第4章ー① Dランクという境界線
前回の続きです。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ギルドホールは相変わらず騒がしかった。
酒の匂い、油の匂い、濡れた外套の匂いが入り混じり、
依頼達成の報告と口論と笑い声があちこちでぶつかっている。
掲示板の前では、昇格したばかりのハンターたちが依頼書を奪い合い、
奥のテーブルでは古株が傷跡を肴に酒をあおっていた。
その中で、グレンは肘を突き、気楽な調子で言う。
「よう、Dランク様。
顔つき、もう“雑用係”じゃなくなってきたな
ここからが、いわゆる“本番”だ。
ハンターとしてようやく一歩を踏み出したわけだ」
「Dランクからは依頼の種類が ”大幅” に増える」
グレンは掲示板に並ぶ依頼書を一枚ずつ指でなぞりながら、低い声で言った。
「大まかなもので、大体こんな感じだ」
Dランク依頼例
・街道護衛任務
交易商隊、巡礼団、技術者輸送隊などの護衛。
盗賊や野生魔獣との小規模戦闘が想定される。
・危険区域調査依頼
旧坑道、廃都市外縁、封鎖予定区域の事前調査。
敵性存在の有無確認、生存者捜索、地形記録が目的。
・中型魔獣討伐
単独行動では危険とされる魔獣の排除。
複数人での連携行動が必須とされる。
・失踪者捜索任務
行商人、斥候、下位ハンターの行方不明案件。
事件性がある場合、戦闘に発展する可能性が高い。
・施設・拠点の臨時防衛
前線観測所、研究施設、採掘拠点の短期防衛。
襲撃の可能性があるため、即応力が問われる。
・回収・奪還依頼
盗まれた物資、失われた試作品、重要書類の回収。
対象が人間であるケースも多い。
「Dランクになると、雑用や小物狩りだけじゃ済まなくなる。
まず増えるのが街道護衛だ。商隊や技術者を目的地まで生きて運ぶ。
盗賊や魔獣相手に、小競り合いで終わらないこともある」
次の依頼書へ。
「調査依頼も多い。旧坑道、廃区画、封鎖予定地……
“危険かどうかを確かめてこい”ってやつだ。
つまり、危険だった場合は――そのまま対処しろって意味になる
お前らが達成したあの依頼同様、高確率で”危険”に遭遇する」
グレンはわずかに肩をすくめる。
「中型モンスターの討伐。
ここからは単独前提じゃない。連携が取れないと死ぬ
場合によっては他のハンターと共闘することになる」
さらに一枚、視線が鋭くなる。
「失踪者捜索。
行商人やハンター仲間が消えた案件だ。
大抵は、何かが起きてる。運が悪いと、原因と鉢合わせだ
難易度的には高い方だな」
最後の依頼書を示し、静かに締める。
「拠点防衛、回収、奪還……
相手が魔獣とは限らない。人間の場合も多い」
グレンは振り返り、はっきりと言った。
「どれも“運が良けりゃ無傷、悪けりゃ棺桶”ってやつだ」
「Dランクってのはな、
自分の判断ミスが、他人の命を奪う段階だ」
一拍置いて、少しだけ柔らいだ声で続ける。
「だからこそ、俺は説明してる。
生き残ってほしいからだ」
グレンは依頼書の中から何枚か取り出して、ロゼッタ達に見せた
「で、本命はここからだ」
・街道封鎖区域の安全確認
討伐未確定。敵種不明。複数日に渡る可能性あり。
・辺境村からの常駐護衛要請
昼夜交代制。戦闘以外の対応も含む。
リンが依頼書を指差した。
「この護衛、三週間常駐って……
個人じゃ無理じゃない?」
「正解」
グレンは頷く。
「だからここからは、人数と役割が前提になる」
一拍置いてから、彼は振り返った。
「で、だ」
その視線が、ロゼッタ達四人を捉える。
「お前ら、これからどうする?」
一瞬、沈黙が落ちた。
「今まで通り、4人でやっていくのか。
それとも――」
言葉を区切る。
「それぞれ、別の ”クラン” に入るか」
ロゼッタとセリカが、同時に小さく首を傾げた。
「……クラン、って」
「正直、よく分かってないです」
その反応を見て、グレンは苦笑した。
「まぁ、最初はそうだ」
彼は近くの長椅子に腰を下ろし、指を一本立てる。
「クランってのはな、
ギルドが“まとめて任せる”ための単位だ」
二本目。
「個人は腕前を見る。
クランは――継続して仕事ができるかを見る」
三本目。
「役割分担、指揮、補給、撤退判断。
全部ひっくるめて、ギルドは評価する」
セリカが静かに問いかける。
「強い人が集まってる、ってだけじゃ……」
「ダメだ、足りねぇ」
即答だった。
「強くても、バラバラなら危険だ。
護衛依頼で一人倒れたら?
調査中に判断が割れたら?」
グレンはロゼッタを見る。
「クランはな “帰る場所” であり、
“責任を共有する場所”だ」
ロゼッタは、その言葉を噛みしめる。
4人で動く。
息は合っている。
互いの癖も、弱点も知っている。
だが――それは“仲間”であって、
“組織”ではない。
「別に急がなくていい」
グレンは立ち上がり、掲示板を見上げた。
「Dランクになった今、
選べるようになっただけだ」
「このまま4人でクランを組むのもいい。
それぞれ、どこかの大きなクランに入るのもいい」
最後に、少しだけ兄貴分らしい声で言った。
「だがな。
これからの依頼は――一人の判断ミスが、
誰かの人生を変える」
「だからあえて言わせてもらう、――今の装備は全部ダメだ」
ミレイアが思わず声を上げる。
「えっ!? ぜ、全部ですか!?」
「全部だ」
即答だった。
グレンは肩をすくめ、雑踏を顎で示す。
「ここ見ろ。Dランク以上の連中は、全員“生き残る装備”をしてる。
見栄でも趣味でもない。失敗した時に死なないための保険だ」
ロゼッタは黙って自分の装備を見下ろした。
確かに、これまでは「動ければいい」「壊れなければいい」基準だった。
グレンは歩き出し、鍛冶工房の方向へ促す。
「順番に説明する。覚えとけ」
① 武器の更新
「まず武器」
壁に掛けられた武器を一瞥しながら言う。
「Dランクからは、一撃で終わらない戦闘が増える。
刃こぼれ、弾切れ、出力低下――全部“死因”になる」
ロゼッタの武器を取り上げ、軽く振ってみせる。
「悪くないが、耐久が足りない。
耐久が高ければメンテナンスも少なくて済む」
ロゼッタは小さく息を吸った。
「……長期戦前提、ですね」
「そうだ。分かってるじゃねぇか」
グレンは満足そうに頷く。
リンは目を輝かせる。
「じゃあ、カスタムできる余地も増えるってことですね!」
「欲張るな。まずは“壊れない”だ」
② 防具・外装の更新
次に、防具棚の前で足を止める。
「次、防具。
Dランクは“当たる前提”で考えろ」
セリカが不安そうに言う。
「でも、重くなると動きが……」
「だから分散防御だ」
グレンは軽装防具を指で叩く。
「急所だけ硬く、他は動け。
致命傷を防げれば、逃げる時間は稼げる」
ロゼッタは静かに頷いた。
彼女の視線は、防具の内側構造に向いている。
「……被弾しても、止まらない設計」
「そうだ。
お前は特に “止まる” と終わる」
その一言に、ロゼッタは短く「はい」と答えた。
③ 補助装備・携行品
グレンは腰のポーチを叩く。
「次。地味だが一番重要だ」
テーブルに並べられたのは、
回復剤、煙幕、簡易センサー、非常信号弾。
「Dランクはな、助けが来ない前提だ。
自分で時間を稼げ、立て直せ、呼べ」
ミレイアが煙幕を手に取る。
「……逃げるため、ですか?」
「生き残るためだ」
きっぱりと言い切る。
「逃げられる奴が、生き残る。
生き残った奴だけが、次に進める」
リンは少しだけ表情を引き締めた。
④ 通信・識別装備
最後に、グレンは小さな端末を放り投げた。
「これ。ギルド規格の通信・識別装置」
ロゼッタが受け取り、即座に起動確認を行う。
「Dランクからは、
お前らがどこで何をしてるか、ギルドも把握する」
一瞬、空気が張りつめる。
「安心しろ。監視ってより――回収可能かどうかの判断材料だ」
セリカが苦笑した。
「……優しいんだか、冷たいんだか」
グレンは鼻で笑う。
「現場じゃ、その両方だ」
説明を終え、グレンは腕を組み直した。
「いいか。
装備を整えるってのは、強くなるためじゃねぇ」
彼は一人一人の顔を見た。
「何度も言うが、死なないためだ。
俺はハンターの先輩として、それだけは譲らねぇ」
そして、少しだけ声を柔らげる。
「金の心配はするな。
Dランク初仕事、俺が見繕ってやる」
ロゼッタは小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます、グレン」
「礼は生きて返せ」
ギルドの喧騒の中で、
その言葉だけが、不思議とはっきり耳に残った。
続く
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