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第6章ー19  興行開始

前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


興行当日。


街の中央広場は、まるで祭りのような熱気に包まれていた。


焼き串の煙。

甘い菓子の香り。

酒樽を叩く音。


屋台がずらりと並び、人、人、人。


「本当にやるんだってな」

「ギルド公認だぞ」

「金と銀が出るらしい」


非合法だった拳闘が、堂々と見られる。


それだけで、街は浮き立っていた。


観客席はあっという間に満員。

立ち見すら溢れ、広場の外縁では、ギルドが設置したパブリックビューイングの前に人だかりができている。


入れなかった者たちも、固唾をのんで開始を待っていた。





やがて、中央のリングへ一人の男が歩み出る。


主催者の禿頭の男だ。


地下とは違う。

今日は堂々たる主催者として、光の下に立つ。


歓声が起こる。


彼は両腕を広げ、腹の底から声を響かせた。


「——諸君! 本日はよく集まってくれた!」


歓声がさらに膨らむ。


「本日より、この街に新たな娯楽が生まれる! ギルド管理のもと、ルールと誇りを持った拳闘興行だ!」


拍手と歓声。


彼は続ける。


「ルールは簡潔! 武器の使用は禁止! ダウン三カウントで終了! 急所攻撃は禁止! 医療班は常時待機!」


観客席から「おお!」という声。


安全だが、本気。


その線引きが明確に示される。


「勝者には名誉と報酬! 敗者にも敬意を!」


男は拳を掲げる。


「——それでは、選手紹介だ!」


太鼓が鳴る。


観客のざわめきが一段と高まる。


まずは前座の選手たち。


筋骨隆々の男。

俊敏そうな女。

それぞれがリングネームと共に呼び上げられ、観客の歓声を浴びながら入場する。


歓声、口笛、拍手。


熱は確実に上がっていく。


そして——


禿頭の男が一度、間を取る。


視線を観客全体へ巡らせる。


「……そして」


声を低くする。


「本日のメインイベント」


ざわめきが一瞬、静まる。


「金色の衝撃! “ゴールド・クラッシュ”!!」


金のマスク。

金の衣装。


堂々と歩み出るダリア。


観客席が爆発する。


「来たぞ!」

「本物だ!」


続けて。


「静寂の一撃! “シルヴァ・ストライク”!!」


銀のマスク。

銀の衣装。


静かに、迷いなくリングへ向かうオルレア。


歓声はさらに大きく、しかしどこか緊張を帯びる。


地下を知る者たちは、息を呑む。


——あの二人だ。


光の下で。


合法の舞台で。


金と銀の闘士が、リング中央に立つ。

広場の空気が、張り詰める。


拳闘興行は——


今、始まる。




銅鑼が鳴る。


拳闘興行、開幕。


リング中央に立つ禿頭の男が一歩下がり、代わって高台に上がったのは——あの夜、ダリアたちに声をかけた男だ。


手にはマイク。


「さぁ始まりました! ギルド公認拳闘興行!」


声がよく通る。

観客の熱を、さらに煽る声音。


「まずは第一試合! 体格差をどう埋めるかが見どころだ!」


試合開始。


打撃が交錯する音が広場に響く。


男は続ける。


「大振りだ! だが読まれている! 足が止まった!」


一撃。


ダウン。


観客が沸く。


「今のは見事な体重移動! 場数を踏んでいますね!」


ただ叫ぶだけではない。

技術、重心、呼吸。

的確な分析が混じる。


観客は“分かった気”になる。

だから、さらに面白い。




一対一。


一対多数。


軽量級の素早い応酬。

重量級のぶつかり合い。


汗が飛び、砂が舞う。


観客は初めて目にする合法の拳闘に、完全に酔いしれていた。


「これが拳闘か……!」

「話には聞くと見るは、大違いだな!」

「解説があるから分かりやすいな!」


広場の外、パブリックビューイング前でも歓声が上がる。





そして、いよいよメイン前の空気。


解説の男が声を落とす。


「ここまで数々の激闘がありましたが……次は別格です」


間。


「ゴールド・クラッシュ。シルヴァ・ストライク」


観客席がざわめく。


「この二人、ただの話題先行ではありません」


声に確信がある。


「私は見ました。あの眼。場数を踏んでいる者の眼です」


リング脇で準備を整える金と銀。


ダリアは軽く拳を打ち鳴らす。


オルレアは静かに呼吸を整える。


「無駄な力みがない。間合いの取り方が洗練されている。観客の皆さん、瞬きは禁物ですよ」


観客が息を呑む。


地下を知る者たちは、すでに理解している。


——本物だ。


禿頭の男が中央に戻る。


「メインイベント!」


銅鑼が鳴る。


金と銀が、リング中央へ歩み出る。


歓声は最高潮。


解説の男が、静かに、しかし確信をもって告げる。


「——さぁ、本物の拳闘をお見せしましょう」


広場の空気が凍るほど張り詰める。


拳と拳。


仮面の下の闘志。


合法の光の中で——


金と銀の激突が、今、始まる。





――少し前。


喧騒から隔てられた選手控室。


外では観客の歓声が波のように揺れているが、ここは静かだった。


木椅子に腰掛け、ダリアは両手に包帯を巻いている。

拳に布を重ね、きつく締める。


その動作は慣れたものだ。


向かいでオルレアは銀のマスクを膝に置き、静かに指の関節をほぐしている。


不意に、ダリアが口を開いた。


「こうやって拳を交えるの、いつぶりだ?」


軽い調子だが、どこか遠い目。


オルレアは手を止めない。


「……剣闘士時代以来じゃないかしら」


言葉が落ちる。


二人は、かつて剣闘士だった。


あの頃は毎日のように戦っていた。

観客の歓声も、罵声も、血の匂いも——日常だった。


だが、いつからか。


ダリアは大剣を握り、

オルレアは槍を手にし。


そして、二人は“コンビ”になった。


「最初は別々だったな」


ダリアが笑う。


「お前、やたら冷たかったし」


「あなたが無駄に前に出るからよ」


当時、二人は敵だったこともある。


リングの反対側に立ち、拳をぶつけたこともある。


だが、ある日を境に。


「組め」と命じられた。


そこからは、常に二人。


一人が崩せば、一人が仕留める。

一人が止めれば、一人が叩く。


背中を預ける戦い。


ダリアが包帯を締め終える。


「コンビでやるようになってから、素手で正面から殴り合うことは無くなったな」


「そうね」


オルレアは淡々と返す。


だが、その目は柔らかい。


「でも嫌いじゃないだろ?」


ダリアが問う。


少しの沈黙。


「……嫌いではないわ」


拳と拳で測る距離。

武器も間合いもない、剥き出しの衝突。


それは、剣闘士だった頃の原点。


外から歓声が一段と大きくなる。


そろそろ出番だ。


ダリアが立ち上がる。


「存分に“闘りあおうぜ”」


オルレアもゆっくりと立つ。


銀のマスクを手に取る。


そして一言


「負けないわ」


「こっちこそ」


ダリアが一瞬だけ目を細め、笑う。


二人は並ぶ。


金と銀。


かつては敵。

今は相棒。


控室の扉の向こうには、光と歓声。


そして、二人はリングへ向かう。




続く

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