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微かな光を求めて  作者: stage
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第7話:日課の話

すみません、投稿遅くなりました。

「あっ!スリだ!財布を取ってる!!」

 少年の無垢な声が市場に響いた。一人の男を指さしているその少年の正体は、変化の魔法を使用し変装している少女である。

 当然、そこらを歩いている市民は、指の先にいる男に注目をする。

 男は大柄なわけでもなければ入れ墨を入れているわけでもなく、眼鏡をかけた平凡な市民のように見える。市民のお手本のような装いで、没個性的である。ただ、左手には革でできた高級そうな財布が不自然な持ち方で握られていた。

 その光景を見た近くの女性が

「あ!それ、私の財布よ!」

と高い声を上げた。

「ちっ!」

 と、男は「ばれちまったらしょうがない」と掌を淡い緑色に輝かせた。魔法を使って周りを吹き飛ばそうとしているのだ。


止めないと……!


 男が魔法を出すより先に、少女が攻撃を仕掛けた。掌を男の方に向ける。

「風飃の……「攻撃の魔法!」……ぐはっ……!」

と、男を灰色の光線で吹き飛ばした。男の身体は低空を舞い、野次馬の間を抜ける。そして、建物の壁にドシンと激突し、崩れさった。





攻撃の魔法(アグレッシオ)(「頻出魔法事典」の1ページ目の魔法)


魔法概要:魔力を使って、魔力の弾や光線を打ち出す魔法。これに触れた人や物体は弾き飛ばされたり、押し出されたりする。魔力の体外への放出の実践にもなるため、最初に覚えるべき魔法であることから、最も基礎的な魔法の1つであると言われている。「防御の魔法(プロテクト)」やその他の魔法で相殺することは容易であるが、魔法の精密さや魔力の大きさによってもその軌道や特性、威力は大きく異なる。そのため、この魔法の扱い如何によって、その実力を推し量ることもある程度は可能である。

 扱う者によってこの魔法の色が異なるが、これはその者の心情に依るとされる。


使用場面:多岐に渡る。実戦では多く用いられているため、対策必須。


長所:誰でも覚えられる魔法の1つ(これを「蒼生万民の魔法(パリテ・カース)」と言うことが多い。その数は百程度である)。また、多くの魔法を弾く効果があるため、「防御の魔法(プロテクト)」の代わりに攻撃的に使うこともできる。この魔法の最も優れている点としては柔軟性であり、魔法の軌道や形を変えることもできる。例えば、膨大な魔力を用いれば広範囲に攻撃することができ、形を鋭利にすれば物体の切断も可能である。


短所:最も使われている魔法の1つであるため、対処も容易かつ多様にある。しかも、「防御の魔法(プロテクト)」の方が魔力を消費しない。そのため、防戦であったとしても、魔力が同程度であるならば、攻撃側が不利である。また、一部種族や部族には、相当な魔力を用いない限りダメージを与えることすらできない場合がある(大半の人間には効く)。


対処法:「攻撃の魔法(アグレッシオ)」と「防御の魔法(プロテクト)」はどちらも同時に取得し、その使い方について実践的に学ぶことが一番である。兵士や魔法に関する職に就くのであれば、何度も体験することになる。基礎であるからこそ怠ってはならない。





 眼鏡の男……スリの犯人……のぶつかった音は大きく、打ち所が悪ければ、常人なら大怪我を負っていたところであった。男は意外にしぶとく、土埃の中起き上がる。ただ、身体は限界のようで、酒に酔ったかのようにフラフラとしていて、顔も上半身も下向きに垂れていた。

 市場の屈強な男どもはその勇敢さからか、スリをした男に掌や短剣を向け、警戒していた。別の市民は、「通信の魔法」で警察に連絡を行っていた。周りの者も、男が何者であるかひそひそと話し、その身辺も詳らかにされそうになっていた。男にとっては絶対絶命のピンチである。


 すると、眼鏡の男は突然顔をぱっと上げ、野次馬をじろりと睨み上げる。まるで何か獲物を探す肉食動物のように。その目は、先ほどと異なって瞳孔まで白かった。その表情に市民の面影はもはやない。

 その光景に何人かが「ヒッ」と声を上げる。前衛の、善良な男どもの手のひらにジワリと汗が滲む。少女も、ごくりと生唾を飲む。

 眼鏡の男は徐に、ある方向に指を指した。その先には、少女が居た。少女は全身にぞくぞくと悪寒が走り、体が飛び上がりそうになった。男は呟く。

「お前だ。お前が我らに仇をなすのだ。お前だけは、ここで殺さなければならぬ」

と指を少女に向けたまま、その方向に泥泥と進む。しかし、武器や魔法を使う様子はない。

 少女は何が何だか分からず、眉を下げた。怖い、怖い、怖い。勝手に身体が後ずさる。


 この人と会ったことなんてない……よね……?じゃあ、なんで……?


 体の震えは、収まらない。


 少年(中身は少女であるが)を守る庇護欲、それにかられて、

「待て」

「ここは通さん」

と、二人の顔立ちがよく似ている男……双子が立ちふさがった。名前は兄がハマで、弟がキシ。魚屋である。

「子どもを守るため」

「それ以上近づいたら容赦しない」

 この双子、市場の中でも大胆な商売をしており、車より大きい魚を運び、解体し、捌き、それを売るという商いをしている。

 その証左に、腕の筋肉は大きく山のように盛り上がり、その全身は金剛力士像すらも小さく感じる図体を持っている。常人どころか、兵士でも力でねじ伏せることが可能なように思えた。


 少女(少年の姿)はその姿に頼もしさを感じ、おおっと思わず声を上げた。先ほどの恐怖が嘘のようである。

 見せつけるその筋肉で、武術的な攻撃を仕掛け、制圧するのであろう。双子は筋肉を十分に発揮できる構えをみせた。そして、発する。


「「防御の魔法(プロテクト)!!」」




 魔法かよ!!しかも防御の魔法(プロテクト)の方!!!


 と、その場に居た全員が心の中でつっこんだ。

 双子の前に透明な壁、バリアのようなものが現れる。スリの男はそれにぶつかり、それ以上前には進めなくなった。

 実は双子は見せつけの筋肉とは裏腹に、臆病で慎重だった。専用のマグロ包丁を使った解体ショーも見栄えより安全第一。ゆっっっっくりと刃を通す。1体を解体するのに3時間は優に超える程遅い。

 そんな見た目とは相反するような2人は、相手が刃物や飛び道具を持ってるかもしれないとまずは防御を優先した。彼らの筋肉よりは軟そうであるが、眼鏡男の歩みを止めるには十分。結果的に功を奏する形となる。


 しばらくして、

逮捕の魔法(ペナルティ・コード)!」

 と、ある警官が叫ぶ。その叫んだ方向から縄が飛び出し、眼鏡の男に巻き付く。男は倒れ、藻掻く。しかし、藻掻けば藻掻くほど縄は絡みつき、解けそうになかった。ぶつぶつと何かを呟いたまま、男は御用となった。

 その様子に、ワッと歓声が上がる。少女は目を閉じ、ふーっと胸をなでおろした。魚屋のハマとキシも同様だった。筋肉としぐさのギャップに、周りでクスクスと笑い声がした。しかしそれは嘲笑ではなく、勇者への賛辞であった。




 少女の肩にポンと男の手が置かれた。少女がビクッとして振り返ると、先ほどの警官であった。

「私はレイン・ブラックローという、ここ一帯を管轄する刑務所のお巡りさんだ。」

話し方は、子供向けのそれであった。

「ありがとう、少年。お陰で逮捕できた。君はこの市場の英雄だ。」

 再び、ワッと歓声が上がり、拍手が起きた。その様子に、少女はまんざらもなく、顔を赤らめた。

 腕組みの仁王立ちをしている魚屋の双子も、その勇敢な姿勢から拍手を貰っていた。「よっ、双魚屋!」と誰かが声を上げた。店の名前のようである。双子は不動であったが、ぴくぴくと動く筋肉の内には、名が売れたことの自尊の念を押し込んでいるようであった。


「ありがとう、坊や。」

 右後ろから声がする。その声の方向を向くと、財布を取られた、30代くらいの女性であった。女性は赤色の派手な服を着ていて、活気のある市場の風景には似合わない。しかし、都会の、王都の進んだファッションであると思えば、女性の経済的な事情は相当良いように思えた。だからスリに狙われたのかもしれない。無論、この淑女のせいではない。

「これ、ほんのお礼よ。受け取って頂戴。」

と、財布から、日本で例えるなら1万円札程度の紙幣を取り出した。少年(中身は少女)は慌てて、

「わたし……僕、そんなに貰えません!」

と両の掌を前に押し出し、首をブンブンと思いっきり横に振った。その子どもらしい言動にふふっと笑い、女性は少年の右手を取ると紙幣を掌に握らせ、

「いいのよ。あのまま財布が取られていたら、銀行のお金も危なかったもの。」

と感謝の意を表した。少年の頭を撫でながら「このまま、いい子に育ちなさい」と告げ、立ち去った。


 女性の立ち去る姿を呆然と見つめる少女は、頭に触れられた感触を確かめるように、そっと左手を頭に乗せる。そこにはもう何も残っていなかったけれど、確かに温もりがあった。少女にしては珍しく、大人の女性にほんの少し心を惹かれた。





 この国には、一般市民が財布を拾ったり、あるいは泥棒を捕まえたりすると、その被害者が感謝のために被害額の一部を譲渡したり、店を経営しているのであればサービスをしたりする文化がある。財布を落としても、戻ってくる。サンスベリア王国(少女が現在滞在している国)の治安の良さと感謝の文化は、その温もりのある循環を成していた。


 実は、少女の日課がこれであった。少女は10歳の子どもで、稼ぐ手段が無い。かといって、保護施設は一身上の都合で入りたくなかった。だから、多少の正義感は持ち合わせている少女は、

王国の文化と人々の良心を利用した稼ぎを行ったのである。それが日常、それが生活。少女は生きていくためにこの「日課」をする他ない。日課で同じ顔をするとバレるから、「変化の魔法(フュージョニズム)」を使う時は少年の顔と服装を毎回変える、という工夫も行う。そうして少年は、市場のどこかでまた誰かを助けるのである。

 それでも数百円程度。しかも、毎日悪党が出るわけではない。明日のことを考えれば、一日にパンを2枚買って食べるくらいしかできない。ジャムすらも付けられない。しかし、それでいい。人々の良心を利用しているという卑しさ、その罪深さを思えば、この程度の罰は受け入れなければならないものという認識を少女は持っていた。異常なまでの健気さである。

 それは少女をより苦しめる。

 落とし物を見つける度に、古物商に売ろうかと悪魔が囁いてくる。そうすれば楽に暮らせると。その声にブンブンと首を強く横に振り、警察署に届ける。少女はあくまで正規の手段で生きることに固執した。


 ただ、今日は報酬が高すぎた。自分自身に「何をしているんだ」と叱責する。ジャムどころかお洒落な子供服すらも購入できるが、それを少女自身が許さない。

 いつものパン屋で、いつものやつを2枚買う。硬くて、パサパサするものだ。これが私にはお似合いだ、と少女は心の中で何度も頷いた。





 市場の小さな英雄は、申し訳なさそうに俯いたまま帰宅の途につく。家のドアを閉めると、変化の魔法をサァッと解く。まるで女性が結んでいた長い髪をほどいて、風になびかせるように。魔法の名残はゆっくりと霧散して空気に解け、少女の真実の姿を見せた。


 初夏の晴天の日ほど、1年の中で暑く感じるものはない。少女も同様であった。

 身体中汗だらけで、額から、首周りから、脇から、今も汗が止めどなく流れている。服は胸元と背中にべったりとくっ付いていて、袖に当たる肩紐の部分もじめっと湿っていた。それを鬱陶しく思って服をタオル代わりに汗を拭く。その動作は子どもらしい。汗を流しすぎたからか、又は何度も汗を服で拭いたからか、一部分では少女の肌の白橙色を透けさせる程にワンピースの白さは(あるいは白いから余計にそうなるかもしれないが)、意味をなさなくなっていた。「生活の魔法」や「風飃の魔法」を持っていない少女は、裾を思いっきり引っ張り、それを何度かはたくしかなかった。ワンピースのスカートで丈もそれ程長くないから、何度か裾が上までずり上がり、一瞬、脚の付け根のすぐ下まで肌の面積が広がってしまう。その無防備さは子どもならではと捉えることも可能だが、大人から見れば憂慮するところでもあった。

 服から正面に、少女は顔を上げる。子どもならではのあどけなさと可愛げのある顔立ち。実際の年齢よりも少しだけ大人びてはいるが、まだまだ子どもの雰囲気を隠しきれずにいる。

 肩より少し下に垂れている紫色の髪もまた少女の特徴の1つであった。その艶と優美さは母親譲りで少女自慢の一品である。紫色の髪と服の白さ、あるいは肩の白橙色が対比しており、その対比が少女をより可愛げのある存在にさせていた。

 目に掛かって邪魔な髪を掻き上げると、そこには少し赤みを帯びた瞳孔が目を光らせる。この目も含めて、顔立ちは父親の家系の方に似ていた。





 しかしながら、そこに母の姿も父の姿も実際には無い。あるいは、保護してくれる存在も。今は独りっきりで、同年代の友人すら居ない。

 サンスベリア王国程の豊かさと福祉の充実を鑑みれば、少女を直ぐに保護できる体制はあった。しかし、大人の優しさはこの子には届かない。保護施設になんて入りたくないと毎日のように自分に言いつけているのである。まるで、自分自身を洗脳するかのように何度も、何度も。それは先ほどの自責の念によるものとは別種のものである。

 「大人を頼らずに平静を装って生きなければならない」という茨の道、あるいは地獄の道を少女は歩み続けている。今も、そしてこれからも歩み続けようとしている。そこには、孤独で哀れな少女の複雑な事情と心情とがあった。

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