第8話:千年花の話
場面は変わる。
サンスベリア王国(少女が滞在している王国の名前)では千年間国王が在位していることは既に伝えた。実は、王城も同様である。そこで、王城と王城がある王都について概説したい。いくつか固有名詞を載せるが、覚える必要はない。多分。
サンスベリア王国のやや北側に位置する、名前の知れない山々に囲まれた盆地、グレート盆地。そこに首都機能を備え付けた王都がある。王都の名は「ヴィクトリア」という。人口は多いため、盆地の平らな所目一杯に人の住処を広げているが、地震や大雨でも土砂の被災は殆どない。その点においては、住みよい所である。
その盆地の中心に、そこだけが赤土の、少しの丘が据わっている。その上に王城がある。王城は国王イロアスの名をとって、「イロアス城」と呼ばれることが多い。この王国にも別所に城はあるが、単に王城と言えばイロアス王城を指す。
少しの丘と書いたが、それは王都の周りを構成する山達が高いだけで、王都に入れば、丘の上に聳え立つ王城と相まってその堂々たる姿に慄く。それを行政の中心として、街は構成されている。それは、王城という荘厳な存在が建立されて、それだけであれば不気味もいい所であるが、何の疑いもなく人間達が発展をさせていったから、情景は寧ろこちらの方が自然なように思える。
また、このような物語を読む上で驚くべきことかもしれないが、王都にはアメリカの摩天楼を彷彿とさせる、白みがかった灰色の高層建築物が立ち並んでいる。現代の都会、ビル群を想像するのが良い。地面も、コンクリートではないが、綺麗に舗装されている。
このような景色を知らない者はこの世界に何人もいる。そういう者は、宗教や思想といった垣根を超えて、これが人間の造ったものとは凡そ考えられないと感じることが多い。驚きよりは、その無機質さからくる人間への恐怖、未知への恐怖を感じ、ぞくりとするのだろう。恐怖の情動といえばよいだろうか。
ところで、この世界は勿論、地球と異なる世界であるから、異なるところもある。地球の、一般的な都会にはないものとして、高層階に設置されている玄関ドアがある。そこから、時たま人が出入りし「飛行の魔法」で飛び立っている。電車はないがそこが便利な点であり、魅力的な点でもある。通勤における遅刻は本人の責であることが大概になってしまう点を除けば、であるが。
ただし、これらのビル達も王城の高さには届かない点は留意のため、書き遺しておく。
さて、その王城。この城の中庭には、王国最大の庭園がある。季節ごとにその色を変え、「精彩なる絨毯」と呼ばれている。今は、青い千年花たちがその蕾を肥大させ、あと数日で咲き誇ろうとしている。見渡す限り全ての園がそうであった。
再度書くが、この丘は赤土で形成されている。この赤土では千年花は育たない。これだけの量の千年花を育てるためには多くの庭師が必要である。そう考えるとこの国の、少なくとも中央においては、財が十分に潤っているようである。
その絨毯の上に、所有者が居た。夜の暑さ(とはいっても、日本のように海が近くにあるわけじゃないので、からっとしているが)にも関わらず、黒の格式のある長袖のローブを着用し、そのフードを目深に被っている。しゃがんでいて、その目線の先には青色の花々。誰も周りにはいない、静けた世界。喜びにも寂しさにも感じられる静寂は、どうかこの観察を邪魔しないで欲しいという風であった。
その静寂は簡単に破られる。日はとっくに暮れ、もうすぐ日を跨ごうとする時である。
「国王陛下」
と20代半ばの若い青年が突然声をかけた。顔は欧州に居るような美形の男で、やや長い銀色の髪と青色の眼がひとりでに光っているように思える。鎧等の鈍重なものは身に着けてはいないが、伝統と格式がある高級そうな白い装束に、腰には短剣、胸には軍に関する勲章を5つほど装飾している。そこから推察するに、王宮内の枢要な地位に居る騎士のように思えた。実際そうであり、この若男は国王の唯一の側近であった。
「もう日が変わります。お休みになられてください。」
と、青年はフードの男を気遣う。が、男は一切の返事をしない。しゃがんだまま花を見つめ続けている。さも、その観察が自身の仕事であるかのように。
その論理は青年には通じなかった。こほん、と咳をして喉を整える。
「陛下!」
と再び、強めに発した。
人間の間の微妙な静寂は自然のそれと比べて余程怖いようである。「陛下」と言われた男……千年を生きるこの国の国王イロアス……は、はぁとため息をついた。立ち上がって青年の方を真っ直ぐ見つめた。
「なんだい?フィデル。」
バリトン調の声が夜に響く。青年の名を呼んだ。
その声と同時に、ビューッと風が吹き起こり、花がやや激しく揺れた。この丘の上の世界が我がものであるかのように、しかしながら一切の怒りも驕りもなく佇んでいるその姿は、まさに幾年もの時を生きた者の余裕にも思える。
礼儀のため、スッとフードを取った。その顔立ちは、30代後半くらいのものである。フィデルと同じく西洋風であり、男性としては花顔、その上髪は白髪のない黒髪であるから、千年生きた年寄りには思えない。背丈は青年フィデルのそれとほぼ同じである。
精神的な年齢と行動を間近で見ると、フィデルの方が幾分か大きく見えるように錯覚することもあるだろう。しかしながらその体躯に秘められたエネルギーは極大である。先程の風と、そして夜の花畑でも意識させられる存在感、それはこの男の内なる所から演繹しているものである。この国の国民性、溢れんばかりの熱意は、この国の王も当然のように持っていた。
フィデルは心配そうに声を掛けた。
「もう、お休みになられてください。3日後は『国家一千年記念祭』、明日はその予行です。その身体でも睡眠は必要なのでしょう?」
「1日くらい、問題ないさ」
「ですが、それでも影響は多少はあるのでしょう?しかもそれだと、私もお傍に居なくてはなりません」
「寝ててもいいよ。私が起こそう。十数年前みたいに……」
「そういう問題ではありません!子どもの時の話は止めてください。要は、ゆっくり休まれないと明日に響くでしょうと、そう言いたいのです!」
「はっはっは!心配性だなぁ。私は1か月不眠不休で戦い続けたことのある英雄だよ?このくらい何ともないさ!はっはっは!」
「……それはいったい、何年前の話なのですか……?まったく、本当に。」
騎士の青年、フィデルは手を額に当て当惑と呆れが表情を滲ませる。対照的に、国王イロアスは腹から笑っていた。勿論、そこに嘲笑の含意はない。が、国王の目はやや細めて、『国家一千年記念祭』という重大な式典よりもしきりに何か別のことを思案しているようであった。よく国王の表情をみれば、仮面のように張り付いており、お手本通りの笑顔といった具合である。ただ、目だけがほんの少し細くなって、その奥にある悲哀かあるいは達観か、その真なる情を隠しているようであった。
3年ほど既に国王の側近として使えるフィデルは、その表情の僅かな差異も見逃さなかった。国王がそういう僅かな兆候を見せる度、国王陛下は、私にもその胸の内を出すことができないのですね、と心の中で吐露していた。
この表情は、稀に見せる。少しその話をしたい。
サンスベリア王国は「王国」と付いているが、実際は民主制に限りなく近い。一部の有力な家……これをこの王国では貴族ということが多い……は常に選挙に当選し、この国の州を封建制の如く治めている。ただ、それ以外の者も王城にある議会で話し合い、この王国の法や制度、課題や諸外国の対応、貴族への不満について討論が行われる。これが始まったのは約870年前のことで、これより前は国王が全て政を行っていた。
「皆で熟議し、深める。その土壌がようやくできた。私一人が行うよりも良いだろう。」
と、約870年前に発言している。この発言も、この王国史で教わる事実である。
それからというもの、「皆で熟議すること」を毎年王国中に聞こえるように、王国設立記念の日で演説する。それ以上の政治的な行為は緊急時を除いて行っていない。
この時、この時だけである。その演説の時、国王イロアスは目を一瞬細める。しかしそれは、国王の「大声の魔法」でかき消され、近い者でなければ気づけない。フィデルのように、常に近い者でなければ。
千年間に何度その表情をしてきたのだろうか、もう慣れてしまったのだろうか、私しかこのことに気づけていないだろうか、私だけでも支えになれないだろうか
そう思う度に彼はきゅっと胸を締め付けられる。彼はそれほどまでに、国王に忠義心を抱いていた。
側近として数年居れば、私事のことくらい話してもよさそうである。核心に迫れなくても、そのきっかけでも。ただ、国王は一切の隙を見せない。
先程の困惑は、寧ろ国王を半ば陶酔しているからこそである。彼の中の国王との懸隔と、そうやって想像だけで現実の人間、しかも尊崇するべき国王を、理解できるだろうという驕りへの義憤によるものであった。彼が今もうっすらと青筋を立てているのはおちゃらけている国王にではなく、僅かでも心に倨傲を抱いたことへの至らなさのためである。
国王の胸の内に何があるのか、そのことを本人に口にすることは当然憚られた。それは彼の忠誠だけでなく、それを話してしまったら、誰かに気づかれていると国王がお分かりになってしまったら、もう二度と国王は心を開かないと恐れを抱いたからである。そうなっては、もう駄目だ。フィデルはそのように考えていた。
いつものように、国王に気づいていない振りをする。どうせ、「休んでくれないと側近としての価値も無いと周りから誹られる」とか言えば、寝付いてくれる。騎士はそう思っていた。だが、ここでもフィデルの驕りは働いていたらしい。
「寝ましょう。準備も整っています。」
「いや、今日は明覆の館で寝る。久しぶりにな。」
国王の一言に、またか、と忠実なフィデルは再び手を額に当てた。自身への少しの怒りである。ただ、今度こそは本当に、国王に呆れていたかもしれない。
「城内の使用人の一部を起こさなければなりませんね」
その言葉に国王は沈黙で肯定した。今は少しの会話も省いて、目の前の花に思いを寄せたい様子であった。
権力すら放棄する、偉大な国王陛下のほんの少しのわがままだと思えば、それを了承するのは部下の勤めである。
珍しく、青年の方が大きなため息をついた。少し本音の息がかかった演技である。その息が夜に溶けきった数刻の後、フィデルは「通信の魔法」を使い、下命した。
「花々の魔法」
と国王が呪いを唱えた。すると、彼の手に握ってある千年花の蕾が美しく開花した。千年待たねば開花しない代物をいとも簡単に。イロアスはそれをじっと見つめながら、回顧する。目を細めて、ゆっくりと想い出す、追憶する。
忠実な騎士フィデルはその様子を横目で見つめていた。どうやら1輪だけ、花を摘んでいたようである。本来ならご法度、いつもならもう咎めている。だから、癖で言いそうになる。けれども。今回ばかりはお小言を止めよう。
彼は頭の中でそう思案し、唇を噛み締める。強く、強く。
花々の魔法
魔法概要:花を咲かせる魔法。花を咲かせるためには、その花に対する強い関心と深い愛情が必要。そうすれば、どんな花でも、徒花でも、咲かせることができる。