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第1話 聖女様の婚約破棄

「アリア・ローゼンバーグ! 貴様との婚約を破棄する!」



 きらびやかな王城の大夜会。

 天井のクリスタルシャンデリアが眩しく輝くその中心で、私のプロ意識・・・は完全にへし折れた。


 大音量で響き渡ったのは、我が国の第一王子であり王太子のシリウス殿下の声だ。

 その隣には、いかにも庇護欲をそそるような、涙目の男爵令嬢シャーロットがぴったりと寄り添っている。


 殿下に指を突きつけられているのは、アリア様。

 この国の不毛な大地を豊かな緑に変え、魔獣を防ぐ大結界を一人で維持し続けている「本物の聖女」だ。

 アリア様は突然の出来事に青ざめ、震える唇を噛み締めている。


 会場の貴族たちは、まるで娯楽劇でも見るかのようにヒソヒソと囁き合っていた。

 誰もアリア様を庇おうとはしない。あまりの身勝手さに、胸がムカムカとした怒りで燃え上がりそうになる。


 ――けれど。

 そんな修羅場のすぐ真後ろで、私は信じられないほど冷めきった目でその光景を見ていた。


 私の名前はリリア。

 この無能な王太子シリウスの「筆頭補佐官」を務める男爵令嬢だ。

 自分で言うのもなんだが、超有能である。


(……はぁ。また始まった。今度は公衆の面前ですか、殿下)


 私は抱えていた書類の束をそっと指で整えながら、心の中で深いため息をついた。


 王太子殿下が隣のシャーロットにうつつを抜かし、仕事をサボり始めてから丸3ヶ月。

 その間に殿下が溜め込んだ数千枚の領地決済書類を、徹夜で全て処理したのは誰だと思っているのだろう。

 シャーロットに贈るための高価な宝石の予算を捻出するため、帳簿の数字を合法的にいじり回して辻褄を合わせたのは誰だと思っているのだろう。


 全部、私だ。私一人だ。


 それだけではない。

 アリア様は毎日、国の命綱である結界の維持で体力を削られている。それなのに、殿下は「聖女のくせに僕への態度が冷たい。シャーロットを見習え」などと言って、アリア様への予算を削ろうと嫌がらせを繰り返していた。

 その理不尽な命令を、裏で「書類の不備」ということにして握り潰し、アリア様の生活を守ってきたのも、この私リリアである。


 私はアリア様を尊敬していた。健気で、優しくて、国のために尽くす本物の聖女様。

 だからこそ、胃に穴が開きそうな残業まみれの日々にも耐えてきたのだ。


 だが、それも今日で終わりらしい。


「殿下、私は何か不手際をいたしましたでしょうか……?」


 アリア様が消え入りそうな声で尋ねる。

 すると、シリウス殿下は勝ち誇ったように鼻で笑った。


「すっとぼけるな! 貴様がシャーロットに嫉妬し、彼女のドレスに泥をかけ、学園で階段から突き落とそうとした証拠は挙がっているのだ! そのような嫉妬深い女は、未来の王妃に相応しくない!」


「そんな……私は、そのようなことは絶対に……」


「言い訳は見苦しいぞ! 真実の愛・・・・に目覚めた僕とシャーロットの仲を引き裂こうとした罰だ! 貴様のような無能な偽聖女は、今すぐこの国から出て行くがいい!」


 わあ、すごい。

 ドレスに泥をかけた日、アリア様は神殿で1日中祈祷を捧げていた。階段の件にいたっては、シャーロット様が勝手につまずいて転んだだけだ。その時の目撃者の口封じを命じてきたのは殿下本人なのに、記憶が鶏並みなんだろうか。


 アリア様の瞳から、ついに一筋の涙がこぼれ落ちた。

 周囲の貴族たちから「偽聖女め」「恥を知れ」と冷ややかな声が上がる。


 限界だった。

 私のプロとしての堪忍袋の緒が、音を立ててぶち切れた。


 このバカにつける薬はない。

 国を支える聖女を、こんな泥を塗るような形で切り捨てるなんて。

 もう、この国に未来はない。沈みゆく泥舟だ。

 だったら、有能な私がこれ以上この国に骨を埋めてやる義理なんて、どこにもない。


(――よし、辞めよう。今すぐ)


 私はすっと背筋を伸ばし、一歩前へ出た。

 ドレスの隠しポケットに、3ヶ月前から「いつでも出せるように」と常備していた魔導紙を忍ばせてある。


 私はそれを、そっと取り出した。


「おい、リリア! お前からもこの偽聖女に何か言ってやれ!」


 シリウス殿下が、私に気づいて傲慢な笑みを向けてくる。

 私は営業用の完璧な、そして最高に冷ややかな笑みを浮かべた。


「はい、殿下。お言葉ですが――」


 私はアリア様の隣まで歩み出ると、手にした白い紙を、シリウス殿下の足元へ勢いよく叩きつけた。


 それは、綺麗に清書された『退職届』だった。


読んでいただき、ありがとうございます!

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次回もお楽しみに!

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