H水無月鏡子
「ああああああああ」
「守君……?」
何てこと。すっかりゾンビじゃない守君!
――という事は、そういう事?
ぐむぅ。誰よ全く。
っていうか自分はモテないモテないだなんて言ってたくせに、しっかりモテてるって事じゃない。悔しい。私悔しい!
「守君、おはよう」
「ああああ」
ぺこりとお辞儀をするゾンビの守君。
もうほんとゾンビになっても素直で可愛いんだから。
――あ、でも。
これって案外チャンスなのかも?
ゾンビになったって事は、色々と困る事もあるわよね?
じゃあ、私が手伝ってあげても? っていうかあげなくちゃ?
ですよね? ですよね?
「守君、部屋入ってもいいかな?」
「あ、ああああ」
――ほんと素直でいい子。
隣人である伊崎守君の事が好きという事を、きっと彼は知らなかったと思う。美人と褒められる事は多いしそれは嬉しい事なのだけど、同時にそれは取っつきにくいという距離感を自然に生み、近寄りがたいという弊害を生んでしまうというある種諸刃の剣なのである。
そうやって生きてきた私は自然と特に男性に関して適切な距離感が取れなくなってしまった。心の中では彼と話したいと思っているのに、目の前にすると素直になれない。
いつか本当の気持ちを打ち明けたいと思っていたのに、すっかり彼はゾンビになってしまっていた。
でも皮肉かな、ゾンビになった事で私はようやく彼とまともに向き合い話す事が出来るようになった。もちろん会話など出来ないし、私の言っている事をどこまで理解出来ているかなんて分からない。
でも、こうして真っ直ぐに彼と向き合えている事が何より嬉しい。
「私、君の事好きだったんだよ」
卑怯かー。卑怯だなー。ゾンビになった今告白するだなんてズルだよなー。
返事も聞かなくて済むし、臆病者にも程があるよ。でもやっぱりちゃんと人間だった頃に言えば良かったなー。
ぎゅ。
「へ?」
何が今起きているのでしょうか。
なんと目の前にいた守君が私に抱きついてきたのだ。
かぷっ。
「いたっ」
あ、噛まれた。
――え、って事は?
ぶわっと涙が込み上げてきた。
――そうなの? そうだったの守君?
“ゾンビはある一定条件下にいる人間に噛みつく。人間だった頃に強く興味を持っていた人物。強く魅力を感じていた人物。簡単に言うなら、好意を抱いていた人間に噛みつく”
俗説程度に流れ始めたその説がまだ完全に証明されているわけではない。だが傾向を見ていてもこの説はおそらく正しく、学者達もこの説は信憑性が高いと見て研究を進めている。
あなたを噛んだどこかの誰かさんには嫉妬だけど、君は違ったのね。きっと不本意に噛まれたのね。返事を聞けないと思って諦めてたけど、私達、相思相愛だったのね。
「ありがとう、守君」
私の大好きな隣人ゾンビ君。
「お互いゾンビになっても、仲良くしましょうね」
これからもよろしくあー。