番外編4 天使の誕生!?
定時退社。それは、数々のブラック残務を頭脳で粉砕し、完全週休3日と生涯ボーナスを勝ち取った私が、何があっても死守すべき絶対不侵の聖域だ。
ガルディア帝国の最高財務補佐官リリア・エインズワースは、本日も神がかったスケジュール管理により、16時55分にすべての通常業務を美しく完了させていた。
あとは鞄を持ち、17時ジャストに一秒で職場から消滅するだけ――。
勝った。私のホワイトライフは今日も完全勝利――。
ズガガガガシャァァァン!!!
私のささやかな勝利の確信を嘲笑うかのように、もはや王宮の風物詩となった「執務室の壁および扉の同時完全粉砕」が執り行われた。これで今月6回目だ。営繕係の悲鳴が聞こえる。
「リリアァァァ! 世界が、宇宙の理が新生した! 今すぐ我が帝国の全軍に『世界平和維持命令』を出せ! 私は今日から剣を捨て、全土の魔獣を優しさだけで手懐ける聖人となる!」
涙で顔を水没させたルシアス陛下が、今度はスライディングではなく五体投地の姿勢のまま私のデスクの下へ滑り込んできた。
「……はぁ。陛下、定時5分前の世界新生宣言は、私のプライベートに対する最大級のテロ行為ですわ。何度目ですの!?
で、今度は神話の創世神でも降臨したのですか?」
「アリアの、お腹の中に……新しい命(天使)が宿ったかもしれんのだぁぁぁ!!」
「は?」
私と、隣で優雅に暗殺用の新型煙幕をテストしていたセリア様(元シャーロット様)のツッコミの視線が、同時にマイナス3000度へと急降下した。
破壊された壁の向こうから、顔から本物の火が出そうなほど真っ赤になったアリア様が、お腹を押さえながら小走りで入ってきた。
「ち、違うのです、リリア様! さっきお部屋で『最近、少しお腹が張るような気がして……お腹に何かいるのかしら?』って、ただの食べ過ぎ・・・・の相談をしただけなのに、ルシアス様が突然絶叫して壁を突き破って飛び出してしまって……っ!」
「まあ、アリア様! なんて可愛らしい食べ過ぎ報告かしら! ……で、陛下。それがなぜ世界平和と魔獣の手懐けになるのですか?」
私が冷徹極まりないビジネススマイルで床の皇帝を問い詰めると、ルシアス陛下は床に頭を打ち付けながら大真面目に叫んだ。
「いいかリリア! アリアのお腹に天使がいる(かもしれない)のだぞ!? これから生まれてくる我が子のために、この世界から一切の争い、汚れ、そして『残業』を根絶しなければならない! 子供が悪影響を受けたらどうする! 私は今日から全土の魔獣に毎日離乳食を配るボランティア活動を始める!!」
「あなたのそのバカげた親バカ脳のせいで、私の書類の処理数がインフレを起こしていますわ。今すぐその脳細胞を強制シャットダウン(物理削除)して差し上げましょうか」
「無理だ! 嬉しさと尊さのあまり私の全魔力が愛のエネルギーへと変換され、帝都の全土に『毎日ピンク色の花びらが降り注ぐ永久結界』が自動起爆しそうだ!」
ルシアス陛下はそこまで言うと、あまりの感動と脳内の大爆発(完全な被害妄想)に耐えきれなくなったのか、白目を剥いてその場にバタァン!と倒れ込んだ。もはや伝統芸能を超えた世界遺産レベルの自爆である。
「ル、ルシアス様ぁぁぁ!? まだお医者様にも診てもらっていませんし、ただの焼き芋の食べ過ぎですぅぅぅ!」
泣きながら陛下の胸元でお手手をポカポカさせるアリア様。
そこへ、隣のデスクでため息をついていたセリア様が、冷ややかな目で特大の魔導冷却キャノンを構えた。
「リリア補佐官、最終決戦用の『正気戻し(絶対零度アイス・バズーカ)』いくわね」
「ええ、セリア様。最大出力でそのバカ旦那を凍らせなさいな」
ドバババババシィィィン!!
容赦のない氷水の大津波が、ルシアス陛下に直撃する。
「……ブハッ!? 冷たっ……!? 私はどこだ……!?」
激しい水しぶきと共に正気に戻ったルシアス陛下は、自分の上で涙目になっているアリア様を見つめた。
アリア様はモジモジしながら、陛下の濡れた頬を優しく撫でた。
「ルシアス様……。もし、もし本当にいつか赤ちゃんを授かったら……その時は、一緒にたくさんたくさん、お名前を考えましょうね……?」
上目遣いで、赤くなって微笑むアリア様。
その破壊力は、世界を3回滅ぼせるレベルだった。ルシアス陛下は一瞬で顔を真っ赤に染め上げると、今度は嬉しさのあまり本気で気絶(尊死)しかけたが、必死に理性を繋ぎ止めてアリア様を広い腕でこれでもかと強く抱きしめた。
「アリア……! ああ、私の女神! お前を世界一、いや宇宙一幸せにすると、改めてここに誓おう!」
「ルシアス様…!」
二人の周囲に、再び物理的なピンク色のオーラが立ち込め、オフィスが急速に糖度5000%の空間へと変貌していく。
「やれやれ。ギルバート様、空間の歪みから拍手してないで、あのバカ夫婦を早くお部屋に強制転送しなさいな」
私が壁の影を睨みつけると、魔法大国のギルバート様が「ハハハ! バレていたかい。いやあ、世界最強の皇帝を最後まで書類の角と冷水だけで黙らせる君の有能さ、歴史に刻むべきだね!」とお腹を抱えて大爆笑しながら姿を現した。
時計の針を見ると、時刻はちょうど「17時00分00秒」。
「それでは皆様、私は定時ですのでこれにて完全シャットダウン(退社)いたしますわ。陛下、アリア様、壊した壁の修理代と、来期の子育て支援予算の書類は明日定時までに私のデスクに回しておいてくださいね?」
私は鞄を手に取り、背後で「待ってくれリリア! 我が子のために国宝の英才教育書類を――」「リリア様、本当にお疲れ様でしたぁ!」と叫ぶバカ夫婦を置き去りにし、一秒の無駄もなく、破壊された壁の跡から颯爽と脱出した。
どれだけ周囲のバカ夫婦っぷりが宇宙規模に暴走しようとも、私の有能さと、最高の定時退社ホワイトライフは、明日も、そしてこれからも完璧に守られるのだった。
(―― 番外編・完 ――)
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この物語はこちらで最終話となりますが、また別の作品でお会いしましょう!
それではまた!




