第6章ー44 ケルベロス
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
奥から近づいてきた唸り声は、次第に低く重い振動となって三人の足元に伝わってきた。
だが――
その足音は、妙に規則正しかった。
ズン……ズン……ズン……
獣の荒々しい足取りではない。
まるで兵士の行進のような、揃ったリズム。
暗い工場の奥から姿が現れる。
そして全体像が見えた瞬間――
三人は思わず息を飲んだ。
先ほどの巨大バイオドッグよりも、さらに大きい。
肩の高さだけでもダリアの背丈ほどある。
筋肉は鎧のように盛り上がり、体表には古い傷跡が無数に走っている。
だが――
三人が驚いたのはそこではない。
その獣の頭は三つあった。
中央の頭が低く唸る。
左右の頭はそれぞれ別の方向を睨みつけている。
三つの口から同時に白い息が漏れた。
ダリアが眉をしかめながら呟く。
「……なんか昔読んだ物語で、こんなのいたよな」
すぐ横でオルレアが答える。
「ケルベロスよ」
ダリアが苦笑する。
「まさか本当にいるとはな」
その会話を聞きながら――
リコリスは口元に笑みを浮かべた。
「何でもいい」
ハルバードを肩で軽く回す。
「ぶっ倒すぞ」
その言葉に、オルレアが短く頷く。
「注意して。
一撃が……かなり早く重いと思う」
三つの頭がそれぞれ別々に動く。
視線が三人を同時に捕えていた。
普通の獣とは違う。
隙がほとんどない。
ダリアが大剣を握り直す。
「なら――」
口の端が吊り上がる。
「俺が無理やり隙を作る」
二人を一瞬見る。
「何とか受け止めるから……頼むぜ」
その言葉が終わると同時に。
ダリアが地面を蹴った。
ドンッ!!
地面が砕けるほどの踏み込み。
巨体のケルベロスへ一直線に突撃する。
三つの頭が同時に咆哮した。
だが。
ダリアは止まらない。
大剣を肩の上に担ぎ――
全身の筋肉を総動員して振り抜いた。
「おおおおおッ!!」
ドォンッ!!
出合い頭。
全力の一撃。
鋼塊のような大剣が、中央の頭へ叩き込まれる。
鈍い破砕音。
ケルベロスの頭の一つが――
潰れた。
骨が砕け、肉片と血が飛び散る。
だが。
次の瞬間。
左右の頭が同時に牙を剥いた。
「チッ!」
ダリアはすぐに大剣を引き戻す。
振り抜いた直後の隙を狙った、完璧な反撃だった。
左の頭が横から噛みつく。
ダリアは大剣の腹でそれを受け止めた。
ガァン!!
金属を噛むような衝撃。
巨体の力がそのまま腕に伝わる。
「っ……!」
腕がきしむ。
だがダリアは踏み込んだ足を動かさない。
その瞬間、もう一つの頭が背後から襲う。
「ダリア!」
オルレアの声。
次の瞬間、槍が閃いた。
ヒュン――ッ!
鋭い突きがケルベロスの首筋に叩き込まれる。
ザクッ!!
槍の穂先が深く食い込み、仕込まれていた毒針が体内へ突き刺さる。
神経毒。
大型変異体も麻痺させる、強力な薬だ。
ケルベロスが低く唸る。
だが、完全には止まらない。
むしろ怒りに任せて暴れ始めた。
巨大な前脚が振り上げられる。
ドォン!!
地面が爆ぜた。
コンクリートが砕け、破片が飛び散る。
ダリアは後ろへ跳ぶ。
その隙にケルベロスが体勢を整える。
残った二つの頭が低く構える。
その目が――
リコリスを捉えた。
「来るぞ!」
ダリアが叫ぶ。
次の瞬間。
ケルベロスが跳んだ。
巨体とは思えない速度。
空気を裂きながら牙が迫る。
だが。
リコリスは動かなかった。
静かに、ハルバードを構える。
「遅ぇ」
小さく呟く。
そして――
地面を蹴った。
人間とは思えない加速。
リコリスの体が空へ舞う。
ハルバードが円を描く。
まるで舞踏のような動き。
だが、その刃は殺意の塊だった。
まず穂先が走る。
シュッ!!
ケルベロスの右の目を貫く。
ギャアアア!!
悲鳴が響く。
そのまま体を回転させる。
遠心力を乗せた斧刃が振り下ろされる。
ズバァン!!
右の頭の首筋が大きく裂ける。
しかし――
完全には切れていない。
「硬ぇな」
リコリスが舌打ちする。
その瞬間。
ダリアが再び突っ込んできた。
「任せろ!」
大剣が横から叩き込まれる。
ドゴォッ!!
裂けた首にさらに衝撃が加わる。
骨が砕ける音。
頭が半分ちぎれかける。
ケルベロスが狂ったように暴れた。
巨大な尾が振り回される。
ゴォン!!
廃工場の鉄柱がへし折れた。
その破片が飛ぶ。
「チッ!」
オルレアが横に転がり回避する。
だが、その目は冷静だった。
毒が回り始めている。
ケルベロスの動きが――
わずかに鈍った。
「今よ!」
その声と同時に。
リコリスが再び跳ぶ。
空中で体を捻る。
ハルバードが大きく振りかぶられる。
「終わりだ」
斧刃が落ちる。
ズガァン!!
残った頭の首を真っ二つに叩き割る。
骨ごと断ち切る一撃。
重い音と共に――
巨大な体が崩れ落ちた。
ドォォン……
地面が揺れる。
三つ首の怪物は、完全に動かなくなった。
しばらく沈黙する三人。
やがてダリアが大きく息を吐いた。
「はぁ……」
大剣を肩に担ぐ。
「新人向け依頼……だったよな?」
オルレアが苦笑する。
「区域の運が悪かったわね」
リコリスはケルベロスの死体を見下ろしていた。
ハルバードを振り、血を払う。
そして口元がわずかに上がる。
「悪くねぇ」
久しぶりに――
骨のある獲物だった。
その言葉にダリアが笑う。
「おいおい」
肩をすくめる。
「初仕事でこれなら、先が思いやられるな」
廃工場の奥から、まだ風が吹いていた。
この場所の地下にあると言われる旧文明の施設。
三人はまだ知らなかった。
今の戦いは――
その入り口に過ぎないことを。
続く
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