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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第二章
36/62

悩む元黒竜

 ここで一回、真面目回です。

 愛奈も、華蓮も、美矢も、守も分かっている。賢司は分かった上で既に覚悟を決めている。アキトに至ってはずっと昔からそれを当たり前と考えている。


 何を? それは……生きる為に命を奪わなければならないという事。


 皆が分かっている。【スフィア】に渡ってから、この世界の常識を知った時からそれは大なり小なり、浅い深い問わず常に意識していた。しかし、だからと言ってすぐさま実行できるかと問われれば、それは否としか言えなかった。


 多少一般的な感覚から外れていようとも、アキト以外は純正の日本人だ。精神の根幹で殺人を忌避するのは至極当然の価値観であり、一切の躊躇が無いアキトが異質なのだ。


 それを証明するかのように、これまでの戦闘でアキト以外のメンバーは誰一人として殺人を犯してはいない。華蓮は聖地にて天使に操られた教会聖騎士と斬り合っているが命までは取っていない。


 これまでの経験で魔獣相手なら命を奪う事を割り切れるようになっていたが、これが人となるとやはりハードルが高かった。


 しかしこのままで良いとは少々楽観が過ぎるというのが現実だ。ここは【地球】……日本とは倫理観が決定的にかけ離れているのだから。そもそも日本人的感性が美点とされるのは、日本のように【地球】に於ける他の国々と比較しても平和な環境が整っている事が前提となる。


 朝に子ども達だけで学校に登校する、店で手荷物を置いたままで席を立つ、例え【地球】でも日本以外の国では安全意識上で有り得ない行動だ。それが許されるのは日本という環境がそれを許容できる程に平和だからだ。


 対して【スフィア】では、一歩街の外に出れば当然の如く盗賊や魔獣に命を脅かされる、街の中であっても些細な諍いで命の取り合いになる、交渉事で命に関わる恫喝を受けるのが当たり前に有り得る。


 このような環境で日本人的な良心は決して美点にはならない。故にアキトは先の戦闘の結果に厳しい評価を下した。しかしだ、


「俺が言うまでも無く、皆その必要性を自覚してるのは知ってるよ。それで尚、踏ん切りがつかねぇって事もな」


 アキトや賢司程ではなくとも、転移組の全員は相応に聡い。目の前の現実を直視し、浮つかずに受け入れる程には地に足着いた態度で在れる。間違ってもファンタジーゲーム感覚でここに居る者は一人も居ない。


「……甘いかな? あたし達」

「そんな事はない。至極真っ当な感情だよ」


 だからこそ、未だに覚悟が決まらない自分達を卑下する愛奈。そんな幼馴染をアキトは優しく肯定した。


「昼間はああ言ったけど、それはあくまで必要性を訴えただけだ。俺は皆に無理な人殺しを強制する気は無い。かと言って絶対殺すななんて無責任な綺麗事を押し付ける気も無いが、兎に角よっぽどの理由が無い限り人を殺めるべきでないと考えてるよ」


 そう言うアキトの考えは先を――【地球】に帰還した時を見据えてのものだ。


 仮に転移組の価値観が【スフィア】に順応したとして、そのまま【地球】に帰って何の問題無く日常生活に復帰できるだろうか?


 アキトは不可と結論付けていた。アキト自身経験した故の持論だが、価値観の変質とはそう容易くはない。【スフィア】生まれのアキトが本質は置いておいて、形だけでも【地球】の価値観に順応するのに相応の時間を掛けたのだ。


 その理屈なら【スフィア】寄りの価値観に変質する事も有り得辛いとも取れるが、もしそうなってしまえば再び元の価値観に修正するのはやはり困難だと思われ、アキトは例え甘く楽観的であろうと可能な限り日本人的な良心を皆に持っていて欲しいと考えていた。


「……過保護だねぇ」


 そう言う愛奈の表情は慈愛に満ちていた。アキトの事をこれ以上無く微笑ましいと言わんばかりに。それはアキトの言葉だけでない、先の行動も合わせての反応だった。


 先の対盗賊戦――あれには二つの思惑があった。第一にアキトの援護無しにどこまで戦えるかを試す事。第二に……アキト抜きで戦えば一線を越えられるかもという打算。


 以前からアキトと賢司で皆に如何にして殺しの経験をさせるかで議論は重ねていた。その結果、アキト抜きで対人戦闘をすればどうかという意見が賢司から挙がっていたのだ。


 アキトは乗り気ではなかったが、どこかでこういった処置は必要と賢司に強く訴えられ渋々了承した……いざという時は問答無用で介入する事を条件に。


 二人以外はこの事実を知らない。あくまでアキト抜きの力試しがしたいと賢司を含めた皆にアキトが提案された形を装ったのだから。


 その戦果はご存知の通り……相当にグダグダだったと言わざるを得ない。


 アキトも言っていたが、殺さずに敵を制圧するのは極めて困難な作業だ。殺意を持った相手への対処としては非効率にも程がある。今まではアキトの援護と言うより、アキトが必要最低限の殺傷を行なっていた故に一定の成果を出せていたのだ。


 それが無くなれば戦闘効率が下がるのは自明の理。と言うより不殺を貫くのにそもそも皆の能力は過剰過ぎると言える。


 アキトが規格外過ぎて目を逸らし気味だが、華蓮も守も愛奈も賢司もこの世界の一般人レベルを軽く凌駕した超人クラスの能力を有している。それこそ力加減をしくじれば相手によってはワンパンで死ねる程に。


 唯一、美矢が辛うじて並の戦闘職種な人材クラスと同等だが、自作の兵装が凶悪なのでやっぱり過剰戦力となっている。余談だがアキトが全開で拳を振り抜けば並みのスフィア人は原型を留められないだろう。


 まぁそれは兎も角、現状では全員が未だに力の制御を十全にこなせておらず、ただでさえ非効率な戦闘法を余計に困難にさせてしまっているのだ。


 その結果が敵に治癒魔法を行使してどうにか死なせない程度。そして無駄に時間が掛かり逃亡を許してしまうという今回の失態を招き、最終的にそのタイミングでアキトは介入した。


 しかし、本音を言うならそれは少々早計だったとアキトは今になって反省していた。


 あの時、少なくとも賢司は逃亡のリスクを理解していた。あのままアキトが出しゃばらなくとも賢司が対処できた筈だ。賢司自身に直接敵を傷つける術は無いが幾度もアキトに同行して、後に華蓮から自重を促される人体実験を繰り返した結果に習熟したブツなら、少なくとも行動不能に追い込むことは可能だった。


 もしくは華蓮か守に指示を出すつもりだったかもしれない。どっちにしろ、それらを待つ事無くアキトは半ば強引に戦闘を終わらせた。その先に”弾み”という形で事が起きるのを見たくなかったから。皆の前では時間切れという風を取り繕うも実際の想いは別にあった……即ちそれは、


「アキ、本当は安易に殺させるべきじゃないと言うより、あたし達に誰も殺させたくないって思ってるんじゃない?」

「………………」


 沈黙は肯定。そしてそれが今現在、アキトが一人で思い悩んでいる問題そのものだった。そして勿論、隣の幼馴染をそれをお見通しで、それを踏まえての先程の『過保護』発言である。


 そう、これからを考えるなら殺人の行使をある程度は許容するべきだ。しかしその一方でアキトはできれば友人達に手を汚して欲しくないと望んでいるのだ。


 実の所、それをアキトが自覚したのは野営に入る直前。それ故の急な一人っきりの寝ずの番宣言。正直”過保護”……と言うより”甘い”……よりもいっそ”自分勝手”の極みとも取れる自身の胸中にアキトは若干自己嫌悪に陥っていた。


 そんなちょっと面倒臭い人になりかけているアキトを存分に察する愛奈は微笑みを絶やさずに溜息を一つ。


「今のアキ……ちょっと前の華蓮ちゃん並に残念な感じだよ」

「やべぇ反論できねぇ……そしてさり気に愛奈が酷い。残念て……更に藤林に流れ弾だし」


 例に挙げられるのは、生真面目過ぎる故に何事も一人で抱えがちな剣姫様。


 聞かれていたら華蓮の眦はギュンっと吊り上がるだろう。そしてその矛先はきっと愛奈でなくアキトに向くのだ……理不尽である。


 それは置いておいて、見抜かれていると観念したアキトは静かに胸の内を吐露し始めた。


「悩ましいんだよなぁ、ものの考え方を変容させずに……それでいて殺す行為をある程度許容させるにはどうすれば良いかってさ。ちゃんと適切な手順を踏ませれば良いだろうけどそれが思いつかんし、かと言って安易な弾みでやっちゃうのは気に入らんし……どうしようホント」


 黙って聞きに徹する愛奈が有り難い。そう思いつつアキトの愚痴は続き、意味は無いと分かりつつちょっとした提案を漏らした。


「いっそ必要な殺しは俺が全部引き受けるって言ったら、愛奈は賛成?」

「却下」

「ですよねぇ~」


 即答だった。アキトが苦労を一人で抱える行為を……自身を蔑ろにする行いを目の前の天使っ娘は容認しない。例えアキトに全くその気が無くとも、愛奈の目にそう見えた時点で絶対に認めない。


 アキトが愛奈と交わした絶対順守のルール――”お約束条項その一……自分を大切に”。これを破る事を愛奈は許さない。そしてアキトも決して破らない。


 愛奈が絶対に賛同しないと確信して言ってみただけのアキト。同じく絶対にそんな愚挙を犯さないと信頼している愛奈は距離を詰めるとアキトの肩に頭を預けて寄り添った。自然と縮まる距離で愛奈が口を開く。


「ねぇアキ、華蓮ちゃんが何でやり過ぎだって怒ったか分かってる?」

「……? 必要以上に殺し過ぎてるからだろう」

「違うって、……はぁ、やっぱり分かってないし」


 これもまた愛奈にとって想像通り。一方のアキトは当てが外れて首を傾げていた。


「リアクションはあんなだったけど、華蓮ちゃんも立石君も、アキと城島君のした事が必要な対処だったって分かってる。怒った理由は……その必要な事に自分達を巻き込まなかった事だよ」


 これには流石のアキトも目から鱗な気分だった。現状では愛奈がそう言っているだけであるが、この妙に人の感情に聡い少女の言う事ならきっとその通りだろう。


「言ったでしょ、皆分かってるって。覚悟を決めなきゃいけない事もそうだけど、あなたや城島君がその事で色々頭を悩ましている事も全部お見通しよ」

「うは~~、マジかぁ~。お前と美矢は兎も角、藤林と守もちょっと鋭くねぇ?」

「そりゃそうでしょ。あたしと美矢ちゃんみたいに、華蓮ちゃんと立石君も昔から城島君と一緒に居るんだから。非常識な人種との接し方に慣れてるのよ」

「愛奈さんヒデェ……俺にと言うより賢司に対してヒデェ。……まぁ確かに俺もあいつはちょっと賢過ぎる気がするけども。賢司って本当に人間かな? 実は俺みたいな転生者だったりしねぇ?」

「ヒデェのはあなたよ」


 失敬なとアキトは抗議。この言い分はアキトにとって最大限の褒め言葉だ。前世で九〇〇年生きた竜族であるアキトにとって、たかが二十年も生きていない地球人と価値観を共有できている事は非常にレアなのだ。重ねてそんな自分の本質を知った上で受け入れてくれる者も果てしなく貴重だ。


 実は前世の記憶があって、元は異世界で竜でしたとカミングアウトしてから既に一ヶ月半。皆は変わらずアキトと今まで通りの気さくさで接している。華蓮に至っては元々微妙な距離感だったのが寧ろ非常識さの理由が分かったと親しみが増している……主にどやされているが。


 賢司は元来の非常識枠として、愛奈と美矢はとっくにアキトに慣れており、実は華蓮と守も賢司の所為で耐性を育んでいたのが要因だろう。


 今更だけどこの面子やっぱ濃いよなぁとアキトが愛奈に零せば、愛奈からはあなたが一番と痛烈に返され二人でツボった。そうして雑談に耽り左程も経たない内に、愛奈はアキトの肩に身を預けたまま夢の中へ旅立っていた。


「……何が『少し寝つきが悪くて』だ。無理して気遣ってるのはどっちだよ」


 愛奈の特性をよく知る元黒竜は最初から気付いていた。この異常に他者の心情を慮る幼馴染は自分の迷いをこれでもかと察してくれていたのだと。眠気を押し込んでアキトの別段大した事のない……それでいて決して軽くない心の霧を晴らしてくれたのだと。


 心が満たされるのをアキトは実感していた。


 自分が異質だと自覚ある者にとって、最も心安らぐのは自身に寄り添ってくれる存在との一時だ。


 自分が何者であるかを知って尚、今まで通りの親しみを込めて接してくれる者、同じ悩みを共有してくれる者、物怖じせずに素直な反応をしてくれる者――全てがアキトにとって愛おしい。


 故に過保護になる、甘くなる、自分が何とかしてやりたいと思ってしまう。しかしそれが却って周囲の心配を助長してしまうようなら、


「……おこがましいのかもしれねぇなぁ」


 厳しく徹底的に鍛えるのは論外。アキト個人としてはひたすら過保護に守ってやりたいが、それは他でもない皆が望まない。


 アキトもそれは現実的でないと理解している。自分から離れる気など毛頭無いが、どこかでアキトの手の及ばない事態は確実に起こる。


 その時に自力で対処できる程度には鍛えておかなければ、それを怠って最悪の事態に陥れば、アキトはきっと自分を許せない。


 ――それでもどうなりたいかは俺一人で考える事じゃない……皆に選ばせないと。


 そう、結局は友人達が各々で何を望むかだ。


 望まないなら全力で守る。覚悟があるなら背中を押して、それで苦しむなら幾らでも受け止める。


 皆がそれぞれ何か覚悟を秘めているならそれを汲み取ってやれば良い。


 そこに至ってアキトの心は野営前とは打って変わって澄んだ水面のようにクリアだった。導いてくれた少女を見やり、アキトは愛奈の前髪を優しく撫でた。まるで言外の感謝を示すように。


 夢の中に居ながらくすぐったそうに愛奈が寝息を漏らした。常識的に判断するならすぐにでも寝床に送り届けるべきだが、リアクションの愛らしさにほだされたアキトは今暫く……今暫くと先延ばして、心地良い重さを半身で支えながら夜の番を続けるのだった。


 結局朝までそのままだった所為で、愛奈が居ない事に気付いた華蓮と美矢がアキトに知らせに来ると、そこでアキトの肩に頭を乗せて眠る愛奈を見つけてちょっとした騒ぎになるのだが、転移組の旅に於いてはありきたりなプチイベントである。


 慌ただしい朝のじゃれ合いを経て出発すると、その日の内にアキト達は最初の旅の目的地に辿り着いた。


 ギャレリア帝国に召喚されてから聖地にて天使と闘り合うまでに一ヶ月半、その後始末に追われて半月、そして帝国を旅立って更に一ヶ月……【スフィア】に転移して三ヶ月が経った日の事だった。

 アキトがここまで仲間を大事に想う理由は後に明らかにする予定です。


 決して考えていない訳ではありませんよ、今はまだ明らかにするタイミングではないからです。



 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 できるだけ早く次話を投稿します。


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