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第6章ー20  技と誇り

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


銅鑼が鳴り、

(ダリア)(オルレア)がリング中央で向き合う。


一瞬の静寂。

観客のざわめきが引き、空気が張り詰める。


ダリアは重心を低く、やや前傾。

オルレアは直立に近い、無駄のない姿勢。


解説席の男が声を張る。


「さぁメインイベント開始です! 両者、まずは距離を測る!」


ダリアが踏み込む。

速い。


左のジャブ。

オルレア、半歩だけ外へ。


「いきなり来た! ゴールド、積極的だ!」


右のフック。

だがオルレアは沈む。


肩を滑らせ、拳を空に流す。


「シルヴァ、最小限の動きでかわす! 無駄がありません!」


ダリアは止まらない。


連打。

重い拳が風を裂く。


観客がどよめく。


「これは凄い圧だ! まるで重戦車!」


オルレアは下がりすぎない。

足は止めず、円を描く。


隙を探る。

そして——


鋭いカウンター。

短い右。


ダリアの顎をかすめる。


「入った! シルヴァの一撃! 正確だ!」


ダリアが笑う。


「いいの持ってるじゃねぇか」


声は観客には届かないが、距離の中で交わされる。


再び接近。


今度は組み合い。

肩と肩がぶつかる。


「クリンチだ! ここは体幹の勝負だ!」


ダリアが押す。

力でねじ伏せるかと思われた瞬間——


オルレアが足を引っかける。


「おおっと! 崩した! シルヴァ、足を使う!」


ダリアが片膝をつく。


観客が総立ち。


「ダウンか!?」


だが、すぐに立ち上がる。


「立った! まだ終わらない!」


ダリアの目が笑っている。

本気だ。


再開。


今度はフェイント。


ダリアが右を見せて左。

オルレアが読んで打ち返す。


拳と拳がぶつかる。


「互角! 互角です!」


解説の声も熱を帯びる。


「ゴールドは爆発力! 一撃の破壊力が違う! 

 対するシルヴァは精度! 急所を正確に射抜く!」


観客は酔っている。


単なる殴り合いではない。


駆け引き。

読み。

重心の移動。


「場数が違う! 二人とも、経験が拳に出ている!」


ダリアが踏み込み、全体重を乗せたストレート。


オルレア、紙一重でかわす。

だが風圧で体勢が崩れる。


そこへ——


オルレアのカウンター。

腹部へ叩き込む。


「入ったああ!!」


ダリアが一瞬息を詰める。


しかし、倒れない。


笑う。


「効くな……!」


「光栄よ」


観客の歓声が広場を揺らす。


金と銀。


力と精度。


攻と静。


解説の男が叫ぶ。


「さぁ終盤戦! 先に膝をつくのはどちらだ!?」


拳闘は、ただの見世物ではない。

二人の過去と現在が、拳に乗ってぶつかっている。


リングの中央で。


光の下で。


金と銀が、火花を散らす。




リング中央。


それまで押し込まれていたダリアの足が、ふっと止まる。


呼吸が変わった。


沈んでいた重心が、地を掴むように安定する。


ミレイアの右が伸びる。

鋭いストレート――だが。


パァンッ!!


乾いた音。


ダリアの左掌がわずかに外へ払う。最小限の受け流し。

同時に踏み込む。


解説席の男が身を乗り出す。


「――今のは凄い! 正面で受けない、軌道を逸らしている! そして距離を詰める!」


ダリアの肩が唸る。


ドッ!!


短い右のボディ。

深く、抉るような一撃。


観客席がどよめく。


「重い! あれは効く! 表面じゃない、内側に響く一撃だ!」


ミレイアの息が一瞬詰まる。


だが彼女は下がらない。


即座に肘を締め、ガードを固める。

ダリアの連打が始まる。


ボディ、肩口、肋、顎下。


無駄がない。

大振りもない。

確実に削る拳。


「流れが変わった! ダリア選手、圧をかける! 足が止まらない!」


ダリアの足運びは重戦車のようだ。

一歩一歩が重い。


リング端へ追い込まれるミレイア。


だがその瞳は、冷静だ。


ダリアが踏み込んだ瞬間。


バシィッ!!


カウンター。


鋭い左フックがダリアの頬を捉える。


観客が総立ちになる。


「返した! ミレイア選手、被弾覚悟の迎撃! これは技術と胆力!」


ダリアの顔がわずかに横を向く。


血が滲む。


だが――


笑った。


「これだよ……」


小さく呟く。


剣を持たず、鎧もない。

ただ拳と肉体だけ。


かつて闘技場で命を賭けていた頃の感覚。


互いの間合いが再び詰まる。


拳と拳が、空気を裂く。


パブリックビューイングの前でも歓声が上がる。

ギルドが合法化した初の拳闘興行は、今や熱狂の渦だ。


解説の男が興奮を抑えきれない。


「技術だけじゃない! これは歴戦の呼吸だ! 二人は互いを知り尽くしている!」


リング中央。


同時に踏み込む。

同時に打つ。


鈍い衝撃音が、広場に響いた。


勝敗はまだ遠い。


だが観客は知っている。


――今、伝説が生まれている。




リング中央。


互いの頬は腫れ、呼吸は荒い。

汗と血が床に落ちる。


だが足は止まらない。


解説の男が低い声で言う。


「……ここからは技術の差ではない。削り合いの先に残った“芯”の勝負だ」


ダリアが前へ出る。

重い踏み込み。


右のボディ――フェイント。


その瞬間。


ミレイアの瞳が揺れた。

読んだ。


ダリアは重心を一段落とす。


ドンッ!!


本命は左のショートアッパー。

顎を跳ね上げる、鋭く短い一撃。


観客席が揺れる。


「入った! クリーンヒットだ!」


ミレイアの身体が仰け反る。

だが倒れない。


歯を食いしばり、踏みとどまる。


そして――


振り抜く。


渾身の右ストレート。

全身を乗せた一撃。


バァンッ!!


ダリアの顔面を正面から打ち抜く。


二人の拳がほぼ同時に相手を貫いていた。


一瞬、音が消える。


リングの上。


ミレイアの膝が、ゆっくりと折れた。

ダリアも崩れかける。


だが、足を踏み出す。


立った。


わずか半歩。


それだけの差。


審判がカウントを始める。


「……セブン……エイト……」


ミレイアは起き上がろうとする。


拳で床を叩く。


だが身体が言うことを聞かない。


「ナイン……テン!」


ゴング。


勝者、ダリア。


広場が爆発した。


歓声。

叫び。

興奮。


解説の男が震える声で言う。


「……紙一重だ。これは実力差ではない。立ち続けた意志の差だ」


ダリアはふらつきながら、倒れたミレイアの前に立つ。


そして、手を差し出した。


ミレイアは苦笑しながらその手を掴む。

引き上げられ、二人は向かい合う。


拳を軽く合わせる。

言葉はない。


だが観客は理解している。


これは敵同士ではない。


戦友の、証明。


禿頭の主催者が満足げに腕を組む。

ギルドの思惑通り、拳闘は“血なまぐさい見世物”ではなく、“技と誇りの競技”として刻まれた。


パブリックビューイング前の群衆も熱狂している。


そしてダリアは、観客席のどこかを見上げる。


かつて自分たちを商品として扱った時代は終わった。


今日の拳は、誰のためでもない。


自分たちのためだ。


ミレイアが小さく呟く。


「次は……勝つ」


ダリアは笑う。


「ああ。いつでも来い」


夕暮れの光がリングを染める。


ギルド公認拳闘興行、初興行。


その中心で立っていたのは、

武器を持たぬ二人の拳だった。



続く

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