第6章ー43 三人が斬る
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
錆びた鉄骨の影から現れたのは、犬型の変異種――通称 バイオドッグ。
筋肉は異様に膨れ上がり、毛の抜け落ちた体には黒い斑が浮き出ている。
牙は普通の犬の倍ほどもあり、黄色く濁った目が三人を睨みつけていた。
低く、喉の奥から唸り声が漏れる。
「グルルル……」
数は五。
三人を囲むようにゆっくり広がる。
ダリアが大剣を肩から外しながら言う。
「新人用の依頼にしちゃ、ちょっと多いな」
オルレアは槍を構えたまま冷静に数を数える。
「五」
だが、その瞬間だった。
リコリスの雰囲気が変わった。
さっきまでの落ち着いた空気が、まるで剥がれ落ちる。
口元がわずかに歪む。
「初仕事――」
ハルバードを軽く回す。
風が唸る。
「行くぜ!」
口調も、完全に戦士のものに変わっていた。
その瞬間、二匹のバイオドッグが飛びかかる。
速い。
普通の人間なら反応できない速度。
だが――
リコリスのハルバードが唸った。
鋭い一閃。
空気を裂く音。
次の瞬間、
二つの首が宙を舞った。
血が噴き上がる。
倒れる体。
「――!」
残りの三匹が一瞬ひるむ。
その隙を逃さない。
リコリスが地面を蹴る。
まるで舞うような動き。
だがその速度は獣のそれだった。
迫る。
一匹が牙を剥き飛びかかる。
ハルバードの斧刃が横に振り抜かれる。
ズバッ――!
首が断たれ、体が地面に転がる。
もう一匹が横から噛みつこうとする。
リコリスの体がわずかに沈む。
突き。
鋭い穂先が一直線に伸びる。
ガッ――!
開いた口の奥、喉を貫通する。
血と肉片が飛び散る。
残る一匹。
恐怖に目を見開いたように後ずさる。
だが逃げる前に――
リコリスが回転する。
ハルバードが円を描く。
重い一撃。
ドンッ――!
斧刃が首を叩き斬った。
沈黙。
数秒前まで唸り声を上げていたバイオドッグは、すべて地面に転がっていた。
あまりにも一方的。
ダリアが口笛を吹く。
「……相変わらずだな」
オルレアも小さく頷く。
「速い」
だが。
リコリスは勝利の余韻に浸ることはなかった。
ハルバードを構えたまま。
視線を廃工場の奥へ向けている。
警戒を解いていない。
風が吹く。
鉄骨がきしむ。
しばらくしてダリアが言う。
「どうした?」
リコリスは静かに答えた。
「おかしい」
周囲を見渡す。
「犬は群れで動く」
バイオドッグも例外じゃない。
だが――
「少なすぎる」
その瞬間。
遠くの工場の奥。
ガラン……
金属が転がる音。
そして。
低く、重い唸り声。
「グォォォ……」
ダリアがニヤリと笑う。
「なるほど」
大剣を構える。
「親玉か」
オルレアが槍を握り直す。
「来る」
次の瞬間。
崩れた工場の影から――
巨大な影がゆっくり姿を現した。
瓦礫の向こうから、影がゆっくりと姿を現した。
――一つ。
いや。
二つ。
リコリスの目が細くなる。
「……でかいな」
現れたバイオドッグは、さっき倒した個体より二回り、いやそれ以上大きかった。
肩の高さは人の胸ほどもある。
筋肉の盛り上がり方が違う。
皮膚の下で縄のような筋が蠢いている。
牙は短剣のように太く長く、目は赤く濁っていた。
もはや犬ではない。
狼。
いや――
怪物の狼。
二匹はゆっくり歩きながら倒れたバイオドッグの死体を踏み越える。
血の匂いを嗅ぎ。
低く唸る。
「グルルルル……」
リコリスが呟いた。
「こいつら……」
視線を交互に向ける。
「もしかして ”番い” か?」
その瞬間。
リコリスの隣に、いつの間にか二つの影が並んでいた。
ダリア。
オルレア。
三人が横一列になる。
リコリスがちらりと横を見る。
「少しは強そうだな」
ダリアが鼻で笑う。
「当たり前だ、これが外の世界だ」
大剣を肩に担ぎ直す。
「前座は終わりだ。ここからはハンターとしてやるぞ」
その言葉で空気が変わった。
剣闘士の戦いではない。
見世物でもない。
狩りだ。
ダリアが素早く状況を見て指示を出す。
「一匹ずつ仕留めるぞ」
顎で前を指す。
「俺が引きつける」
オルレアを見る。
「その間に毒を打ち込め」
オルレアが静かに頷く。
手に持つ槍。
その穂先の下には、巨大変異サソリの毒針から作られた刃が付いている。
強烈な神経毒。
大型変異体にも効く代物だ。
そしてダリアは最後にリコリスを見る。
「とどめは――」
ニヤリと笑う。
「お前だ」
リコリスも笑った。
戦士の笑み。
「任せろ」
ハルバードを軽く振る。
「一撃で決める」
その瞬間。
巨大バイオドッグの一匹が咆哮を上げた。
「ガアアアアッ!!」
地面を蹴る。
爆発するような加速。
速い。
先ほどの個体とは比べ物にならない。
だが――
ダリアが前に出る。
「こっちだ!!」
大剣を横に振り抜く。
ガンッ!!
金属と骨がぶつかるような音。
バイオドッグの巨体が弾かれる。
「お前の相手は俺だ!」
牙が閃く。
ダリアは大剣で受ける。
衝撃で地面が砕ける。
その背後――
オルレアが消えるように動く。
低い姿勢。
滑るような足運び。
死角に回り込む。
バイオドッグがダリアに集中した瞬間。
一閃。
「――ッ!」
毒槍が脇腹に突き刺さる。
ズブッ!
肉を貫く感触。手元のスイッチで毒を注入。
オルレアは即座に槍を引き抜き距離を取る。
「入った」
ダリアが叫ぶ。
「リコリス!」
その声と同時。
リコリスが地面を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
空中で体を捻る。
ハルバードが大きく振りかぶられる。
毒で動きが鈍った巨大バイオドッグが振り向いた瞬間――
斬撃。
重く、鋭い一撃。
ズバァン!!
巨大な首が切断された。
血が噴き上がる。
巨体が地面に崩れ落ちた。
それを見て、もう一匹が怒り狂った咆哮を上げる。
「ガアアアアアッ!!」
番いの死を見た獣の怒り。
赤い目が三人を睨む。
リコリスがゆっくり構え直す。
「いいね」
口元が吊り上がる。
「まだ一匹いる」
ダリアが大剣を回す。
「次も同じだ」
オルレアが静かに毒槍を構える。
三人の影が再び横に並ぶ。
廃工場の風が吹く。
巨大バイオドッグが地面を蹴った。
次の瞬間――
三人が同時に動いた。
それは、一瞬の出来事だった。
やっていることは――
一匹目と同じ。
だが。
その一連の動きは、先ほどとは比べものにならないほど速かった。
巨大バイオドッグが怒りの咆哮を上げて突進する。
地面を蹴り、一直線に三人へ飛び込んでくる。
その瞬間。
ダリアが前に出る。
大剣を構え、真正面から受け止める。
「来い!」
衝突。
ガンッ!!
巨体の突進を、大剣が真正面から受け止めた。
衝撃で砂埃が舞う。
だが、その瞬間にはもう――
オルレアが動いていた。
滑るように横へ回り込む。
低い姿勢。
最短距離。
バイオドッグがダリアへ牙を向けた刹那――
槍が閃いた。
ドスッ。
鋭い一撃が首筋に叩き込まれる。
同時に。
仕込まれていた神経毒が体内へ流れ込む。
バイオドッグの体がびくりと震える。
筋肉がわずかに硬直する。
その一瞬の硬直。
その時にはもう――
リコリスは宙にいた。
地面を蹴った瞬間、空へ跳び上がっていた。
黒い影が空中でしなやかに捻れる。
ハルバードが大きく振りかぶられる。
狙いは――
首。
そして。
振り下ろされる。
ズン――
先ほどよりも速く、鋭い斬撃。
だが。
音は小さかった。
重く叩きつけるのではない。
滑るように断ち切る一撃だった。
リコリスが地面へ着地する。
靴底が静かに土を踏む。
その次の瞬間。
巨大バイオドッグの首が――
落ちた。
ズシン。
巨体がその場に崩れ落ちる。
首は地面を転がり、止まる。
静寂。
風だけが廃工場の鉄骨を鳴らす。
その間。
わずか――
数秒。
ダリアが肩を回しながら言った。
「……終わりだな」
オルレアは周囲を警戒しながら頷く。
「群れはもういないみたい」
リコリスはハルバードの血を軽く払う。
そして。
小さく笑った。
「いい連携じゃねぇか」
ダリアが鼻で笑う。
「当たり前だ」
オルレアが付け加える。
「長いから」
三人は一瞬、互いの顔を見る。
そして。
誰からともなく笑った。
だがその時。
リコリスの視線が、廃工場の奥へ向く。
「……なぁ」
ハルバードを肩に乗せる。
「まだ終わりじゃねぇ気がするんだが」
廃工場の暗い奥。
風とは違う音がした。
――ガラン。
錆びた鉄板が、どこかで動いた。
続く
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