑った。
「こういう推測はな、人生の経験値が物をいう」
グラスを軽く掲げる。
「俺達みたいな年寄りでも、まだ役に立つってことだ」
その言葉に、エーリヒも笑みを浮かべた。
無言で酒瓶を取り、三人のグラスに酒を注いでいく。
静かな音が、部屋に心地よく響く。
満たされたグラスを見て、エーリヒが口を開いた。
「――老兵に、乾杯」
その言葉に、三人が同時にグラスを掲げる。
軽く触れ合う音。
そして、一気に飲み干した。
下の階の喧騒とはまるで別世界のように――
静かな夜が、ゆっくりと更けていった。
――後日談として
この時、三人が立てた仮説はギルド総本部へ提出された。
総本部もその内容に着目し、徹底的な調査を実施。
その結果――仮説は正しいと証明された。
河川に流入した成長促進剤は微量ながら生態系に取り込まれ、食物連鎖を通じて蓄積。
大型個体ほど高濃度を取り込むことで、異常な巨大化を引き起こしていた。
一方で、河で取れた生物を口にしていた住民達に被害が出なかった理由も判明する。
「成長促進剤は、加熱によって無効化される性質を持っていた」
――それが結論だった。
知らぬ間に進行していた異変。
そして、誰にも気付かれぬまま拡大していた危機。
だがその芽は、老兵三人の経験と直感によって摘み取られたのだった。
続く
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